69:ロドニー・デュー視点34
魅惑魔法ーー。
それは
「『エンチャントを使う魔物だ』と周知されている魔物と対峙した時に起こる現象だ」
という固定観念を持っていたりすると
逆にそうした精神干渉攻撃を
「民間人である筈の人間の少女から受けた」
場合に、それと気付きにくい。
精神干渉されている当事者は自分が精神異常状態に陥っているのを自覚できないし、周りの者でさえもそれに気付けない事もある。
だが人間の心というものを
「ネット端末のOSとユーザーの融合体」
として捉えるなら…
精神干渉技術を悪用した術者が悪性のコンピューターウィルスをばら撒くクラッカーさながらに普通に集合意識空間に潜伏している事に思い当たる。
クラリッサのような女に対して
俺が好意を持てる筈もない…。
クラリッサがドミニク王子へ据え膳を差し出して自らを与えた事はドミニク王子の護衛である俺には明確な事実だったわけだが…
「クラリッサが自らを据え膳で差し出した相手はドミニク王子だけではない」
という俺の見解は、あくまでも状況証拠による推測でしかなかった。
(「俺もクラリッサとやったよ」「俺も」「俺も」って感じで「同じ女と寝た者同士が感想共有してる」とかでもない訳だしな!)
「ヤリマン」
という人種は案外どこにでもいる。
何かにつけて婚約者のいる男の身体に触れてきて
膝の上に座ってみては
媚びた鼻声で舌足らずの喋り方をする女。
そういう女はどこからでも湧く。
そういう女に「ヤらせてもらう」のが「男として一人前」という妙な錯覚が起こる事もある。
そうした空気の中で「ヤらせてもらう」というステータスを獲得するために皆でヤリマンに対してチヤホヤする事もある。
だがそこには人間の尊厳という地に足を付ける要素がない。
麻薬漬け状態でフリーse×に溺れる女達は
「自由を!」
という左翼思想にのめり込む傾向があるが
その手の思想カルトにハマるのは一種の恰好付けだ。
「自ら進んで快楽堕ちした自分の意志の弱さと浅ましさ」
を誤魔化そうと欺瞞に耽っているだけ。
面倒なのは、その手のヤリマンは
「烏合の衆を寄せ集める吸引力」
として、密かに大衆操作をしている連中に悪用されている事もある事だ。
フリーse×の提供を受けた非モテ屁理屈男どもは
フリーse×の提供を受けて優越感に浸り無駄にイキがる。
政治闘争・学生運動だのカルト宗教だのに見られる
気持ちの悪い求心力…。
カルトに呑まれてしまう事でフリーse×を提供されるという接待。
カルトに呑まれてしまう事でインテリの称号を得られるという特典。
カルトに呑まれてしまう事で固定観念を逸脱した天才肌という自己陶酔が得られる高揚感。
そういう「甘い罠」がカルトにはもれなく用意されている。
なので
「予めカルトを警戒しておく」
のでなければ
(悪意満々の諜報工作の産物であるカルトに)
無邪気な若者は簡単に引っかかる。
常識を弁えず
ルールを守らず
自分の放埒さと我儘を抑圧から全解放して
そうした生き方を批判されれば
「国家権力の横暴に虐げられた!」
「権威追従のマジョリティから排除された!」
と被害者仕草をオーバーリアクションで演じて大騒ぎすれば良いだけ。
それだけで
「よしよし。馬鹿どもが自発的に風紀紊乱を引き起こしてくれているぞ」
「裏から支援してやるだけで、馬鹿どもは勝手にエスカレートしてくれる」
と敵国は大喜び。
「影響力が大きい駒だ」
と重宝していただければ、売国奴宜しく敵国から便宜を図っていただける。
「国内の人心操作が敵国の諜報工作で狂わされる」
という現実を理解しているならば
「自己特別感の強い若者達がカウンターカルチャーにハマって人心分断・人心荒廃を引き起こす」
