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挿絵(By みてみん)


ドミニクとの『一日婚約者』ごっこはレベッカにとって精神的疲労の多いものだった。


それはひたすら不毛な我慢を強いられるような精神的疲労とは真逆のもの。


情報処理が追いつかない程の情報量が自分の中に流入してきて様々な腑に落ちなかった点が腑に落ちていく内面変化の連続によるものである。


(ドミニク殿下と親しくしている人達が何故秀才ばかりなのか分かった…)

とレベッカは納得した。


ドミニクはやはり秀才なのだ。

彼の指摘は常に的確。


図書館の王族用閲覧コーナーの禁書を開いて魅了チャーム魅惑魔法エンチャントについても教えてくれた。

魔道具に関しても

「王城地下の地下迷宮にある宝物庫には技術失伝した魔道具が沢山ある」

「君に見せてあげたら良い研究材料になりそうだ」

と言って微笑んだ。


彼は学院で習う機会もないような事まで魔法・魔道具に関して知っている…。


だからこそ

「体内の魔力探知・魔力操作」

の上位互換である

「体外の魔力探知・魔力操作」

に関しても早くから独学で訓練を重ねてきていたのだろう。


その結果

「サイコロの目を自分の望む通りに変える」

程度のことならできてしまうのだという…。



「勿論、どんなに頑張っても素養のない者はできない。グレッグもフローレンスもできないんだ。…でも君にはできるかも知れないから一応概念と訓練法を教えておくよ。グロリアやクラリッサの手綱をあえて引き締めずにおいたお詫びとしてね」

という言葉と共に伝えられた情報もレベッカの中では大きな衝撃だ。


物騒な所もあって決して好意は持てないものの

ドミニクの感性自体はレベッカにも理解できる。


欺瞞に耽る貴族や富裕層に対して「報復欲」を蓄積している秀才…。

彼は報復欲・殺戮欲を性欲に転化して社会適応している。


優しくされる値打ちがあると思い込んでる令嬢が提供する

「据え膳」

を美味しくいただきながら


世間知らずの令嬢を快楽の虜にして

「令嬢自ら身持ちを崩して社会的に破滅する」

ように仕向ける。


そうした婉曲的虐待はそれこそ

「自分が悪意によって嵌められた」

と気付かずに、どこまでも堕ちていく女を量産してしまうのだろう。


(モテる男は罪だという事は元から思っていたけど…ドミニク王子の場合は確信犯だからタチが悪い…)


ドミニクはレベッカに好意を持っていると言っていたがレベッカにはにわかには信じられない。


というよりもドミニクの中にある

「低次元な人達に対する嫌悪」

「レベッカに対する好意」

との間に違いがあるように見えないのだ。


それこそ

「似て非なるもの」

を区別する事の難しさがある。


エリアルの中にもあった似て非なる態度…。


「優しくありたいから好意が拒絶される状況自体を避けようとして、好意を表さない」

という態度と


「必要以上に纏わりつかれたくないから好意を拒絶してしまう状況自体を避けようとして、好意を表さない」

という態度。


客観的に見てソックリで区別がつかない。


その上、ドミニクの場合は五月のように

「心を使わない、弱味を握らせない、弱味を作らない」

といった自己保身を繰り返している。


狂っている人達の心から垂れ流される汚れた水で

自分の中の綺麗な水が汚されるのが嫌だから。


そうやってーー


周り中が敵だらけの環境の中で

愛情表現すら素直じゃなくなった人は

自分の愛情が伝わらない事を悟り

愛する事さえやめていく。


そんなすれ違いでさえも

孤立を体験していない人間には理解できない。

似て非なるものを区別する識別力がない。


自分自身が孤立によって濡れ衣と共に切り捨てられる側の立場を経ていないと、無自覚のネグレクトの渦中にある他人の視線や言葉や態度の中にある

「本当の心」

を読み間違える…。


似て非なるものの識別は難易度が高いのだ。


ジグゾーパズルのピースを当てはめてパズルを完成させるように

「本当の心」

を読み取って

それが実際の現象との間に齟齬が無いかを確かめる。


そんな作業を繰り返して

「大切に想ってくれてる」

と互いに理解して信頼を積み立てて…


夫婦に、家族に、本当に愛する相手になっていく。


それができる段階に辿り着くまでに人の心は簡単に血塗れになる…。


他人の心に血を流させる事で

愛せなかった筈の相手を愛してしまうのかも知れず…


自分の心に血を流させる事で

愛せなかった人達を愛さぬままに保つのかも知れず…


どの道「愛せない」という虚無と紙一重の無関心は

憎しみや報復心よりも根深く人間達の絆を根底から破壊してしまう…。


ドミニクの向かう道は

「他人の心に血を流させる事で愛せなかった相手を愛する」

方向へ向かう道。


五月が向かっていた道は

「自分の心に血を流させる事で愛せなかった相手を愛さぬままに保つ」

方向へ向かう道。


(…そうか。…私は癒される必要があったんだな…)

と今更ながらレベッカの中の五月は気がついた…。


ーー武器を取って闘ってれば『いつ死ぬか分からない』という不安は常に付き纏うけど『潔く死ぬ事も出来ずに延々と嘘と罪の中で生き続けて権益を貪る』ような狂った生き方をする連中のようにはなりたくないーー


そうエリアルが言っていたのを思い出す。


潔さは美しい。

欺瞞や狂気と無縁だ。


だからこそ儚い。


辺境伯は王都の人間達の精神的倒錯とは無縁に

魔物を狩って、樹海の向こうの軍隊を牽制するのが仕事。

死と隣合わせの辺境の守護。


倒錯した欲の中で詭弁と欺瞞を積み重ねて繁栄するよりも

武器を取るべき時に武器を取り

力及ばぬ時には潔く死んでいく。


そんな役目を代々果たし続けた一族の血を引いているから

エリアルは潔癖で優しいし

倒錯とは無縁でいられるのだ。


(…だからエリアルは私みたいな根っからのボッチを愛せて、私も彼に愛される事で癒されてるんだ…)

と気がついた。


(…もう独りでは死なない。…今度こそ独りでは死なない。エリアルが死ぬ時が私の死ぬ時だ。…私自身の命と同じように彼の命も守り、彼の命と同じように私自身の命も守るんだ…)


そう決意しながらーー

日暮れと共にブライトウェル辺境伯邸へと馬車で向かった…。



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