61:ロドニー・デュー視点26
反権力、反王家を掲げた革命。
そういったモノは余りにも不自然だ。
そこには「イデオロギーカルト」という狂気があるのだが…
その狂気に巻き込まれている人間達は
「××はこうあるべき」
といった
「ノブレスオブリージュ強要思考」
を何の疑問も迷いも持たずに
「特定の標的に」
振りかけている。
特定の権力にだけハードルの高過ぎる
「斯くあるべし」
という規定を押し付けて
そこからはみ出ていると見做すや
「不要だ!殺せ!引きずりおろせ!」
と激昂する。
それならーー
そんなハードルの高過ぎる
「斯くあるべし」
という規定を他の権力にも押し付けているのか?
規定からはみ出していると見做すや
「不要だ!殺せ!引きずりおろせ!」
と、いちいち激昂して回っているのか?
と言えば決してそうではない。
彼らは
「理性的で穏健な権力だけ」
(報復が怖くない権力だけ)
をカモにして狙って
「権力解体して自分自身の餌にしよう」
という欲を出している。
「批判しても怖くない相手を標的視して批判し、あわよくば標的を食い物にして権益を略奪する」
「批判すればタダでは済まない相手は批判せず追従し、怖くない相手へと全ての不満をこじつけてぶつける」
そういった
「怖いか怖くないかで相手を選んだテロリズム追従が見え見えのイデオロギーカルト」
のダブルスタンダードは、現実世界で見飽きてしまった。
だがそうした人間達の醜さこそが
「人類の権力闘争の歴史そのもの」
でもある事を俺は知っている。
****************
このランドル王国内でーー
アザール派と愛国派が水面下で陰湿な攻防を繰り広げる中ーー
ドミニク王子は
「レベッカ・ルース嬢の護衛として彼女の従兄弟であるジャレット・カースティンを密かに自費で雇う」
事にした。
「何らかの形でレベッカを利用しようとして近づく者があるかも知れない」
と危惧したのだ。
俺が思わず
「えっ?俺やイーサン達なら『非番の時に無料で』レベッカ嬢を見守りますよ?金払って雇うなんて勿体無い…」
とポロッと本音を漏らすと
「…ロドニー。…ストーキングと見守りは違うものだよ。正直、レベッカは魅力的だろう?
私は実の従兄弟だと知ってるから『自分の子を産んで欲しいと思うには血が近過ぎる』と自制できるが、血の繋がりの無い男が彼女を見守り続ける役に就いたらおかしな気を起こすかも知れない。
その点ジャレットなら未だレベッカを『叔母のマリオンが産んだ不義の子だ』と信じ込んでいるし、私と同様に彼女に対して一定の距離を置いて見守りできると思うんだ」
と人選理由を教えてくれた。
ジャレット・カースティンーー。
故グラインディー侯爵夫人マリオン・カースティンの実家であるマスグレイヴ侯爵家の次男。
騎士の資格を取って騎士団の幹部候補の一人になっている筈だ。
それを騎士団から抜けさせて雇うとなると…
費用はそれなりに嵩むのではなかろうか?
「…王家からの公的な依頼ではなく、殿下の私的な依頼という形になるのなら彼に払う報酬は殿下にとって相応の負担になるのではありませんか?」
と気になる点を指摘すると
「それは心配要らない。幾つかの魔道具を独自開発していて特許で不労収入が入り続けているからね。
それに『いつまでも』という訳じゃない。彼を使える期間は彼が次期グラインディー侯爵の座に就くまでの話だ」
とドミニク王子が何やら陰謀の匂いがする事を言い出した。
「…マスグレイヴ侯爵ではなくグラインディー侯爵ですか?ジャレットが?」
とツッコミを入れると
「グラインディー侯爵家の嫡男ウォルター・ルースの評判を知ってるかい?余りにも酷いものだ。
…アレは次期侯爵には相応しくないよ。それにアレにボロを出させて廃嫡に持ち込む策は幾らでもある。
そうなるとイーデン卿はルース家の中から有能な若者を後継に選ぼうとするだろうが…マスグレイヴ侯爵の方でも優秀な息子を押し込みたいことだろう」
とドミニク王子が意地悪そうに顔を歪めた。
「殿下はグラインディー侯爵がお嫌いなのですか?」
思わず口から飛び出した俺の問いに対して
「そうだね。好きか嫌いかで言うなら嫌いだと思うが…。私がイーデン卿の思惑を踏み躙って『グラインディー侯爵家をマスグレイヴ侯爵家に乗っ取らせたい』とまで思うのは、彼が余りにも自分自身を分かってないからだよ。
自分自身の卑しさ汚しさを自覚もできておらず、本気で自分自身を潔白だと思い込んでいる様子が先々の見込みの無さを示している。
自分が害虫だと気付いていない害虫は加減というものを知らないし益虫へ進化するべき必要も理解できない生き物だからね。
そういう意味で自分自身の犯す必要悪を必要範囲内に留めるには自分自身を認識する中に欺瞞やナルシシズムを混ぜてはいけない。
その点をイーデン卿は全く分かっていないからウォルターを廃嫡する事もなく未だ嫡男のままで居させているんだ」
と答えてくれたドミニク王子の言葉は俺には抽象的すぎて意味が分からなかった。
するとドミニク王子の顔からスッと表情が消えて
「…ロドニー。君がレベッカをストーキングするようになる事態は避けたいと思っていたので、彼女に関して君に教えていない事は幾つかある。
そのうちの一つがグラインディー侯爵家内でのレベッカの位置付けだ」
と告げられた。
「………」
(…まさか露骨に虐げられているのか?)
