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魔力攻撃無効化魔道具を身に付けて積極的に人の集まる場所に出向くようになったレベッカに対して
「何か企んでる?」
とエリアルが首を傾げた。
「さぁ?どうでしょう?」
とレベッカが微笑むと
「虎の尾を踏んだり藪を突ついて蛇を出す時には予め教えておいて欲しいよ。その方が効率良く君を守れるだろうからね」
と言ってエリアルがレベッカの腰を抱いた。
暇さえあれば魔道具開発に血道を上げていたレベッカが、今度は暇さえあれば人が多く集まる場所へ出てくるようになったのだ。
誰もが不審がる。
エリアルは予想は付いているようだ。
「どうして魔法攻撃無効化魔道具なんてモノを作りたいなんて考えたんだい?非力な女性は魔法攻撃でしか闘えないだろうに。もしかして自分に向けられる魔法は無効化するけど、自分が放つ魔法は発動できるとか、そういうのを作るつもりなのかい?」
と訊かれた事がある。
「いいえ。魔道具で創り出せる作用は基本的に魔物が使えるスキルの再現だから、今のところエリアル様が今言ったような便利なスキルを持つ魔物は発見されてないし、私では創り出せないわ」
と答えたところ
「そうだね。魔力攻撃無効化スキルは基本的に物理攻撃が得意で魔法攻撃耐性が低い魔物の上位種が獲得するスキルだね。だから余計に女性がそれを欲するのは解せない」
とエリアルが不思議がったので
「魔法攻撃無効化魔道具が無効化する魔法攻撃は火球・水刃・風刃・石弾などの露骨に攻撃だと分かる攻撃に限らないわ。
一見すると攻撃だと気づかない攻撃を受けている場合にもちゃんと作用してくれる筈だから、そういった不可視の陰湿な攻撃が溢れているかも知れない場所に足を踏み入れる時には必要となるものよ」
と婉曲的に(エンチャントという単語は使わずに)自論を述べた事もあった。
「虎の尾を踏んでるつもりはないけど…。でも、そうね…。自分の名と立場を不当な陥れから守るための自己防御が、もしも虎の尾を踏んだ事になるのだとしたら、その虎は尻尾を随分と長く伸ばしていて既に虎ではなくなってるのかもね」
とレベッカが苦笑すると
「…君が無事でいる事だけが大事だと思うよ」
とエリアルが腰に回した手に力を込めた。
暖かい時期だと学院内の中庭の至る所に設置されているベンチが婚約者同士が休み時間を過ごす場所だが、寒い時期だと学生食堂や多目的ルームに休み時間中のカップルが集まる。
レベッカとエリアルも多目的ルームで互いの腰に手を添えて寄り添って長椅子に座り、簡単な日常的報告を交わしている事が多い。他のカップル同様に。
美男美女のカップルなのでチラチラと視線を感じる事も多いが、周囲の空気に溶け込んで穏やかな時間を過ごしている…。
同じ場で時を過ごす人々はただそこに居るだけで魔法攻撃無効化魔道具の作用を受ける。
レベッカとエリアルを目にして二人に関する噂話を連想する。
そしてそれに関連したエンチャントの作用から無自覚に悪意を向けようとする。
するとその途端にエンチャントが解ける。
それでいて自分達のそうした変化さえ自覚しない。
エンチャントに掛けられた時にそれを自覚できなかったように。
ただ、ふと気がつくとクラリッサ・チャニングに魅力を感じなくなっていて、クラリッサ・チャニングの言動の中にあるオカシナ点を当たり前に「オカシイ」と本来の感じ方で否定できる状態に戻っている。
勿論、解けても解けても再度エンチャントに掛かり続ける人も出るだろう。
何度詐欺に掛かっても何度でも騙され続ける人もいるのだし
形而上的側面での自己保身に関して学習能力が低い人は救いようがないのだ。
「魔力」には質の良し悪しがある。
魔素が不純物が多くてエネルギーとして役に立たない劣化版魔力なのだとするなら
魔力持ちは「魔素を魔力へと精製する」性能をチャクラに有している人種なのだと言える。
その中でも魔素を精製する性能がそれほど高くない方が
意識の次元が低い大衆を操るアドバンテージがある。
何故なら魔力持ちではない只人の多くが
純粋な魔力には魅力を感じずに
魔素混じりの魔力に惹きつけられる。
なので大衆を上手に扇動できる優秀なエンチャンターは
実のところ魔力の質が低い。
質の低い魔力を持ち、魔力を喉から声に乗せて放出してしまえる人間は皆
(クラリッサに限らず)
無自覚のうちにエンチャントを使ってしまっている可能性が高い。
現に、ゲームの中ではエンチャンターはクラリッサだけでなく、クラリッサの母親もそうだった。
魅了眼などの魔眼も魔力を目元から放出している作用。
いずれにしても精神干渉系の魔法が起こるのには条件がある。
人体の肺呼吸や皮膚呼吸で体外排出される要素。
それが飽和滞在する場。
そこが
「魔力を使った精神干渉」
の起こる領域。
理論的には、人間の呼気に含まれる要素に
腸内細菌の活動シグナルか
脳内細胞の活動シグナルのいずれかの
「転写が起こる」
のだが…
それが体外排出され人々の呼吸が飽和滞在する場所となる事で
「相似性」
「共鳴」
が合わさった同期化現象が起こるのである。
簡単に言うならーー
「人体内の恒常性」が「人々の集まった場所に取り憑く」ようなもの。
そしてエンチャンターが
「その恒常性を乗っ取って自己都合の改竄をする」
ようなもの。
つまりエンチャンターは集合意識にとって
「タバコや依存性薬物」
のような厄介な面がある存在。
タバコや依存性薬物は人間が普通に
「飯食って糞して寝る」
という生活を繰り返す中で脳内で分泌される筈の快感物質を
「自分が摂取された時だけ分泌されるように」
制限・制御してしまう。
人が社会規範に従って暮らす中で
「本来なら自然に得られた筈の安寧や充足感」
が
「エンチャンターから齎される」
という依存状態に陥ると…
本来なら自然に起きていた筈の幸福感さえ起こらなくされてしまう。
本来なら人はーー
ただ寄り添うだけで安心感や幸福感を感じられるものだ…。
なのに…
「私が、私が、私が、私が」
「俺が、俺が、俺が、俺が」
と人格障害的な自己特別感で人々の安寧を掻き乱す者が現れる。
下位貴族の多くが
「魔力は持つものの魔力の質(純度)は低く、低威力の風刃一つ繰り出すのにも時間がかかるし体内魔力の大半を消費する」
ような人達。
誰もが魔力の放出口を喉や目元に持っている訳では無いので
誰もが無自覚にエンチャントを使っている訳でもない。
一方でーー
魔道具に魔力を注いだり火球・水刃・風刃などの体外魔法を実戦可能なレベルで生み出せるのは質の高い魔力の持ち主。
質の高い魔力の持ち主が魔力を喉から声に乗せて放出した場合
それは自分を崇めさせる俗物的エンチャントにはならず
味方への祝福、もしくは敵への呪詛となる。
魔力も魔法も決して万能ではないのである。
質の良い魔力による社会作用魔法ほど
そこに公共への福祉が含まれているし
質の悪い魔力による社会作用魔法ほど
我田引水ナルシシズムが含まれている…。




