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ちなみに魔力を持つ
「魔力持ち」
と呼ばれる貴族達が使用し得る
「水生成、火生成、風生成、土生成、水刃、火球、風刃、石弾」
のような魔法は
「いにしえの偉大なる付与魔法使いが付与魔法によって形式化してくれた」
お陰で後の世の魔力持ち達もその魔法が使えるのだと解釈されている。
ちょっと言うならーー
「地球の現代社会で電気のスイッチを入れれば電灯がつく、水道の蛇口を捻れば水が出る」
そういった現象が
「誰かが電気の配電や上下水道の配管を整備してくれているから起こる」
現象だというのと同じ。
「インフラ整備」
の部分が
「いにしえの偉大なる付与魔法使いによって」
行われているからこそ
「決められた手順に従って魔力を指先から放出しつつ呪文とイメージを掛け合わせればこの世界の中で形式化されている魔法が使える」
のである。
そういった簡単な道理でさえも理解できていない生徒は多い。
学院という場所をコネクション作り、または既存コネクションの強化のための社交場としてのみ捉えている人達が多いという事である。
習う事が理解できなくても、それすらも
「ムズイよね〜」
と似た者同士で共感し合うためのネタとして利用。
自分自身の理解力・洞察力などといった知性的側面を磨こうという自己精進意識が欠けているのである。
だからこそ
「知性の高さが魔素精製の鍵である」
という説を立証するかのように…
そういった人達は魔力の質が低い。
そんな学院生達の中にあってはーー
レベッカのような頑張り過ぎる令嬢はどうしても浮いてしまう。
レベッカの場合は…
小さい頃から誰にも顧みられる事がなく、衣食住だけ保証されている中で命さえ脅かされて暮らしてきた。
五月の意識が宿った事でレベッカ・ルースには破滅エンドが待っている可能性を悟った。
家族からも使用人達からも誰からも愛されていない事を悟った。
到底自分の未来の安泰など信じられなかったので、自分の未来の選択肢を広げるべく、自分の才能と可能性を最大限まで引き出そうと足掻いてきた。
侯爵家令嬢という華々しい肩書きの割りに…
「綺麗な犬小屋に放り込まれて放置されている里子の仔犬」
のような位置付けに置かれていたのだ。
特殊な家庭環境の中で努力してきたし
それ以外の生き方をレベッカは出来なかった。
ヌクヌクと既得権益を貪ってきている一般の令嬢方のように
呑気かつ盲目的に
「コネだけがヨスガ」
みたいな生き方に溺れる事も出来ない。
そして婚約者のエリアルはーー
レベッカがそんな子だからこそ好きなのだと言う。
それならレベッカは
「自分はこれで良い」
と納得して良いと思っている。
朝食を摂りながらドミニクとレベッカは
「今後、付与魔法使いが出てきたなら『形式化された魔法』は増えると思うか?」
といった問題について話し合った。
レベッカはそれに関して
「もしも私が付与魔法が使えたとしても、そういった『サービス』を後世の魔力持ちに対して残す事は無いと思います。
今ある魔法だけでも悪用する人達がいて、それを看破して適切に裁く事が難しいのですから、この上、魔法を悪用する人達に悪用できる切り札を渡すべきでは無いと思います」
と答えると
ドミニクは
「心底から同感だ。だが、そういった意見を私が口にする前に自論として述べてくれたのは君が初めてだ。
…私は君が私と同類かも知れないと思って密かに関心を持っていたが、予想通りに君が聡い女性で嬉しいよ」
と喜んだ。
食後の片付けと外出用に支度を手早く済ませて、いざ『一日婚約者』として出かける事にすると
「王城内の図書館に案内するよ」
と言われて王城へと向かう事になった。
考えてみればーー
侯爵家令嬢という肩書きがあって王都内の侯爵邸で暮らしていたのに
レベッカは今まで一度も王城に行った事が無かった。
年間通して王城で何もイベントが開催されていない筈もなく
王子や王女の誕生日のお祝いなどで歳の近い上位貴族の令息令嬢が招かれない筈もないのに…
レベッカは王城へお呼ばれした事が一度も無かった。
政略結婚の駒として使えない病弱な深窓の令嬢ならともかく…
政略結婚の駒として早目に売り込んでおく必要のある健康な令嬢を
同世代の子供達と関わらせずに隔離して育てるというのは…
社交界の常識からすると、それは異常な事だった。
(…考えてみれば、ウォルターでさえも学院入学前から同じ歳の友達がいたわ…)
従兄弟や再従兄弟の顔なども学院入学後に学院内で話しかけられて自己紹介されるまでレベッカは知らなかった。
レベッカとは疎遠だった血縁者達でさえ、ウォルターとは度々話す機会があったような口振りだった。
(私が気付かなかっただけで、私だけが外部との関わりを遮断されていて、ずっとあの屋敷の中で孤立させられていたのね…)
と改めて自分の家庭環境の異常さを実感した。
レベッカの心を読んだ訳でもないだろうに
「レベッカは王城へ入るのは今日が初めてなんだよね?」
とドミニクが訊いてきたので
「はい。恥ずかしながら今まで一度も招待を受けた事が無かったようで…」
と自分の側の主観から返事をしたら
「…レベッカ。君は私と一つしか歳が違わないしグレッグとは同じ歳だ。サディアスとフローレンスは君より二つ下。
