66:ロドニー・デュー視点31
高等部二学年へ進級したドミニク王子は一つ下のグレッグ王子が無事に高等部へ進学してきた事を喜んでいた。
ドミニク王子は
「…正直、ロドニーが『未来視』で見たという未来を変えてしまう行動を取る事は不安だったんだ。
『未来視』の光景の中に居なかった筈のアランを死なせずに生かせば本来の運命に歪みをもたらしてしまう。
そうなるとそのヒズミが起こるだろうし、そのせいで私にとっての近しい者達がアランの身代わりのように亡くなりでもしたら…
私は自分が許せなくなるからね。
だから無事にグレッグとフローレンスが今の時点でも生きててくれてる事が本当に嬉しい…」
と、それまで密かに感じていたらしい不安を吐露してくれた。
(グレッグ王子とフローレンス王女は傍目にも本当に中が良い兄妹だけど、ドミニク王子は「出来の良すぎる兄」として少し浮いてるように思ってたけど…ちゃんと弟妹を思いやる情は有ったんだな…)
とドミニク王子の弟妹想いの心情を意外に思っていると
「…ロドニー。君は表情が判りやすい分、本当に失礼なヤツだな…」
とドミニク王子が仏頂面になった。
「…腹芸が苦手なんです。思ってる事と真逆の表情を作るのって、人間の内面をどんどん人間離れした何かに変えていく行為のような気がしてまして…」
と俺が正直な意見を述べると
「…君のそういう素朴さは私には無責任さに見えるよ。君も知っての通り、世の中には『他人を逆恨みして、他人の大切な相手を害そうとするサイコパス』が各所で湧いている。
その手のサイコパスから逆恨みされる立場の人間は、自分にとっての大切な相手が特定されないように気を配るか、自分にとっての弱点だとバレたならバレたで、どんな罠をも掻い潜って守り通すか、いずれかを選ばなければならない。
敵の多さや敵の力に対して、大切な者達を守り通せるだけの力が自分には無いと分かっている場合は、誰かを大切だと思っている事さえも敵の目には分からぬように振る舞っておかねばならない。
こうした『心理戦』に付き物の表情と内心の不一致に対し何ら理解せずにおく事は私にはどうしても無責任に見えてしまうよ」
と厳しい言葉を投げ返された。
「…『無責任』なんでしょうか?俺が?」
と納得のいかないまま抗弁しようとすると
ドミニク王子は俺に抗弁を許すつもりは無いと
明言するかのように首を振った。
「世の中に悪人もサイコパスもおらず、人々の心理空間が全て好意の返報性で成り立っているようなシンプルで歪みのない空間ならば…
君のように『心理戦とは無縁に生きたい』と思い、腹芸と無縁に、腹芸の奥にある他人の真意にも気付けずにいるのも悪くはないさ。
特に君が貧しい平民ポジションに居て、穢れたモノに対し『見ざる言わざる聞かざる』といった盲目かつ素朴な植物的状態で居ても誰かが何とかしてくれるというのならね。
以前、権力というモノ、施政というモノの土壌に『無自覚の契約』が存在するのだという事は話したよね?覚えているかな?
