93:レベッカ編終話
屋敷の中に入るとエリアルが飛び出してきてレベッカを抱きしめた。
「俺が不甲斐ないばかりに君をあんなケダモノと二人きりで過ごさせる事になってしまって、本当にすまない。何か妙な事をされなかったか?妊娠させられるような事をされたんじゃないか?」
とエリアルが変な方向で心配しているので
「…大丈夫よ。落ち着いて」
と宥めてやってから、お茶を淹れてあげた。
「王城の図書館でお勉強して過ごしたの。貴方が心配するような事は何もされてないけど、貴方が知ったら怒り出すような魔力の使い方を指導してもらったわ」
とレベッカが念動力について触れようとすると
「…俺が知ったら怒り出す?…やっぱり何かいかがわしい事を…あのケダモノ!」
とエリアルが顔を真っ赤にして拳をプルプルと震わせた…。
「とにかく落ち着いて」
とエリアルの手を取りながら念動力に関して話すと
「あっ!」
と、すぐさま双六でのイカサマに気がついて、レベッカの予告通りエリアルは怒り出した。
宥めるためにも
「今後はグロリア達がやっているレベッカへの冤罪なすりつけに関して抑止するように動いてくれるつもりでいるらしい」
という事も伝えて
「今後は少しは心穏やかに過ごせるようになるわ」
と希望的観測を述べた。
ドミニクが約束を守るかどうかは分からないものの…
エリアルはレベッカの様子を見て心底から安心した。
レベッカとドミニクを二人きりにする事で
レベッカが籠絡されてしまい
ドミニクに夢中になるのではないかと気が気ではなかった。
クラリッサに婚約者を寝取られた令嬢達が悪鬼の如くに怒り
クラリッサへ執拗に嫌がらせを繰り返しつつ
犯人をレベッカへ見せ掛けようと画策する様子は
貴族として余りにも見苦し過ぎたが…
自分もレベッカを盗られたらーー
やっぱり同じように見苦しく怒り狂うだろうと思ったのだ…。
****************
「断罪ショー」と言えばーー
レベッカの脳内では
「衆目の集まる舞踏会会場にて大々的に行われるもの」
という先入観があった。
なので何のトラブルもなく学院主催の舞踏会が終わって卒業生が卒業し、学院もつつがなく夏休みに突入すると…
レベッカは安心し過ぎて気が抜けてしまった…。
ドミニクはレベッカに本性を垣間見せた通り
徹底した陰湿王子ぶりを発揮したものらしく
クラリッサへのエンチャントの指摘も
エンチャントを繰り返したクラリッサへの断罪も
表沙汰にはさせずに陰湿に処理している。
と言ってもーー
ドミニクがクラリッサに対して行ったのは「魔力の封印」でしかない。
クラリッサは魔力が消失したものと判断され
学院に通う資格を失い
歌声で他人を魅惑する事も出来ず
「完全なる只人(庶民)の一人」
として今後は無力に生きる事になった。
「低次元な女がエンチャントを使える」
という事自体が世界にとっての不幸。
クラリッサが魔力を失ってもクラリッサ以外の誰も損をしないし気にしない。
異母弟のウォルターもつつがなくグラインディー侯爵家の嫡男の座を失い、罰金刑で負わされた莫大な借金を抱えて学院を退学してルース家の分家の商売を手伝って給金を得て、少しずつ借金を返済している。
地道に働いて日銭を稼ぐ生活というのはレベッカ自身が処刑以外の破滅エンド後の生き方として想定していたものなのだが…
何故かレベッカが目指していた生き方をクラリッサとウォルターが強いられているのだから不思議なものである。
レベッカは破滅エンドを迎えずに済んだ。
ブライトウェル辺境伯家の嫡男夫人となるのである。
夏休み期間中に婚姻届も提出され結婚式も行われる。
勿論、友人の少ないレベッカのために
結婚式の招待も互いの親戚のみに限定されているが緊張する。
(スタンピードに関しても王国の滅亡に関しても今後どうなるか分からない…。でも私個人は破滅せずに済んだし、自分にできる範囲でこの国の不幸を軽減する努力をするしかないんだわ…)
と思いながらレベッカは「ベニントン夫人」となる日を指折り数えて待った…。
エリアルはレベッカが思っているよりも相当に嫉妬深くて、結婚式に招待する親戚も「若い独身の男」は徹底してリストから外していた…。
そういった嫉妬深さをレベッカは何も知らず
知ったとしても
「何がそんなに不安なの?」
と心底不思議に思いながら
首を傾げる程度のリアクションしかしないが…
それでもエリアルは自分のそういった嫉妬深さを隠して
「理解力のある男」
を演じるのだった。
エリアルはレベッカがドミニク惹かれずに自分を選んでくれた事が嬉しくもあり不可解でもあった。
だからレベッカが男性を選ぶ基準というものが判らずに不安なのだ。
レベッカはドミニクとした話を全てエリアルに伝えたわけじゃない。
瑕疵のある王族に対し精神的汚物を捨てる便槽か何かのように位置付け
自覚すらせずに踏み付けにし続ける連中に対して
内心で殺戮欲を掻き立てられてしまうのだという…
そんな物騒な側面や
頭が弱くて股が緩い女性を快楽堕ちさせて自ら身持ちを崩させ
社会的に破滅へ向かわせる婉曲的報復について話しても…
エリアルが偏見抜きにドミニクを理解できるとは思えなかったのだ。
だけど、いつか話そうと思う。
「ドミニクが自分と似た所があって、自分とは違う道を選んでる人だ」
という事をエリアルが理解できるようになったら…
ちゃんと話そうと思う。
「他人の心に血を流させる事で愛せなかった相手を愛する」
方向へ向かう道もあれば
「自分の心に血を流させる事で愛せなかった相手を愛さぬままに保つ」
方向へ向かう道もある。
後者の道を選んで
誰も愛せずに
誰からも愛されず
独りで死んだ女がいた事ーー。
「…苦しい…。死ぬのか…。私は誰にも愛されていない…。…最期の最期まで、私は誰からも愛されなかった」
と思いながら死んだ女が
「…独りで死にたくない(誰かと生きたい)」
と未練を残してしまい
消える事すら出来ずにここにいる事。
そういった事をいつか伝えたいと思う。
それこそエリアルが
「逃げられる心配がなくなったから好きだと言えた」
のと同じように。
レベッカも
「逃げられる心配がなくなったら前世の自分の話をしよう」
と思うのだ。
「愛されなかった事」を
「心を憎しみに染める事」の言い訳にしたくない…。
レベッカはーー
五月はーー
心の底からそう思ったーー。
終




