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精神干渉による誤認識のパンデミックも
認識正常化の解毒も
人々が何も気付かぬうちに進められていく。
それは精神戦にも当てはまる事。
個人の欲や力など…
アングラで政争を展開している組織のいずれかの陣営に属さなければ
大した事など出来ずに早々に潰されるのが道理。
クラリッサの背後に
「彼女の低次元なエンチャントを後押しする後ろ盾が付いている」
というので無ければ…
レベッカが魔法攻撃無効化魔道具を発動させた状態で人々の中で過ごせば
クラリッサの幼稚なエンチャントなど霧散してしまう筈だった。
だけどそうはならず
延々としつこくレベッカに対する悪者化の偏見と冤罪捏造工作は続いた。
ゆえに
「誰かがクラリッサに追い風を吹かしている…?」
と推測できる。
エリアルはドミニク、ロードリック、グレッグに疑いの目を向けている。
メジャールートの攻略対象者である彼らは
クラリッサに好意的でクラリッサを嫌がらせから守っている。
それでいてその実
「クラリッサの脳内で創り出される犯人像に対して誘導している節がある」
と言うのがエリアルの見方だ。
「どうして殿下達が私を犯人に仕立て上げる必要があるの?」
とレベッカが心底不思議に思って尋ねると
「ハッキリした理由は当人達にしか分かって無いんだろうけど。俺の感覚では、彼らからは時々強烈な妬みのようなものを感じていた。
次期辺境伯という俺の立場が妬ましい、自分の婚約者より美しくて優秀な君に劣等感を掻き立てられる、とかそういう粘着で陰湿な性根が彼らには有りそうに思えて、どうにも気を許せない連中だよ」
とエリアルがドミニク達に対する正直な人物評価を口にした。
「…さすがに不敬よ。そこまで言うのは」
「どうかな?ロードリック先輩は次期ダウズウェル公爵だが、王子達は結婚と同時に臣籍に下る事になる。
王妃のゴリ押しで卒業と同時に婚約者との結婚が強行される筈だし…正直、王子達の未来は明るくないよ」
「でもロードリック先輩の未来は明るい筈よね?彼まで私や貴方に僻み根性を出して足を引っ張ろうとしてるの?」
「…ベッキー。ダウズウェル公爵は宰相だよ。実際、宰相なんてポジションに居たら、人間は自己客観性を投げ捨てて風見鶏のような佞臣根性に堕ちる。
最終的には自己保身と既得権益の維持しか考えられなくなる生き物だ。特に代々世襲制で管理職をやってるような秘密の多い後ろ暗い連中はね。
辺境伯はその点、王城の人間達の精神的倒錯とは無縁に魔物を狩って、樹海の向こうの軍隊を牽制してれば良いんだから精神衛生上は気楽だよ。
武器を取って闘ってれば『いつ死ぬか分からない』という不安は常に付き纏うけど、『潔く死ぬ事も出来ずに延々と嘘と罪の中で生き続けて権益を貪る』ような狂った生き方をする連中のようにはなりたくない」
「もしかしてエリアルは、ロードリック先輩が狂ってるかも知れないって思ってる?」
「…正直言えばそう見える。…アレが未来の宰相だとしたらサディアス王太子殿下もご苦労なさるだろうな、と思うよ」
歯に衣着せぬ意見というものは辛辣である…。
(…ウチの侍女達が聞き耳立ててられるような公的な場でも、私の事を「精神干渉魔道具を使ってエリアルを操ってる悪女だ」とか言ってる人達は…誰にも聞かれる心配がないような場所では相当下世話で聞くに堪えない罵詈雑言を吹聴して回ってるのかもね)
と少し気が遠くなりそうになった…。
陰口を叩かれるのが自分じゃない時には
誰もが無責任に好き勝手な事を言うものである。
しかしエリアルが言う
「ロードリック=狂ってる」
疑惑は実は信憑性がある。
「攻略対象達はそれぞれ悩みやトラウマを抱えている」
設定だった筈だ。
自分がレベッカ・ルースであり、エリアル・ベニントンの婚約者だと分かった時点で
エリアル関連の情報は日本語で紙に書き出してみたものだったが…
考えてみれば他の攻略対象者達に関する情報は随分忘れてしまってる。
それでもーー
ドミニク・レヴァイン
ロードリック・クロックフォード