といった社会的作用が
「自然発生的に起こるとは限らない」
という現実も理解せざるを得ないのである。
本来なら倒錯思想は根無し草。
一時期ハマっても直ぐに熱は冷める。
熱が冷めれば熱に浮かされていた時の自分自身の痴態を思い出し
穴が有ったら入りたくなるもの。
短期間で元に戻る筈なのだ。
しかし敵国の諜報工作が絡んでいると
しぶとく根が張られてしまい
人はいつまでも延々と粘着にカルトにハマり続ける。
人工的自由主義カルトで歪んだ者達は
「誠実で穏健であること」
という人類の美徳を
「つまらない、高慢だ」
と見做し
「美徳の体現者である良識人」
に対しては
「恵まれてるからお行儀良くいられるのだ、何もかも奪ってやる」
と逆恨みして略奪欲を向ける。
素朴で誠実な大衆に対して
「マジョリティは恵まれているのだから、どんなに傷付けてやっても良い、何を奪っても良い」
などと被害妄想的逆恨みで因縁をつける。
単に保守的に穏健に生きたいと願っている人々に対し
そうやって背後から不意打ちで蹴りを入れておいて
反撃されようものなら
(自分が先に攻撃したことを都合良く忘れ)
「何もしてないのに急に攻撃された!」
と冤罪捏造を仕掛ける。
素朴で誠実な人々に対して一方的に
名誉毀損・信用毀損して誣告犯罪の餌食にする。
余りにも一方的に…
何の罪悪感も持たずに…。
そうやって人工的自由主義カルトが社会を狂わせる様子は
タチの悪い感冒にも似ている。
まるで狂気のパンデミック。
クラリッサ・チャニングという精神干渉系魔物が学院に入り込んで引き起こしてくれた学生間の混乱は、まさにそうした
「自己特別感の強い若者達がカウンターカルチャーにハマって人心分断・人心荒廃を引き起こす」
ような類のものだった。
クラリッサのようなヤリマンが毎日ホクホク顔でイケメンを侍らせている事態は、学生達の既存の価値観に爆弾を落としたも同じだった。
人間は「楽して得している人間を真似る」という模倣心理がある。
第二・第三のクラリッサが湧いてしまい、学生間の貞操観念は完膚なきまでに叩き壊されていた…。
****************
「丁度良い具合に風紀が乱れてきたねぇ」
とドミニク王子がロードリック・クロックフォードと楽しそうに話しているのが聴こえてきて、俺は思わず耳を疑った。
「…マライアがクラリッサに嫌がらせを行なって、それをレベッカ・ルース嬢の仕業に見せかける工作をしてるようなので俺としては頭が痛いです」
とロードリックが溜息を吐くのにもお構いなしに
「想定の範囲内だろ?因みにグロリアもユーフェミア嬢もクラリッサへの嫌がらせをレベッカの仕業に見せかける工作をしてるらしいね。
グロリアもマライア嬢もユーフェミア嬢も仲が良いし、ずっとレベッカを妬んできてるから、そういう所では団結してるのだろう」
とドミニク王子がシレッと問題発言をした。
「…レベッカ嬢の方でも自分の持ち物が冤罪捏造の証拠品に悪用されないように盗難予防に気を使っているようだし。
彼女は彼女で自分を妬んでいる女達に陥れられる可能性を予め予知していたかのように先回りして濡れ衣を回避して回ってますよ。
…何というか、随分と用意周到で賢い。まるで女版のドミニク様ですよ」
ロードリックはマライア嬢の工作のせいで人並みにレベッカ嬢に対して罪悪感を感じているらしく…
レベッカ嬢が冤罪捏造を回避する動きをとっている事を喜んでいる様子だ。
「お褒めいただきありがとう、ロードリック。だがレベッカの持ち物は文房具類だと特に市井で買える量産品が多いだろう?
レベッカの侍女や侍従がグロリア達による冤罪捏造の証拠品を回収して回ってる事がバレた場合のほうが逆に疑わしく見えるんじゃないか?