人類の先人達は『ただ略奪し食い散らかして滅ぼしていく』という無責任で粗暴な状態から『種の存続に配慮してやる代わりに搾取する』といった知性面での進化を辿って文明を築いてきた。
文明の華たる国家に仕える我々は影響下に在る盲目的な民草にとっての益虫であり目であり脳でもあるんだよ。
我が国にアイデンティティを置いて居ない隣国系権力に国内の各界が乗っ取られている現状は我々の世代の責任ではないものの、こうした現状を変えようともせずに既存の状態に甘んじる事は現状維持を了承したという事になるし、当然その罪の責任が降りかかる。
基本的にアイデンティティ異邦人達による異邦勢力は『種の存続に配慮してやる代わりに搾取する』といった共生ベースの義務を無視する傾向が強い。
だから侵略者や売国奴は平気で重複した搾取網を繰り広げ『搾り取れるだけ搾り取る』ような真似をして『後が続かない』ような状態にしてしまう。
それは『ただ略奪し食い散らかして滅ぼしていく』という生き方と変わりない。
『猿が人間に進化して再び猿へと退化する』ような状態こそが異邦権力という侵略者による超過搾取の民族浄化の根源にあるんだ。
国家に仕える我々が益虫としての役目を果たし、自分の魂を『人間』のままいさせるには、侵略者や売国奴の貪りを何としてもも阻止せねばならない。
だが既存の状態の中で甘い汁を啜り怠惰に現状維持を望む者達は『自分を人間だと思い込んでる猿』の領域に堕ちているクセに人間である我々よりも社会的現状の中で遥かに幅を利かせている。
そんな連中の既得権益を削り、民を蝕み尽くそうとしている彼らの在り方を改めさせようとした所で、人間の領域へ引き上げてやる事は難しい。
猿は猿であるが故に自分達が損をさせられれば、それにのみ意識を向け自分達の落ち度や悪を自覚もせずに、我々人間の暗躍を悪意的に敵視し、我々を殺そうと団結してくるだろう。
こうした現状を正しく理解しているなら、我々のような国家に仕える人間は愛する相手に対して愛を表明する資格さえ失う事になる。
自分が誰かを愛したせいで敵から見て『人質の価値あり』と判断されれば、愛する相手が質に取られ自分の行動も敵意も制限され操られていく。
猿達の逆恨みによる害意や籠絡の魔の手が自分の愛する相手に届く可能性がある以上、敵に『自分の弱味がバレないよう』露骨な愛情表現さえできないし、してはならない。
それでいて愛する相手には猿どもからの攻撃や籠絡を上手く避けられるだけの知恵と意志の強さを授けなければならない。
だが自分の判りにくい愛情表現が愛しい相手に伝わらなければ愛した相手から憎まれる事さえあり得る。
人間が人間で在り続けるのには、それ相応の対価が必要になるという事だ。
猿どもを敵に回して人間であり続け、愛し返してもくれない盲目な民草を愛して人々の暮らしを守る。
貧しい無辜なる国民の誰もが死ぬ瞬間には『また生まれて来たい』という動機を見い出して次へと流れていけるように、施政者である者は祈り配慮してやらなければならない。
権力の基盤である『無自覚の契約』を履行するために。
愛というのは王侯貴族にとってはこれ見よがしに見せびらかすものではない。
特に甘やかされる事に慣れて躾を受け入れる気もないペットじみた連中に対して甘い顔を見せればどこまでもつけ込まれる。
一度戦端を開いてしまえば決着がつくまで延々と敵意が向けられる事になる以上、少数派だとあちこちに前線を抱える事態を避けなければならない。
お陰で私も自分の真の意向を隠したままでいなければならない事も多いが、護衛や侍従が私の真意を悟れず私に対して『非情な人間だ』という誤った人物像を持つようでは困る」
立て板に水を流す勢いでそう言われ、返す言葉も無かった…。
「………」
俺が何も言えずにいるとドミニク王子が更に言葉を紡いだ。
「…ロドニー。高い場所に居ると『重力』が人を殺す力になり得る事は分かるね?
低い場所に居れば『高所から落ちて死ぬ』という悲劇は避けられる。
だがね。マトモな人間が皆、高い場所から蹴落とされて死ぬ恐怖に怯えて無責任に尻尾を巻いて低い場所へと降りていくと、高い場所には人間とは言えないような猿や寄生虫が蔓延る事になるんだ。
そうなる事が分かっているのに、自分を守る為だけに無責任に低い所へ降りてしまうには私はこの国を愛し過ぎてる。
何も知らないまま超過搾取で蝕み殺され『二度と生まれてきたくない』とまで思うほどに絶望させられて、絶望した末の恨みの矛先さえも『ランドル人のフリをしたアザール人』のような『所属を偽りながら悪事を為す鬼畜達』に操られる。
そうした悲劇は南方から連れて来られた奴隷に限らず、この国の民にも降りかかっている事なんだ。
…この国がここまで蝕まれる前にもっと誰かが何とかしてくれていたなら『必ずしも私が出しゃばる必要はない』と思う事が出来たと思うし…
この国の民がもっとずっとアザール人達のように心も魂も汚れきって腐りきっていたなら『救いようがないのだから見捨てよう』と思い切ることもできた。
だけどね。平民のフリをして市井に降りてみると…我が国の国民は大方の者達が皆、優しいだろう?気付かずにいられないだろう?
国家に仕える我々には『どうしても守らなければならないものがある』という真実がどうしても胸に突き刺さってくるだろう?」
そう語ったドミニク王子は
何かを堪えるように歯を食いしばっている…。
(…そうなんだよな…。気付かずにいられない。「どうしても守らなければならないものがある」という真実に…)
と納得させられる。
それと同時に責められているような気もした…。




