70:ロドニー・デュー視点35
就学時間を過ぎてーー
王城の自室に戻ったドミニク王子が侍従からの報告を例のヒソヒソ話スタイルで受け取ると
「ロドニー」
と俺に話しかけてきた。
俺が落ち着かない気分でいる事に気付いたという事なのか
「君を混乱させる気は無かったのでレベッカのことでは方針が確定するまで君に知らせる気は無かった。
だけど君達護衛は私と四六時中一緒にいる訳だからね。逆にこちらの思惑の一端だけを知られる方が相互的認識に齟齬が入って裏切りの元凶になる可能性も出てくるだろう。
…そうならない為にも君にはレベッカに関する情報は知らせておいた方が良いのかも知れないと感じている。…話を聞く気はあるかい?」
と問われたので
「勿論、聴きます」
と答えた。
「そうか…。それじゃ、先に私からの質問に率直に答えて欲しいんだが。…君はレベッカを平民落ちさせる断罪計画をどう思う?」
と急に質問を振られて内心ギクッとして
「…非情だと思います」
と返事をしながら
(…こう正直に返事をする事で「俺がドミニク王子を裏切る可能性がある」と思われてしまうのだろうか)
と不安になった。
「…だがレベッカが平民になれば爵位を持たない君達騎士から見て『手の届かない高嶺の花』ではなくなるよね?それに対してどう思う。正直に答えて欲しい」
「…正直、分かりません。欲は出るでしょうが、平民落ちした彼女に近づいた所で自分を選んでもらえる保証などありません。
今の時点で必ず自分の欲を満たせると錯覚して喜ぶ気になどなれません。
彼女の幸福を犠牲にして手の届く範囲に落ちてきて欲しいと望むには『自分が選ばれない可能性』が高いんです。
イイ男はあちこちにいますからね。
それに手が届く範囲に落ちて来られて選んでもらえなかった場合には、溜め込んだ好意が一転して恨みに変わる気がして…。
俺は自分の心が憎しみで黒く染まる可能性の方が怖い気がしてます」
俺がそう正直に答えるとドミニク王子は
(分かるよ)
と言うかのように深く頷いてくれた。
「…ありがとう。正直に答えてくれて。…だが今、君が話してくれた悩みは、今の時点でも高位貴族の令嬢に手が届くポジションの者達にとって『馴染みのある感情』なんだという事を理解して欲しいと思う。
手の届く範囲に意中の相手がいると『選ばれない』『どんなに好きになっても、好きになり返してもらえない』という不条理に常に囲い込まれて生きる事になる。
だから大抵の男はストライクゾーンに入る女を自分のものにしてしまってから、安心して好意と信頼を積み立てていく道を選ぶ。
つまり『恋』という感情そのものを圧殺して生きる道を選ぶ訳だ。
だが、どんなに『好きになりたくない』と思っても、心惹かれる事はある。
そういった場合の逃げ道として男は『一方通行の好意を支配欲へ転化する』事で『選ばれない自分の惨めさ』を誤魔化す事が多い。
『意中の女性を困った状況へと陥れてから手を差し伸べて自分に縋らせる』事で相手を手に入れて自分に好意を持たせる訳だよ。
思想カルトや信仰カルトが行う弱者籠絡術も元々は『選ばれない』という不条理の中で、それでも『選ばれたい』と欲を出した者達が編み出した心理術だという事だ。
そんな心理戦が社会の中で溢れかえっている以上、レベッカを平民落ちさせようとした場合、様々な連中の様々な欲が噴出する事態は必至。君にも私を裏切るよう唆しが入るようになる筈だ」
ドミニク王子にそう指摘されて
(…確かにそうなりそうだ)
と納得した。
腹を割って話す。
本音に触れておく。
そういった交渉はしておくに限る。
「俺は貴方を裏切るよう唆しを受けても裏切りませんよ」
と断言したが
「レベッカの事に関して私は君に方針を全て話した訳じゃないよ」
と言いながらドミニク王子は首を振った。
