94:ロドニー・デュー視点42
「レベッカ・ルース嬢が俺と同じく転生者であり、この世界のシナリオを知っているのではないのか?」
という疑惑は深まる一方だった。
それでも「決定打」は無かった。
あの日まではーー。
その日はレベッカ・ルース嬢の16歳の誕生日だった。
前日が学院高等部の剣術大会。
優勝したドミニク王子が優勝者権限を行使してレベッカ嬢を
「一日婚約者に指名」
していたため…
レベッカ嬢は16歳の誕生日をドミニク王子とのデートに費やす事になった。
朝から誕生日を祝う花束を贈り付け
意気揚々と女子寮の客用待機室へ向かうドミニク王子を見遣り
俺は女子寮の入り口で待ち惚けた。
レベッカ嬢の
「自分の食事は自分で作る」
という習慣は毒を漏られた事件から約5年が過ぎても変わっていないらしくて、ドミニク王子は彼女の手製の朝食をねだるべく朝から押しかけていたのだ…。
普通に考えて
「厚かまし過ぎる」
のだが…
ドミニク王子にとってもレベッカ嬢は初恋の相手という事らしく
捻くれた愛情表現として
「気に入った相手に迷惑をかける」
という行動に出ている可能性も高かった。
一方でーー
レベッカ嬢はさすが孤高の貴族令嬢といったところか。
ドミニク王子の厚かまし過ぎる朝食ねだりや図書館デートに内心では始終戸惑っていただろうに、嫌な顔ひとつせず、ほぼポーカーフェイスでいた。
もしかしたら単に
「表情筋が死んでる」
だけなのかも知れないが…
それでも動揺も感情も出さずに相手に付き合うのはフツーに骨が折れる。
王城内の図書館の禁書閲覧室は王族専用コーナーなので王族と一緒にでなければ入れない所だ。
実質的には王族の血を引きながら、それでも永遠に王家の一員だと認められる事のないレベッカ嬢が入室するのは最初で最後になるのかも知れない。
ドミニク王子なりにそれを気遣って彼女を禁書閲覧室に引き入れたのかも知れなかった。
護衛は部屋の入り口近くで待機して、主人と客人のやり取りにも干渉しないものだ。
どんなに二人の会話に興味津々でも小声で話されると聞き取れないし、そもそも外部にも注意を払っておく必要があるので、ドミニク王子とレベッカ嬢とのやり取りの全てを把握できている訳じゃない。
それでもドミニク王子が
「賽の目コントロール」
に関して説明して、やり方を伝授した所…
レベッカ嬢が
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
と唱えながら手で九字印を結んだのが判ったので俺は思わず度肝を抜かれた。
それはドミニク王子も同じだったろう。
俺は
「賽の目コントロール」
の際には
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
と唱えながら手で空中に縦横の線を引く形で九字を切るのだが…
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
などといった印象的な呪文は当然この世界には存在しない。
俺の場合は当初はそうした呪文と所作を
「創作です」
と言い張っていたが…
転生者である事を明かしてからは
「元の世界にある某宗教系の呪術起動用の呪文と所作です」
と説明していた。
レベッカ嬢の場合はーー
「九字を切る」
という略式の所作ではなく
「九字印を結ぶ」
という本格的な(厨二病チックとも言える)所作を取っているので
「創作です」
と言い切るには、やや苦しいのだが…
レベッカ嬢はすまして
「創作です」
と言い切った…。
(…やっぱり転生者…。しかも日本人なんだ…)
と確信しながら、彼女の表情一つ変えずにシレッと嘘をつく胆力に感心した。
それはドミニク王子の方でも同様だったらしく
レベッカ嬢を見詰める王子の視線が熱っぽいものに変わった瞬間でもあった。
「自分の子を産ませたいと思うには血が近過ぎる」
という事に気が付いて以降、ドミニク王子もグレッグ王子も共にレベッカ嬢に対する初恋を断念した筈なのだが…
それでも
「中に宿る魂」が「異界という遠くからのもの」だと知ると…
再び興味が掻き立てられたという事なのかも知れない。
ドミニク王子は
(どうしても聞いておきたい)
という好奇心を封じておけなかったようで
日暮れが迫り、馬車に乗り込んで帰宅しようとしたレベッカ嬢に向かって
「君はエリアルとの婚約を本当はどう思ってる?辛いんじゃないのか?」
と尋ねた。
俺は内心で
(答えを聞きたくない!)
