82:ロドニー・デュー視点39
普段ならできないようないい買い物ができて
(幸運の指輪、侮り難し…)
と、しみじみ感じた。
だが俺の幸運は主に買い物運などに反映しているらしく
対人運や恋愛運は別物のようだった。
冬休みが明けて二学期が始まってみるとーー
何故かレベッカ・ルース嬢とエリアル・ベニントンとの距離が縮まってしまっていた。
それこそベタベタくっ付いている所を目撃してしまい…
改めて
(…自分のものじゃない相手に好意を持つというのは、どこか虚しいものだな…)
と痛感した。
自分のもの
自分の家族
そういった「自分の」という枠に入れたものに対して愛着を持つのが正しい好意の使い方なのだと、実感と共に分かった。
だけど…
俺のものになってくれるような
俺だけのものになってくれるような
そんな相手がいつか現れるのだろうか?
と想像してみても全く想像がつかない。
互いにとって
「ちょっとした摘み食い」
である相手としか今までの俺には縁が無かった…。
それはやはり虚しい…。
現実世界でも恋愛というものは
「好きな人から好かれない」
という不条理が横たわる一方で
モテる奴らは入れ食い状態だった。
モテる奴らに群がって直ぐに据え膳を差し出していた女達は
ちょっと気に入れば誰にでも股を開いてて
「ヤリマンにヤらせてもらえて男は一人前」
という不思議な価値観を蔓延させてチヤホヤされていた。
それこそクラリッサ・チャニングのようなヤリマン達。
そんなヤリマン達にさえ
「お前なんかにはヤらせてあげない」
と露骨にソッポ向かれていた非モテ…。
「股を開くハードルが低いヤリマンからさえヤらせてもらえない」
という嘲りがスクールカーストにも反映して
非モテが不条理に貶められるモラル崩壊した学生社会。
当時はモテる奴らが羨ましくて妬ましかった…。
だが今にして思うと…
「モテる事の何がそんなに羨ましかったのか?」
ちょっとよく分からない。
「相手が自分のものであり自分も相手のものである状態」
というものは、モテる奴らに群がって直ぐに据え膳を差し出すような女との間には成立しない。
ヤリマンというのは
「チヤホヤされる状態」
こそが望みなのであって
「相手が自分のものであり自分も相手のものである状態」
など本当は望まない。
(口先ではどうとでも言うが)
ヤリチン・ヤリマンという生き物は
「相手を自分のものにして、自分は相手のものじゃない」
という非対称な関係を望む連中だ。
ヤリチン・ヤリマンが創り出す
「ヤリチンにシてもらって女は一人前」
「ヤリマンにヤらせてもらえて男は一人前」
というニセモノの通過儀礼が蔓延していた狂った社会の中で
狂った価値観に振り回されずに
「相手が自分のものであり自分も相手のものである状態」
を創るべく
「自分だけの人」
を探して見つけていくのが本当の恋愛だったのに…
俺は
「股を開くハードルが低いヤリマンからさえヤらせてもらえない」
という嘲りを深刻に受け止めて
「不当に人間関係内の人気ランキングでサゲられ続ける状況」
で根深い劣等感を植え付けられ…
恋愛というものの本質を見失っていた…。
それはおそらく
「ヤリチンにシてもらって女は一人前」
「ヤリマンにヤらせてもらえて男は一人前」
というフザケタ価値観に適応できず
ニセモノの通過儀礼を越えられなくて
不当に劣等感を植え付けられた者達の多くに当てはまるのだと思う…。
今の今になって俺はニセモノの通過儀礼そのものが
「人の心を惑わし人の心を試す試金石のようなものだった」
のだと
やっと分かったーー。
それに気付ける。
それに気付いた事で心境が変わる。
「幸運」
というものは
「幸運を得るために物事の捉え方が変わる必要がある」
ような場合には
「容赦なくこちらの心さえ変えにかかる」
ものなのかも知れない…。
(「ニセモノの通過儀礼惑わされ不当に不利を強いられ続けた経験」こそが「もう惑わされない」と誓ってから着実に幸福に近づき、ブレずに誓いを守り通すモチベーションの源なのかも知れないな…)
そう思った時ーー
俺は自分の中で「貶され続けた事による劣等感」が
「誠実な関係を望む切望」へと変わるのを実感し…
邪心なく心からレベッカ嬢の幸福を願う事ができたのだった…。
****************
二学期が始まってからドミニク王子とロードリックは
((あちゃー))
といった様子になっていた。
アランとフローレンス王女を婚約させるためにレベッカ嬢を餌にしようとしていたのに…
レベッカ嬢とエリアルが関係を持ってしまった事でアランを釣るに際して実に都合が悪くなった。
レベッカ嬢を餌にしてアランを釣る作戦の話などエリアルに対して当然誰も話していない筈なのだが…
(告げ口なんかしたらドミニク王子に殺されるからな!)
