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挿絵(By みてみん)


人間社会における情報などというものは大抵が下世話な噂話の域を出ないものが多いが…

レベッカの本当の血縁などといった問題のように国際問題に発展しかねないネタも時折混ざってくる。


「本当は社会で何が起きているのか、といった総体的大局を理解するために知っておかなければならないこと」


そんな暗号読解キーに該当する情報は、雑多な情報に紛れて確実に存在する。


レベッカとドミニクにとって

「自分の環境の中にある腑に落ちない点を解く鍵」

は奇しくも一致していた。


ーー死んで欲しい、と願われながら生き延びてしまったーー


という真実に気付いた時ーー


他人の表情や言葉や態度の中にあった

「本当の心」

が見えてきてしまう…。


それを知る事で

「何故自分はこんな風なんだろうか?」

と不思議に思ってきた他人と同調できぬ孤高性が


「生き延びる為の特化だった」

と理解できてしまうのである…。


レベッカはドミニクに手を引かれて城内を歩きながら

(この人も「死んで欲しい」と願われながら誰にも癒されずに生きてきたのだな…)

と判った…。


人並外れて美しい平民の少女が貧乏男爵家の養女として引き上げられて淑女教育を施され

「権力に対して何の影響力も持てない側妃」

として王の寝所へ押し込められた。

(それはグレッグ王子とフローレンス王女の母親に関しても同じ事が言える)


そうして産まれた王子。


既存権力を脅かせぬように

国王の癒しとなるようにと

美貌と無知ゆえの可愛げしか持たぬ側妃を宛てがう。


宰相が采配したそうした側妃の宛てがい方は

余りにも正妃とその実家への忖度が過ぎるものだった。


現宰相であるダウズウェル公爵コンラッド・クロックフォードがその地位に就いたのは10年ほど前のこと。

先王の崩御に伴い現王が即位して直ぐに宰相側も代変わりした。


なので現在の王城内の勢力図は

「先代宰相であり先代ダウズウェル公爵でもあったゴドウィン・クロックフォードの判断によって齎されているもの」

なのである。


「権力に対して何の影響力も持てない側妃」

を王に宛てがう事でーー


正妃シェリルと、その父であるオークウッド公爵の有利を盤石化したのも

先代宰相のゴドウィン・クロックフォードだった。


「現宰相は先代のやり方を踏襲している」

だけであり、何の改善も何の修正もしてきていない。


ロードリック・クロックフォードは祖父と父の「仕事」と「その結果」とを結び付けて考えるほどの思考力を持たなかった小さな子供の頃には無邪気な子供だった。

祖父の事も父の事も大好きで尊敬すらしていた…。




「…私がグラインディー侯爵夫人の死産の赤子とすり替えられたのは、先代宰相の指示によるものだとしても。

それに関わった人達は全員消されていて、事実を証言できるのはダウズウェル公爵領で隠居なさってる先代だけなのでしょう?」

とレベッカがドミニクに問うたのは、図書館の王族閲覧用禁書コーナーにて誰も居ないのを確認してからだった。


「そうだ。だから君の容姿は『隔世遺伝だ』と言い張っても通用する。故グラインディー侯爵夫人のマリオン・カースティンの実家マスグレイヴ侯爵家の先祖にはアザール王家の血を引くアザール高位貴族の女性もいたし、グラインディー侯爵家の先祖にもこの国の王家の血を引く女性が居た。

先代宰相は『レベッカ・ルース嬢を外交の場から遠ざけ続ける必要性』を説明する為に自分の子と孫にだけ事実を教えたけど、それ以外では拷問されようとも口は開かない。だから君が王家の人間だと証明される日は来ない」


「…そうなると。『私って存在は家とか血という単位で見た時には一体何なんでしょうね?』って気がしてくるわね…」


「『幽霊』ってヤツなんじゃない?…まぁ、私も似たようなものだけどね」


「ドミニク殿下は取り替え子とかじゃないでしょ?」


「だが母親が平民だと『王子であって王子じゃない』んだ。…この国の貴族達は『身分と血を盾にした選民意識』を持つから、王家に媚びて平民を前に威張り散らす訳だが…私のような存在はそんな貴族達の精神面に矛盾をきたしてしまうようだ」