と咄嗟に思った。
レベッカ嬢が婚約者のエリアル・ベニントンに好意を持ってしまってる可能性については俺は極力考えないようにしていたのだ。
なのに無情にも
「…エリアル様は私を大事に想ってくださっています。私は私の事を好きでいてくれるエリアル様が好きです。
…社会的に正しく生きている人が裏心なく自分に好意を向けてくれている場合、人は普通に好意の返報性でもって好意を返せるものだと思います。
彼と婚約者でいる事も結婚する事も、今は全く苦になりません」
という答えが俺の耳に届いた。
「…そうか」
とドミニク王子の残念そうな安心したような声を聞きながら
(…昔ながらの堅実な女性に多いタイプだよな。「愛されたから愛し返す」という好意の返報性で結婚相手を選んでしまう保守的な在り方は…)
と思った。
地球の先進国では日本と同様に
「便利でスペックの高い家電品を選ぶ感覚で結婚相手を選ぶ」
といった在り方がマジョリティにとっての主流となっていた。
「恋愛」という幻想に関する物語創作もまた
「便利でスペックの高い家電品を選ぶ感覚で結婚相手を選ぶ人達の非人間的な在り方を人間的に擬態させる」
という方向性で行われていた。
つまりラブストーリーに登場する恋される人々は
「スペックの高い家電品の人間バージョン」である「イケメン・美女」達。
結局のところ主人公は「スペックの高い家電品を選ぶ感覚」でイケメン(又は美女)を選んで「恋する(憧れを装った所有欲を持つ)」のだ。
そうしたラブストーリーを消費する人達のほうでも
「スペックの高い家電品の人間バージョンであるイケメン(又は美女)に対して憧れを装った所有欲を持つ事が=恋だ」
という錯覚へと集団で真っ逆さまに堕ちていた。
そんな中で
「社会的に正しく生きている人が裏心なく自分に好意を向けてくれている場合、人は普通に好意の返報性でもって好意を返せるものだと思います」
といった価値観が育つのは何とも奇妙だ。
レベッカ嬢の中の人は、随分と地に足の付いた堅実な保守的人物だったのだろう…。
レベッカ嬢への興味は今まで以上に掻き立てられた。
「…レベッカは政略結婚が全く苦にならないんだね?」
とドミニク王子が再度尋ねると
レベッカ嬢は苦笑しながら頷き
「…殿下。…人間社会にも自然界にも大した影響力も持たない下々の人々や動物なら『生きる』という事に対して刹那的である事が許されるでしょう。
そしてその一環として『本能に従ってパートナーを決める』事も身の破滅と直結する事もないでしょう。
ですが社会的に上流層にいる者達が下々の人々や動物と同じように『恋愛感情』という刹那的幻想を基準にして生きることは身の破滅か社会の破滅を招きます。
私は貴族も富裕層も『息をするのと同じように婚約者・結婚相手を愛する努力をするべき』だと思ってます。
それを辛いと感じるのであれば、そんな人達は『お金も既得権益も全て手放して貧困層の庶民階級に自分の意思で自らくだるべき』です。
貴族として既得権益を持つ、富裕層としてお金を持つ。そこには『自分の責任において自分の人生を生きる』という責任が生じています。
婚約者がいるのに、婚約者を蔑ろにして婚約者以外の異性と親しくする人達は『自分が危険な火遊びをしていると自覚してすぐさま火遊びをやめる』か『既得権益も富も手放して貧困層の庶民階級に自ら下る』か早急に選択するべきだと思います。
…豊かな人間は『生きる』というただそれだけで多くの物質を消費するのですから無責任に恋愛感情や肉欲にのめり込むべきじゃないんですよ」
と立板に水の勢いで自論を述べてくれた。
「…随分と君は『生きる』という事を重く考えていたんだね?」
とドミニク王子が(何故か)楽しそうに微笑むと
レベッカ嬢も負けじと華やかな笑みを返した。
「『生きる』ことは『様々な立場を経験して、そこに生じる心を味わい、悟る』事だと思います。
パズルを完成させるように、他人の視線や、言葉や、態度の中にある『本当の心』を読み取って、それが実際の現象との間に齟齬が無いかを確かめる。
そんな作業によって『大切に想ってくれてる』相手と互いに理解して信頼を積み立てるから…その相手が夫婦に、家族に、本当に愛する相手になっていくんです。
権力闘争も権力維持も所詮はチーム戦ですからね。
信頼を積み立てて互いの間に絆を作っておかないと自分も相手も『共に戦う仲間』であり続け、勝ち続ける事は出来ません。
使用人なら『勝ち馬に乗りたがって、主人が不利になればすぐさま主人を見捨てる』ような行為に容易く流されるでしょうし、使う方もそれに見合った信頼しかできませんが…
婚姻関係で対等に結ばれる者同士だとそうはいきません。
当然チーム戦を念頭に置いた信頼関係の構築は必要でしょう?
既得権益層も富裕層も陰謀と誣告・諜報の入り乱れる社会です。
『愚鈍かつ卑怯者のクズや売国奴・侵略者を寡頭制統治者メンバーから排除する』という泰平的目的を持って陰謀・誣告・諜報の入り乱れる汚濁の中で勝ち残り続けるには…
恋愛感情や肉欲に溺れて現実も見えなくなってしまう程度の人達はたとえ人間的に善良であったとしても使えない無能です。
要らないでしょう。そんな人達。
…私はそんな『蹴落とされるべき不要な人間』にはなりたくないんです。
『蹴落とされるべき不要な人間』のくせに、その自覚もなく既得権益層・富裕層にしがみつくような人達などゴミ以下だと思ってますから…。
そういった手合いと自分との間に一線を引いておくためにも『恋愛結婚への憧れ』のようなくだらない情緒主義に基づく自己憐憫になど、私は浸りたくないんです」
レベッカ嬢はそう言い切ると悠々と馬車に乗り込んだ。
「ご機嫌よう」
と優雅に会釈する姿も美しい…。
彼女は異母弟(という名目)のウォルターを廃嫡するよう自らルース家親族一同に働きかけていて、ウォルターの廃嫡をほぼ決定させてしまっている。
彼女の言い分によって
彼女の権力というものに関する捉え方が的確だと判った。
彼女はグラインディー侯爵イーデン・ルース以上に侯爵位に相応しい観点と判断力を持っている。
馬車が出発するとドミニク王子は
「アレが女であるとは惜しいな…」
と切なそうに目を細めた…。




