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第一王子ドミニク・レヴァインという人物は
後ろ盾も持たず正妃に睨まれ続けている薄幸の王子ながらーー
随分と大胆なところもある。
剣術大会の実行委員から
「正式に『一日婚約者』権を獲得なさいましたが、いつ使われますか?」
と問われると
「明日だ。明日の朝から日が暮れるまでの間、私がレベッカ・ルース嬢の仮初めの婚約者だ」
と唇の端を上げて不敵に笑った。
性格に難ありとは言え、文武両道のイケメンだ。
ドミニク王子の笑みに女子達がトキめいて思わず黄色い声を上げた。
ドミニク王子がエリアルに意地悪そうな目を向けていたため
「ドミニク王子がレベッカ嬢を指名したのはエリアル様への嫌がらせだ」
と誰もが思ったためーー
レベッカが嫉妬の視線に晒される事はなかった。
二人の女生徒以外からはーー。
レベッカに粘着な嫉妬の視線を向けたのは勿論
ドミニク王子の婚約者のグロリア・ケンジットと
ゲームヒロインであるクラリッサ・チャニングである…。
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翌朝、レベッカはビミョーな心境で目が覚めた。
何故なら今日は自分の16歳の誕生日。
自分の誕生日に何が楽しくて
「『一日婚約者』などといったフザケタ茶番に付き合わなければならない」
のか…ちょっと意味が分からない。
てっきりドミニク王子は今日はレベッカの誕生日だという事を知らないのだろうと思った。
知ってたら本物の婚約者と過ごす筈の誕生日をわざわざ邪魔する形で指定するとは思えない。
そこまで不人情では無い筈。
…そう思ったのだが。
朝っぱらから寮の部屋に花束が届けられていて、贈り主はドミニク王子だった。
「誕生日おめでとう」
と花束に添えられたカードに綴られていたので
(…相当性格が悪い人なんだな…)
という事が、挨拶以外では殆ど話した事がなかったレベッカにも分かった。
朝支度の最中にまたもや花束が届いて、今度はエリアルから
「誕生日おめでとう。今夜はベニントン邸(ブライトウェル辺境伯邸)に泊まると女子寮へ外泊届けを出しておいて欲しい。日暮れ前に帰る場所は寮ではなくベニントン邸だ。ちゃんと覚えておいで」
とメッセージが添えられていた。
『一日婚約者』の期間は「朝から日暮れまで」というお日様の出てる時間中だ。
それを意識して「日暮れ後は一緒に過ごそう」というお誘いのようだった。
レベッカが『一日婚約者』に指名されてしまった事態に関して
「不甲斐なくてゴメン」
と謝ったエリアルだったが
「ううん。いいの。こういう事でも無かったら、私はこの先もドミニク王子に対して『気遣いのできる優しい方』だと勘違いしたままで、エリアル様が何を言ってもピンと来ないままだったと思うの。他人の本当の人間性を垣間見る機会だと思えば、それはそれで学べる事もあると思うわ」
とレベッカはフォローした。
レベッカとしては、その言葉にそれほど深い意味は無かったのだが…
実際に『一日婚約者』などというフザケタ茶番に付き合う事で
本当にドミニク王子の化けの皮の剥がれた本性を垣間見る事になろうとは…
その時点では予想していなかった…。
朝支度が済んだ頃に
女子寮付きの下働きが侍女にドミニク王子の来訪を伝えにきた。
(早速お出ましか)
と思いながら作り笑顔を貼り付けて来訪者用の待合室へ向かった。
レベッカの顔を見るなり満面の笑顔になって
「お早う、レベッカ。今日も綺麗だね」
と挨拶してくるドミニク王子。
「お早うございます殿下。申し訳ありませんが朝の身支度を終えたばかりなので朝食もまだなので、今日の外出はもう少し遅い時間からという事にして、一度出直して頂けるとありがたいのですが」
とレベッカが
(こんなに早くから押しかけて来られるのは迷惑なのよ。分かるでしょう?)