エリアルは直感的に
「自分の婚約者の命運を勝手にいじくる策略家達の魔の手」
に勘づいていたのかも知れない。
腹黒い青年達の思惑に反した動きをしたエリアルは
レベッカ嬢にベタベタくっ付いて実に幸せそうであった。
冬休みの間中ーー
ロードリックもグレッグ王子も暇さえあればクラリッサと遊び歩いていたようで、婚約者との仲は最悪な状態にまで拗れていた。
ドミニク王子の場合は遊び歩いていた訳ではなくダンジョン攻略で忙しかっただけなのだが…
「婚約者そっちのけ」
だった点では周りの色ボケ坊や達と似たようなものだったため、やはりグロリア嬢も機嫌が悪い…。
レベッカ嬢が魔道具研究部で開発したのは魔法攻撃無効化魔道具だというのに、ちまたの噂では
「レベッカ嬢が精神干渉魔道具を作って婚約者のエリアルを洗脳した」
という事実と真逆の話がまことしやかに囁かれていた。
「…そんなアホな噂って…婚約者をヤリマンに奪われた女達がエリアルとレベッカ嬢のラブラブぶりを妬んで火のない所に煙を立ててるって事なんでしょ?」
と思ったのだが…
何と噂の出どころが悪役令嬢達ではなく悪役令嬢達に嫌がらせされているクラリッサだというのだから…
あのヤリマンはやはり頭のネジが外れている。
「何でそんなにレベッカ嬢を目の敵にしたがるんだよ!」
とフツーにムカつく…。
悪役令嬢達は自分達がやった嫌がらせも何もかもクラリッサ自身が
「レベッカ・ルース嬢の仕業なのだろう」
と勝手にレベッカ嬢を敵視して容疑者扱いの噂をばら撒いてくれるので、さぞやクラリッサの頭の悪さを嘲笑って溜飲を下げている事だろうが…
おそらくクラリッサは本当は自分に対して行われている嫌がらせにレベッカ嬢が一切関わっていないことを知っている。
知っていてレベッカ嬢を敵視しているのだと思う。
クラリッサは一学期の間、エリアルに対しても据え膳を差し出す誘いをかけていたが、悉く撃沈していたのだ。
「…ムキになってるって事なんだろうね…。これまでエンチャントを使えば誰だろうと思い通りに操れただろうし、エリアルが初めてだったんじゃないか?据え膳を華麗にスルーして露骨に彼女のプライドを傷つけたのは。
そのエリアルが念願叶って美人の婚約者をモノにしたんだ。全く相手にされなかったクラリッサがレベッカを逆恨みする条件は揃ってる」
とドミニク王子がクラリッサの心情を代弁してくれたが…
「…クラリッサは自分に対して嫌がらせする令嬢達には怒ったり恨んだりしないんでしょうか?」
と俺としては腑に落ちない。
「クラリッサは根っからの芸人なんだよ。嫌がらせを受けても『海老で鯛を釣る』ような結果へと結びつけるように動くから、寝盗った男の婚約者からぶつけられる憎悪など負け犬の遠吠え程度にしか思っていない。
負け犬が鎖を引きちぎって喉笛に食らいついて来るようなら犬を殺処分させる手立てを考えるのだろうが…。
鎖に繋がれた範囲の嫌がらせなら彼女は動じないよ。
それは決して彼女が優しくて犯人を許してるからという訳じゃない。
根っからの芸人、根っからの天邪鬼は『他人を振り回す事で万能感を感じる』という難儀な性格なのだと思うよ。
無邪気かつ陽気に何の罪悪感もなく確信犯で社会のタブーを犯し、他人を陥れつつ着実に自分の利益に繋げていく人種というのは、クラリッサ同様に大抵伸び伸びしていて魅力的だからね。
その手の人種が社会にとって疫病神である事を実感と共に気付ける人間の方が少ないんじゃないかな…」
ドミニク王子は皮肉そうに片方の唇の端を引き上げながらそう言うと
俺の目をジッと覗き込みながら