「…私は血よりはアイデンティティの置き所が大切だと思ってます。…たとえ平民の血が混じってても『この国の国民の一人だ』という所にアイデンティティを置いているなら、それは『この国の国益を損ない、他所の国を利する』ような事ばかりしてる売国貴族達よりも余程この国にとって大切な存在である筈」


「…それは私も思っている事ではあるんだけどね。それでも貴族達は『平民の血が混ざった王子に指図されれば腹を立て、隣国を利する正妃の一族から指図されれば尻尾を振る』という生き方が主流のようだ。

アンチ正妃派の者達にした所でそれは変わらない。平民の血を売国より嫌悪している。グラインディー侯爵もそうだ。

私は彼から支援を受けた事も親しくされた事もない。それでいて彼は王家の血すらも嫌悪していて君を死なせたがっていた。

そしてグラインディー侯爵のそういう態度は誰からも批判を受けた事がない。

つまりは貴族達の『身分と血を盾にした選民意識』には筋が通っていない。

私は幸いにも幼い頃からその事に気が付いていた。

だからこそ腐る事も狂う事もなく生きてこられたと思っている」


(…不思議だ…。私はこの人のしんどさが分かる。立場は違っても五月だった頃に『周り中が狂ってても自分独りで正気で居続ける』という事のしんどさを体験した)


ーーそれは「つらい」のとも違う。


寂しいのでもなく

ただただ疲れるのだ…。


狂っている人達の心から垂れ流される汚れた水で

自分の中の綺麗な水が汚されるのが嫌だから

「心を使わない、弱味を握らせない、弱味を作らない」

といった自己保身を繰り返していって

ただただ疲れる…。


癒し系などといった可愛げだけがウリの存在との低次元な馴れ合いや癒着で癒される筈もなく…

疲れが蓄積していく感じ。


「生きたいという執着を感じない」


そんな受動的虚無感に蝕まれて

悲しみも感じない代わりに喜びも感じられなくなっている。


そんな時にいつもある考えが脳裏に浮かんだ。


「この虚無感は本当は誰が感じるべき虚無感なのだろう?私は誰にこの虚無感をなすりつけられているのだろう?」

という疑問がどうしても浮かんできた。


罪というものに罰があり、罪人は地獄に堕ちるべきだと

そう信じてみた所で…

人の主観に生じる地獄でさえ「なすりつけ」が可能なのだ。


そしてそうした精神世界のカラクリに腹を立ててみた所で何も事態は改善されない。


岡崎五月おかざきさつきだった自分がレベッカになってから

自分の魔力を自分の持ち物に注いで御守り代わりにして

「小さなテリトリー」

を形成して精神的安定を図ってきた。


「…懐かしいですわ。『周り中が狂ってても自分独りで正気で居続ける』と決意して必死に正気を保って生きていた頃がありました。

弱味を作りたくなくて、過剰に安い情緒主義を警戒してたんです。

今思い返してみると、必死に自分の心を守る為にダブルスタンダードな情緒主義を退けていたのは、それだけダブルスタンダードな情緒主義が魅力的だと言う事ですわ。

他人には懐かないペットが自分にだけ懐くのを心地良く感じるみたいに、ダブルスタンダードな情緒主義は依存性薬物のように生き物の魂を狂わせるのでしょうね…」


五月だった頃の必死さを思い返しながら

五月だった頃の自分を愛おしく感じた。


二度と愚かさに堕ちたくはないものの

それでも愚かで頑なだった頃の自分がいじらしい…。


それと同じいじらしさは

「自分の存在そのものが周りの者達の矛盾を表面化させてしまう」

作用の中で必死に生きてきたドミニクにも当てはまるのだろうと思った。


レベッカがそっと手を伸ばしてドミニクの頭に触れて柔らかい髪を撫でると、不意にドミニクが顔をクシャッと歪ませて


「…そう思うのなら、君のそうした優しさは耐えがたい誘惑だよ…」

と言ってから、怒ったように唇を噛んで顔を背けた…。



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