俺は急に不安になって自分の顔色が曇るのが自分でも分かった。
「…レベッカの着替えを手伝う近しい侍女しか知らない事だが、レベッカの身体には何ヵ所も古い傷痕があるという話だ。
今でこそ継母のエリザベス夫人も異母弟のウォルターもグラインディー侯爵邸の別館を自分達の家としているが、レベッカとウォルターがまだ幼い頃には、夫人もウォルターも侯爵邸の本館でレベッカと一緒に暮らしていた。
ウォルターは物心つく頃には両親の不仲の原因がレベッカにあると思い込んでいて、事あるごとにレベッカに攻撃を加えて彼女に怪我を負わせていたらしい。
それを見兼ねた夫人が自分からウォルターを連れて別館へと引っ込んだ。
それによってレベッカとウォルターとの間には距離が置かれて、それが冷却期間になってくれれば良かったのだが…
生憎とウォルターは自分達が別館に引っ込まざるを得なくなった事さえもレベッカのせいだと判断して、その後もレベッカに対する憎悪と攻撃心を掻き立ててきた。
レベッカが11歳の頃に起きた毒殺未遂は漏った毒が致死量ギリギリだったせいで発覚した事件だが、それ以前から致死量に満たない毒物や汚物がこっそりレベッカの食事に加えられるという悪質な嫌がらせは何年も前から延々と続けられていた。
イーデン卿はレベッカが毒で死にかけたので流石に食事を運んだ侍女と厨房の使用人達を解雇して警備隊に引き渡しているが、取り調べの中でウォルターの名が上がると取り調べに当たった警備兵に金を握らせ調査を有耶無耶にさせたまま放棄させている。
毒殺未遂事件の後もレベッカの部屋の前の廊下に小動物の死骸や大量の虫の死骸がばら撒かれていたりしていたが、幸いな事にレベッカが気づく前に使用人が撤去してくれていたようだ。
イーデン卿はそんなウォルターに対して何ら処罰もせずに廃嫡にもせず、ウォルターの性格に影響を与えている乳母を彼から引き離しもせず、性根を一新させる更正的指導も取らず、出来損ないのウォルターを出来損ないのまま野放しにさせてるんだ。
そんなイーデン卿に『侯爵位に在り続けて良いだけの良識』が存在すると君なら思えるのか?」
そう問われて俺の頭の中は真っ白になった…。
予想はしていた。
グラインディー侯爵がレベッカ嬢に対して
「死んで欲しい」
と思いながらネグレクトしているだろう事は予想できていた。
それは彼女の容姿から彼女の血縁の見当がつく者なら誰もができる予想だ。
だがそれがどんなものなのか
毒殺未遂犯は誰なのか
具体的な事に関しては予想できていなかった。
(ウォルター・ルースは頭がおかしいのか?何故そんなに一方的に殆ど関わりもないレベッカ嬢をよく知りもせずに憎んで攻撃することが出来るんだ?)
と不思議で堪らない。
反権力、反王家のイデオロギーカルトに洗脳された暴徒達がドミニク王子の事など何も知らないくせに襲いかかってくるのと同じ…
「アイツに吠えかかれ!アイツに噛みつけ!」
と命じられるがままに命令通りに攻撃性を剥き出しにする犬と同じ。
そんな獰猛犬が野放しにされていて
狙われている子供を保護するべき保護者こそが
獰猛犬を野放しにしている飼い主…。
確かにグラインディー侯爵イーデン・ルースも
その実子であるウォルター・ルースも
「侯爵位」などといった高位貴族のポジションに置いてはおけない連中だと判る話だ…。
それとともに
「何故俺がレベッカ嬢に惹かれてしまうのか」
という俺自身でさえ分かっていなかった吸引力に関しても
理解できてしまう話だった…。
(…レベッカ嬢は、ドミニク王子と、似ている…)
と分かってしまった…。