と暗に仄めかすと
「すまないね。だがそれが狙いだった面もあるんだ。君は自分の食事を自分で作るだろ?だから私も御相伴にあずかろうと思って朝早くからタイミングを計って待ち構えていたんだ」
とシレッとエリアルでさえ言わない厚かましい発言をしてくれた。
ようは朝食をねだる為に朝早くから押しかけて来たのだと堂々と言っているのである。
(…小さな子供じゃあるまいし、面の皮が厚いというか何というか…)
と思いながら
「…然様ですか。それなら早速朝食の準備に取り掛かる事にいたします。殿下はこちらの待合室でお召しになられるのですよね?朝食が出来次第、侍女にこちらまで持たせますので、少々の間お待ちください」
と返事をしたところ
「…今日は『婚約者』である君と一緒に食事を摂りたいんだ。私が君の私室にまで押し掛ける事はできないだろうから、この待合室で君と一緒に朝食を摂りたいと思っている」
とドミニクがジッとレベッカの目を見つめながら要望を伝えてきたので
(嫌だ)
と思った内心がそのまま口に出そうになった事もあり
レベッカはグッと言葉に詰まった。
不思議な威圧感のせいで上手い断り文句が浮かばず
「…分かりましたわ」
と返事をすると
「ありがとう」
と穏やかな笑みがドミニクの顔に浮かんだ…。
レベッカの作った食事を摂りながらドミニクが
「やはり美味いな…。思うに君は調理具に自分の魔力を纏わせて調理しているのだろう?食材から引き出せる最高の味を連想しながら」
と直球でレベッカの調理術に対する疑問をぶつけてきたので
「はい。それが投影魔法に該当するとは知らずに行っていました。魔法を学ぶようになって投影魔法の概念を知った時にやっと自分が自覚なく投影魔法を使って食材の良さを引き出していた事に気がつきました」
と正直に答えた。
薄々気付いてはいたものの
ゲーム内では投影魔法の概念は登場しなかった。
投影魔法・付与魔法の概念を学んだのは中等部の終わり頃。
投影魔法は熱で溶けた金属のような可変性のあるモノに鋳型を投影し、鋳型の内部へ押し込めて固形化させる鋳造技術を「物質の形」に対してではなく「物質の性質」を対象にして行う魔法なのである。
一方で付与魔法はそれの応用形。
鋳型によって鋳造された器物から下位互換の鋳型を作り出すような型取り模倣を、これまた「物質の形」にではなく「物質の性質」と「空間の性質」にまで働きかける魔法である。
投影魔法も付与魔法も共に錬金術のように対象の性質を変化させる魔法であるが…
投影魔法は対象が破壊されれば魔法使いが対象へ授けた性質も破壊される。
一方で付与魔法は対象が破壊されても魔法使いが対象へ授けた性質が保存され続ける。
それはちょうど「この世」という空間内にある物質やその性質が「神によって付与されたもの」だと理解すると分かりやすい。
投影ではなく付与されてしまったものは延々とその性質を保ち続ける。
独立性があるのだ。
その性質を授けた神自身が
「お前にその性質を付与したのは間違いだった」
と、自ら付与した内容を書き換えもしくは消去するまで
「付与魔法によって性質を与えられたものは延々と授けられた性質であり続ける」。
それはある意味で【世界】の礎にすら関わる能力でもある。
歴史的に見ても「付与魔法使い」は数えるほどしか存在した事がない。
概念は学ぶものの
それを使える者はいないのが付与魔法なのである。
学院生が中等部の最終学年で概念だけ学んだ理由としては
付与魔法を理解するというそれだけのためにも
「空間」
というモノに対する認知力がある程度以上必要だからである。
と言っても、生徒達の大半が付与魔法を理解できていない。
中等部での一年目は主に魔力探知と魔力操作に費やされ
二年目から魔法理論と入門的魔力の応用に入った。
三年目にしてやっと高等魔法理論と初級魔法の習得に取り掛かった。
空気中の水分から水を生み出す「水生成」。
静電気の火花から火を生み出す「火生成」。
気圧変化から風を生み出す「風生成」。
空気中の埃から土を生み出す「土生成」。
それが中等部の魔法学の卒業課題だった。
それらを水刃、火球、風刃、石弾へと変えて攻撃魔法として使うのは高等部になってから。
魔力をサラサラの純粋な液体に擬えるなら
魔素はドロドロした液体とも個体ともつかぬもの。
なので魔素は精製されなければエネルギーとして役に立たない。
平民や下位貴族も魔力を持つ者は多いが、それらの魔力は魔素の混じった質の低いものなので純粋な魔力含有量が低い。
そのため平民や下位貴族は授業でちょっと魔法を使うのにさえ体内魔力のほぼ全て使い果たすので、魔法の実用は難しい人達なのである。
基本的に頭が良くて視野が広い人間の方が魔力の質が高いので、この世界の設定者である「神様」は「知性の高さが魔素精製の鍵である」という世界観設定をしている事が学者間でも定説となっている。
付与魔法を使える者はいないものの
投影魔法を使える者は稀にいる。
レベッカはそうした稀な人物なのである…。