私やグレッグやフローレンスが10歳の誕生日と15歳の誕生日、サディアスの毎年の誕生日の度に、王都内に邸宅を構える上位貴族家の歳の近い令息令嬢へは招待状が届けられている。
君に関しては病弱で気鬱の病を患っており躾も行き届いていない為、人前に出られる状態ではないという名目で毎回断りの返事が寄越されていた。
そういった事も何も知らされていないんだね?」
とドミニクはギラギラした目でレベッカの顔を凝視した。
レベッカが頷くと
「…自分の置かれていた環境の原因に関しては一応説明は受けてるんだよね?君の中に流れてる血に関する疑惑について。…君が『ウォルターを廃嫡すべき』だとグラインディー侯爵に迫ったという噂が本当だとするなら」
とドミニクがギョッとするような噂に関して話題にしてきたので
(…一体誰がそんな噂を流してるんだろう…)
と気味悪く思いつつ頷いた。
「…私はその疑惑が真実だという事を知っているよ。だからこそグラインディー侯爵がランドル王国とアザール王国の王家の血を引く君を不当にネグレクトしていたという事が判る。
グラインディー侯爵はウォルターが君に行う攻撃を本気で止めるでもなく毒殺未遂でさえも内々に済ませた。
君がウォルターに殺されでもしたら、これ幸いと『事故』として処理し、君の存在そのものを闇に葬るつもりだったんだ。
グラインディー侯爵は君に対して明確な殺意があったわけではないが『ウォルターの攻撃で君が死んでくれたら自分は手を汚さずに済む』という打算はあった筈だよ。
愚かな子供がした事と見做し、君への攻撃を容認してきたという事実の積み重ね自体の中に、グラインディー侯爵の我が王家に対する不忠と悪意が現れている。
だが彼は『赤子のすり替え』の事実に関して『知らなかった、想像すらしなかった』と言い張る事もできるだろうし、そうするだろう。
そもそもが君の存在は公けにできない。バルシュミーデ皇国への輿入れが決まっていたリリー・リサ王女に対して当時外遊中のアザール王国の王弟が純潔を奪って妊娠させていたと知れれば、間違いなく国際問題に発展する。
軍事大国のバルシュミーデ皇国をアザール王国とランドル王国がコケにした事になるのだからね。
二つの王家の血を引いている君の存在はバルシュミーデ皇国の有り余る攻撃性の矛先を操作するネタとして周辺国に利用されかねない。
面倒な托卵雛を押し付けられたグラインディー侯爵が、内心で王家への悪意を培いながら、君の死を願い続けていたのも一概に責められないんだ」
ドミニクにそう言われて
「…お父様は、私の死を願っていた、の?」
とレベッカは今初めて気が付いてキョトンとした。
言われてみればドミニクの指摘通りだった。
イーデンに明確な殺意は無かったが
イーデンがレベッカに用意した環境は
「(自分が手を汚す事なく、自分の関与が疑われる事なく)死んで欲しい」
と願った人間が整えたものだと言われれば
余りにもピッタリと腑に落ちる。
「…ずっと『死んで欲しい』と願われながら、何も知らずに生きていたのね…。私は…。…だからこそ愛情を求めて不貞腐れても無駄だと無自覚のうちに理解してたのでしょうね…。小さな頃から『何か不祥事をしでかせばすぐさま切り捨てられる』という感覚がいつもあって、いつも内弁慶だったわ…」
人間の生存本能は
「生き続けたい」
と思う者に対して、潜在的な方向性を植え付けてしまう。
「強者には媚びて弱者を痛ぶる」
ような生き方をしてしまうのは
「反撃できない弱者を選んで、切り捨てられる不安から生じるストレスをぶつける」
ような内弁慶な生き方の型が社会の中に既に存在しているからだ。
誰もが自分を磨くでもなくコネに縋り
切り捨てられる事への不安を抱えながら
不安から生じるストレスをやり返せない弱者にぶつけている。
そうした内弁慶が客観的に看破されない程に婉曲的で洗練されていると…
ストレスをぶつけられて
「死んで欲しい」
とネグレクトされてる側には
「自分がどんなに酷い事をされてるのか自覚できない」
事態も起こる。
一方で
「死んで欲しい」
とネグレクトしながら
自分がしている事にさえ気付かない欺瞞塗れの人間も多いのだろう。
「…ウォルターが私に対して『産まれてきた事を許さない』だのと、私が産まれてきた事自体が罪だったみたいに喚いてたけど。
…そういう文句は、私を産み出した尻軽の王女と種付け馬みたいな下品な王子当人達に言うべきだと思うの。
私自身は自分を侯爵家令嬢だと思って育ったし、自分をランドル王国の国民の一人だと思ってる。
人間という存在は『自分を何だと思うのか』『自分のアイデンティティをどこに注ぐのか』それこそが自分の人生を自分の責任で生きるために大事な事だと思うわ。
そういう意味で私は自分が誰よりもこの国の貴族として相応しい人間だと自分でちゃんと理解できてます」
レベッカが淡々と心情を語ると
ドミニクは何かを堪えるように歯を食いしばり少し顔を歪めた。
「…君の言いたい事は分かってる。全部。…それと同じ事は私もずっと自分で自分に言い聞かせてきたからね」
ドミニクの言葉は述懐のように小声の呟きだったのに…
レベッカにはその言葉が身近で囁かれたかのようにハッキリと聞こえた…。




