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春休みが訪れて再びレベッカはブライトウェル辺境伯邸で暮らす事になった。
実家は暗に
「戻ってくるな」というメッセージを発していたし
「売られた」ことは百も承知してるので
あえて戻ろうとも思わなかった。
異母弟のウォルターは一学年下なので中等部。
元々不思議なくらい学院内でも顔を合わせる事が無かった。
徹底して避けられているようで
ハッキリ言って顔すらもよく覚えていない。
そんな異母弟と顔を合わせる事になったのは
「エリザベス危篤」
の報せを受け取ったからである。
レベッカは両親の関係や心情に関して何も知らなかった。
誰も何も言わなかったし…
実家の家族関係がどうなっているのかに対して
関心を持ちようもなかった。
ーー父のイーデンがエリザベスに溺れていたのは
レベッカが赤ん坊の頃まで。
幼児期に入り顔立ちがハッキリしてくると
誰もがレベッカに対して
「バルシュミーデ皇国に嫁がれたリリー・レヴァイン王妹殿下に似てる」
と気が付いたし…
それはイーデンも同様だった。
イーデンが妻のマリオンの妊娠中にもエリザベスとの情事に溺れていたのは婚約時代から続いていた性格の不一致による不仲が原因であったが…
さすがに妻の死後も喪に服すこともなく恥知らずの不人情でいられたのは
「レベッカはマリオンが産んだ不義の子だ」
と思っていたからだ。
しかしレベッカの顔立ちからすれば、レベッカはマリオンが産んだ子ではない可能性が高かった。
マリオンが妊娠していた子は夫のイーデンの子だったかも知れないのだ。
母子とも死んでいたら
「他所で産み落とされていた婚外子がなすりつけられた」
としても死人に口無しだ。
出産に立ち会った医師も産婆も行方不明になっている。
「死者にとんでもない濡れ衣が着せられたのかも知れない」
という可能性に気が付いた時に
イーデンは妻だったマリオンを疎み続ける事が出来なくなった。
と同時にエリザベスに対する愛情もすっかり冷めてしまった。
王城で侍女として働いていたエリザベスもレベッカの容姿からイーデンと同じ事を考えたので…
まるで自分がマリオンに濡れ衣が着せられた事に便乗してイーデンに取り入った毒婦にでもなったかのような気がした。
妻の裏切りが許せなくて喪に服す事もできずにいたイーデンに対し
エリザベスは
「私だけは旦那様を理解してお慰めしたい」
と思っていたのに…
裏切りなど初めから無かったのかも知れないのだ。
レベッカが托卵雛だとしても
彼女の実母がもっと身分の低い者だったなら
レベッカを虐待して鬱憤を晴らそうともできただろうが…
大国に嫁いだ王家の姫の面影そのままの顔を前にすれば
「ただ、関わりたくない」
「顔を合わせたくない」
と思う事しか出来なかった…。
「マリオンに対して感じそうになる罪悪感」
それを遠ざける為に
イーデンとエリザベスの仲はとうに冷え切っていた。
そんな夫婦関係の事情さえレベッカは何も知らずにいた。
ウォルターが何故ろくに顔を合わせた事もない自分を
(子供ながらに毒を入手して毒を漏るほどに)
憎悪しているのか。
何も知らなかった…。
寮に入るまで12年間暮らしたグラインディー侯爵邸…。
エリザベスは長年気鬱ぎみで過ごしていたので
レベッカが寝起きしていた本邸ではなく
同じ敷地内の別邸で暮らしていた。ウォルターと共に。
レベッカがブライトウェル辺境伯邸で暮らすようになってからは
本邸に部屋を用意されていたものの
エリザベスは別邸から出る事を拒んだ。
ウォルターは小さな頃からレベッカに対して
「アイツさえいなければ」
と思い込み、何度となくレベッカに怪我をさせていた。
(レベッカは覚えてもいないのだが)
エリザベスは
「レベッカが居るとウォルターが彼女に危害を加えるかも知れない」
と常に不安で気を張っていた。
そのせいもあり、レベッカが屋敷を出ると共に
張り詰めていた糸が切れたかのようにエリザベスは病がちになり弱っていった…。
それに対しーー
母の心労の原因が自分にある事を認めたくないウォルターは
八つ当たりのように益々レベッカへの悪意を煮詰めていった。
そんな中での
「エリザベス危篤」
の一報。
レベッカがエリアルと共にグラインディー侯爵邸へ向かい
エリザベスの元へと案内されて寝室に入るとーー
エリザベスの枕元で膝をついていたウォルターが
急にムクリと起き上がり
ツカツカとレベッカの前に来てーー
物も言わずに
思い切りレベッカの顔面を殴り付けたーー。
余りにも突然だったので
すぐそばに居たエリアルでさえも止める事が出来なかった…。
尻餅をつくように後ろに倒れ込んだレベッカに馬乗りになり
更に殴ろうとしたウォルターを
エリアルが抑え込み
「…貴様。腕を折るが恨むなよ」
と宣告。
同時にウォルターの利き腕を折り
次いでもう一方の腕を捻り上げた。
「縄を持ってこい!貴族令息の風上にも置けないこのクズを縛りあげる!」
とエリアルが執事を怒鳴りつけたところ
「離せ!この女だけは!生かしておいてはいけないんだ!俺は絶対に許さない!この女がーーお前が産まれてきたことだけはっっ!!!」
とウォルターが絶叫したが
エリザベスは弱りきって声も出せず…
代わりに医師が
「お静かに。ウォルター様を早く縛り上げて外に捨ててください。奥様が最期にお会いになろうとしたのはレベッカ様です」
と冷たく言い捨てた。
レベッカは侍女達に助け起こされてハンカチを手渡された。
唇も切れて鼻血も出ている。
鼻に違和感があってカーッと熱を持っているので
鼻の骨が折れたのかも知れない…。
エリザベスの枕元へと連れられて行くと
エリザベスが言葉も出せずに、涙だけ流しているのが判った…。