バートランド・ブロデリック
の三人がいわゆる「ヤンデレ」だったという事は覚えている。
(とうとう攻略できないままだった…)
そして
グレッグ・レヴァイン
エリアル・ベニントン
ダスティン・フェアフィールド
の三人は「ツンデレ」だった筈。
だが実際のエリアルは以前は堅苦しい模範的紳士で、今現在は「デレデレ」だと思う。
ゲームとはキャラが違う…。
(全然ツン要素がないワンコ系)
R18作品だったのでキャラは当たり前のようにse×していたし
内面のドロドロも普通に「八つ当たり」を通して暴露されていた。
「エリアル様は、グレッグ殿下と仲良しだと思ってたんだけど…」
とレベッカが疑問を口にすると
「確かに仲は良かったよ。殿下が某令嬢と関係を持つようになって、婚約者を蔑ろにするようになる前はね」
とエリアルが嫌悪感に顔を顰めて答えてくれた。
「…エリアル様はそういうのをどう思ったの?『自分もセフレが欲しいけど、自分がセフレを持つとレベッカが婚約解消を言い出すだろうから面倒だ』とか思ったりしなかった?」
「…俺は『婚約者がいる者は婚約者を愛する努力をするべきだ』という風潮に馴染んでしまってる素朴な価値観の人間なんだろうな。
婚約者がいるのに他の女とどうこうなる奴は人間としてどうかと思う。
それにもしも婚約者がいなくて自分がフリーだったとしても、…セフレみたいなのは後腐れが出来そうだし御免だよ」
「…魅力的だとか思わなかったの?彼女、美人だし」
「…俺はベッキーの顔だけが好きって訳じゃない。美人だって点は女性の魅力の一つではあるんだろうけど、それだけで女性を好きになるほど俺の恋愛観は安くないよ。
俺は騎士見習い用研修会の参加のために23.8kmを死にそうな顔で必死に走り抜いた女の子とか、そういうちょっと変わった子の何考えてるのか分からない内面が気になったりするんだ」
「…私は…何考えてるのか分からない?」
「…今は分かるよ。でもあの頃は分からなかった。ベッキーはあの家で家族に顧みられずに暮らしてたから、自分の未来の安泰なんて信じられなかったんだろうなって今なら分かるんだ…。
本気で自分の未来の選択肢を広げようとして、自分の才能と可能性を最大限まで引き出そうと足掻いてたんだろうなって、今は思うよ」
「…うん。自分の未来の安泰なんて信じてなかった。今でも正直不安が大きいの。呪われてでもいるみたいに『幸せになろうとすると、急に横槍が入れられる』って不安が起きて慢性的に心からのリラックスはできない…」
「…そうなんだろうね。だから頑張り過ぎるんだろうね、君は」
「…変な話だけど。『自分のできる事をしてる』っていう目的遂行してる意識があると安心できるの。
無目的で居ると落とし穴に落とされそうで不安になるから、疲れてボーッとする時でさえも『休憩もセルフメンテナンスのうち』って解釈を持たせて自分を安心させてやらないといけない感じ…」
「…そうなんだね。…本当は『休憩もセルフメンテナンスのうち』って言葉は自分以外の誰かが言ってくれた方が社会の優しさを感じられるんだろうけどね…」
「…多分、私は自分のバランスは自分で取りたいって思いが強いんだと思う。
他人に依存したり他人から依存されたりする事で、いつの間にか自分の方ばっかり損させられるみたいな、親和性のフリした搾取とかを、もうされたくないの」
「そう言われてみると少し寂しい気がするな。ベッキーは俺に対しても依存したりされたりしたくないって事なんだよね?」
「それはどうかな?…変な話だけど『好かれてる』『好きだ』って思いながら身体を繋げると自分と相手が混じり合って訳が分からなくなる気がしてる…。だからどっか、こう…。エリアル様は他人だけど他人じゃない、自分自身の要素が混じってるように感じるの」
「…そうなんだね。…うん。ありがとう。…なんか特別な所に位置付けてくれてるみたいで…」
「…どういたしまして…」
二人が急に顔を赤らめてモジモジと身を捩り出したので…
客観的に見ると二人の姿は
(早く人目のない所に行って二人きりになりたいと思ってる恋人同士みたいだ)
といった様子に見えていたのだった…。