クラリッサは自分の部屋や持ち物が荒らされた時の目撃証言でレベッカの侍女が目撃されている事でレベッカが犯人だと決め付けたがってる」
とドミニク王子が憂慮すべき点を指摘すると
「…それはまた。…レベッカ嬢にはお気の毒なことで」
とロードリックは息を呑んだ。
「と言ってもレベッカの侍女の姿を見かけたと証言してる人物がグロリア達の侍女なんだから、クラリッサの頭にちょっとでも脳味噌が入ってるなら、そんな証言は信用に値しないと判る筈なんだけどね」
そう言うドミニク王子の表情は、クラリッサに対する嘲りで意地悪そうに歪んでいる。
「…ドミニク様はレベッカ嬢を擁護する気はないのですか?実質的には従姉妹に当たられる方なのに…」
ロードリックが尤もな指摘をすると
「…ロードリック。私も血縁者に対して『幸せになって欲しい』と思う程度の情緒は持っているよ。
だが一方で私は王家の人間でもあるからね。この国のパワーバランスに対して心配りが必要な面では非情にならざるを得ないとも思ってるんだ」
とドミニク王子が優しく微笑んだ。
「…パワーバランス?ですか?」
「そうだよ。私がフローレンスとアランに婚約して欲しいと思ってる事は知っているだろう?
この国の権力事情は随分と隣国に忖度するのが当たり前という所にまで蝕まれている。
そろそろ『ランドル王国の富も主権もランドル人のものだ』という攘夷意識が立ち上がっていい頃合いだ。
アランが『レベッカ以外の誰とも結婚する気はない』だのとワガママを言ってるからにはレベッカの侯爵家令嬢という地位は邪魔だと思ってる。
いっそのことグロリア達の陥れに嵌められてくれた方が『身分剥奪』という断罪でレベッカを平民落ちさせられる。
そうなればアランもレベッカを諦めざるを得なくなるし、平民になればレベッカはこの国の社交界に顔を出す機会が無くなるし、バルシュミーデ皇国の脅威をランドル王国へ向けさせようとする近隣国の策略にレベッカが利用される危険もグッと下がる。
辺境伯家に嫁入りして田舎に引きこもってくれるのも良いけど、平民になってくれてランドル王国の社交界から完全に消えてくれた方が我々にとっても彼女にとっても安全なんだ」
「…だからあえてレベッカ嬢を冤罪捏造の罠から守らない、と?」
「まぁそういう事になるね。…心が痛まない訳じゃない。レベッカは私にとっても初恋の相手だしね。
だがフローレンスとアランを婚約させるにはレベッカが高位貴族の令嬢でいるのは邪魔だ。
…いっそエリアルとすぐにでも学生結婚してくれればと思う。
今の現状だとエリアルとレベッカはお互い手すら握った事がない清い仲だと周り中にバレバレだし、アランも諦めきれずに前に踏み出せないままになる…」
ドミニク王子がアランに同情するかのように寂しそうにそう言うと…
ロードリックは
「…そうだったんですね」
と小さく呟いた。
俺もまた
(…そうだったんですね)
と内心で呟いた。
俺は王子達の婚約者達がクラリッサに嫌がらせしているだろう事は予想していた。何せ悪役令嬢なのだから。
だが…悪役令嬢達がレベッカ嬢を妬んでいて、クラリッサへの嫌がらせの犯人としてレベッカ嬢に濡れ衣を着せようとしてる、など知らなかった。
侍従達がドミニク王子に耳打ちする情報は、唇の動きが見える時には複雑な会話でなければ察知できる。
だがこちらが唇を読めないように口元を隠しながら耳元でヒソヒソと喋られると、こっちは完全に蚊帳の外だ。
(レベッカ嬢が平民落ち…か)
確かにそうなれば次期クレーバーン公爵のアランには完全に釣り合わなくなる。
だけどそれは一方で
「高嶺の花」
として彼女の事を諦めていた男達に可能性を与えてしまう。
そんな不確定の可能性に俺の胸はザワついたーー。