「…それよりも。…レベッカが『魔法攻撃無効化魔道具』の次に今度は『退魔結界魔道具』を創ろうとしてるらしいんだが、君としてはどう思う?」
と訊いてきた。
「…どうって言われましても…」
「…そうだな。質問が漠然とし過ぎたかな?…それでは具体的に尋ねていく事にするが、君は『退魔結界魔道具』という道具はどういう時にどういう所で使われるモノだと思っているだろうか?」
「辺境で魔物だらけの樹海に入って樹海内で野営する時とか、何十階層もある大規模ダンジョンの中で野営する時とか、あとスタンピードが起きた時に近郊の町や村に魔物が入り込めないようにする時ですかね?」
「うん。模範解答だね。私も同じ事を思ったよ。…だからこそかな?レベッカは『クラリッサがエンチャンターだと気がついた』から魔法攻撃無効化魔道具を創り、『スタンピードが起こると気がついた』から退魔結界魔道具を創ろうとしているんじゃないか?と思ってしまったんだ。
私の身近にも『クラリッサがエンチャンターだ』といの一番に気付き『スタンピードが起こる』事を指摘していた護衛が居るからね…。
レベッカと君に共通点があるという事にも思い当たったんだよ」
(…レベッカ嬢と俺の共通点…?)
「…………」
「私は内心で『レベッカにも未来視の才がある』という可能性を疑っている。だが私にはそういったモノはない。私に有るのは手広く情報を集めてそれを分析する情報収集力と情報解析力のみ。
レベッカも手足として使える人員をグラインディー侯爵に充分に配置してもらえて居たのなら、彼女が私と同様に地道な情報収集と情報解析によってエンチャンターの存在やスタンピードの可能性に気付いたのだと納得できるが、グラインディー侯爵はそこまで彼女に対して配慮していない。
世の中には社会的現状の認識と社会動向予測や陰謀の存在を妨げる虚言や欺瞞情報に満ちている。
レベッカが『未来視』のような不思議な力でも持っているのでは無い限り、先見の明があり過ぎる彼女の賢い振る舞いは逆に不自然なんだよ。
だからこそ『未来視』の才を持つ君に尋ねたいんだ。レベッカの不自然な賢さの原因が君と同じ能力によるものなんじゃないかと」
そう言われて俺は
(…このゲームの世界に転生した日本人が俺だけとは限らないんだ…)
という当たり前の事に気が付いた。
内心で動揺しながら
「…ドミニク殿下。ゲームブックというモノはご存知ですか?双六のようにゴールに向かって次へ次へと進みながらもゴールに近づいたりゴールから遠ざかったりといった紆余曲折を経ていく通りかのゴールのいずれかに到着する選択型シミュレーションを楽しむ本です。
選択次第では幾多ものシナリオへと分岐してゆきますので、選択しなかったシナリオが具現化しなかった世界線として不可視のまま並行世界に存在する事が判る仕様となっています」
とドミニク王子に恋愛シミュレーションゲームのコンテンツとしての概要を伝えたところ
「何が言いたい」
と尤もな質問をされた。
「俺の『未来視』は『前世の記憶がある』という記憶の延長によるものなんです。
…俺がこの世界で起こる事に関して幾分かの予見が出来るのは前世でゲームブックに似た選択型シミュレーションゲームの中に『この世界』を描いたモノがあったからです」
「…それは、つまり?」
「レベッカ嬢に『未来視』の才が有るのなら、レベッカ嬢は俺と同じように前世の記憶がある転生者だという可能性があるという事です」
俺がそう言い切るとドミニク王子は驚くでも疑うでもなく
「…そうか」
と小さく呟いた…。