「私は守備よくレベッカを平民落ちさせる事ができたなら、すぐさま保護下に置いておいて、アランがレベッカを愛人にしたいと望むならアランに彼女を与えようと思っている。
…だからレベッカが平民落ちすれば自分にもチャンスがあると浮かれそうになる男達には実は初めからチャンスは無いも同然なんだ。
…それでも君は私を裏切らずにおける自信があるかい?…君がレベッカに懸想してるのを抜きにしても私は随分と酷い人間だろう?」
「…アラン殿がレベッカ嬢を愛人にしたいだなどと思いますかね?それこそ本当に好きならアラン殿はレベッカ嬢の身分剥奪などさせたがらないと思いますよ。
そもそも一連の令嬢達の嫌がらせの被害者であるクラリッサはアラン殿の異母妹です。アラン殿から見れば庶子。父親の不義理の象徴です。
クラリッサの被害など握り潰してレベッカ嬢を擁護する筈です」
「だからこそだよ。アランに出しゃばらせないためにもレベッカが断罪され平民落ちした時には誰よりも早く彼女を保護してアランの元へ届ける事を条件に『クラリッサの被害を握り潰さず、犯人を断罪させる』と約束させれば良い。
…アランだって本当は気がついてる筈なんだ。
レベッカはアランの事を友人としてしか見てないという好意の一方通行にね。
彼が現実を現実として見ているなら『意中の女性を困った状況へと陥れてから手を差し伸べて自分に縋らせる』事で相手を手に入れて自分に好意を持たせる弱者籠絡術でレベッカを手に入れる選択肢を提供できるんだよ」
「…ドミニク殿下の中では『レベッカ嬢を平民落ちさせる』一択なんですか?
レベッカ嬢がこの国の社交界に顔を出さずにおけば良いだけの事でしょう?
それなら辺境伯子息と早期に結婚して辺境に引きこもってくれれば問題はない筈です」
「うん。そうだよ。エリアルはおそらく素直で気の良さそうな性格に見せかけてて実はかなり嫉妬深い。
レベッカを妻にすれば他の男の目に触れさせるのも惜しいとばかりにレベッカをブライトウェル辺境伯領の城砦に閉じ込めて王都には二度と近寄らせないだろうし、それはそれで良いだろう。
だがね。辺境のど田舎にも貴族は居るし、辺境でも社交術は必要になる。
人と人が関わる機会があれば必ず誣告や冤罪捏造は起こる。
今回レベッカに降りかかっている災難は試金石のようなものだ。
彼女が自力で上手くそれを乗り越えられるなら彼女はブライトウェル辺境伯夫人としても上手くやっていける事だろう。
その時には『レベッカを平民落ちさせる』一択ではなくなるよ。
こうした私の思惑を踏まえて、アランにも君達護衛にも『敢えてレベッカを助けずにおく』という方針に従って欲しいと思っている」
ドミニク王子の目には迷いがない。
本気でレベッカ嬢が人災を自力で乗り越えられるかどうか試す気だ。
レベッカ嬢が自力で人災を乗り越えたならブライトウェル辺境伯夫人としてエリアル・ベニントンに縛られながら辺境の城砦に引き籠らせられるし、人災を乗り越えられなければアランの愛人として日陰に置かれて囲われる。
どの道、レベッカ嬢には自由はない。
(…眉目秀麗な貴族令嬢の人生というのは、きっと楽しくないだろうなぁ…)
と感じてしまい、キュッと胸が押し潰されそうになった。
「…言っても信じないと思うが、私はレベッカをフローレンス同様に妹のように愛しているよ。
…ただね。王族の身内愛は国内のパワーバランスの調整のためなら愛する妹も従姉妹も駒として利用したり、時には切り捨てる事もあるような重いものなんだ。
自分と共に国の重みを背負わせる。国民の命と生活を守る為に国家の第一の贄となる。贄となさしめる。…そんな悲しい愛なんだよ…」
ドミニク王子がそう言いながら泣きそうな顔になったので
彼の言葉が彼の本音そのままだと分かってしまい
気がつけばーー
俺のほうが涙が溢れそうになっていた…。




