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エリアルはレベッカと食事を摂りながら始終ご機嫌だった。
ゲームの中ではエリアルとレベッカは
「親同士が決めた婚約者」
という仲ながら
「政略結婚と言えど、相手を愛する努力をするべきだ」
という風潮に流されて、それなりに仲睦まじく過ごしていた。
他の攻略対象者達と婚約者達がクラリッサ・チャニングが現れるまで仲睦まじく過ごしていたように。
高等部に入学してからの一学期間。
最初の四ヶ月。
その間にも攻略が進み婚約者同士の喧嘩やすれ違いが多発する。
最初の長期休暇である冬休みの過ごし方は、婚約者達の未来に影を落とす分岐点となっている。
ゲームの中ではーー
エリアルとレベッカには既に肉体関係があって
レベッカがブライトウェル辺境伯邸で過ごすのはこの冬が初めてという訳じゃない。
長期休暇中は互いの屋敷にお泊りし合う仲だったのが
婚約者がクラリッサに攻略される事で
長期休暇中殆ど会う事もなく独りで過ごすようになるのだ…。
エリアルがレベッカと過ごすという事はーー
「他の攻略対象者のいずれかが険悪になった婚約者との接触を絶った状態でこの冬休みをクラリッサと過ごしている」。
(…うわぁ〜…。誰が被害者(寝取られ令嬢)なんだろう…。気になる…)
と思いながら
「学院のお友達と会う予定はないんですか?」
とエリアルに訊いてみたところ
「生徒会役員同士で何度か二学期からの打ち合わせのために集まる事になるけど…もしかして一緒に行きたいとか思ってる?」
と探るような目を向けられたので
「ええ。ユーフェミア嬢は同じ魔道具研究部の部員なのに、殆ど顔を出してくれなかったし、たまに来ても妙な事をおっしゃるしで、少し気になってます。彼女もグレッグ殿下に付いて来るなら自然な形で顔を合わせられるんじゃないかと思って」
と正直に答えてみた。
「…それなら無駄かも知れない。それに俺としては、あのケダモノ達と君を極力会わせたくない」
「?…ケダモノ?…ユーフェミア嬢が?」
「いやいや、まさか。ケダモノは生徒会メンバーの連中だよ。ホントになぁ〜…彼らには節操がないというか何というか。…穴さえ有れば何でも良いと思ってるような所があるし、君がああいうケダモノ達と同じ部屋で同じ空気を吸う事になったら、しばらくは夜の妄想のオカズにされそうだし。…会わせる気は無いよ?」
「?…オカズ?」
「うん。何でもない。気にしなくて良いから。ああいう貞操観念の欠如した男達は君の視界の隅に入れる資格すら無いし、とにかく彼らは自分の婚約者を蔑ろにしてるから、冬休み中も婚約者と行動を共にしてる可能性は低いんだ」
「…そうなんですね…。『彼ら』という事は、グレッグ殿下だけでなく、他の生徒会メンバーの皆様もご自分の婚約者を蔑ろになさってるのですか?」
「いや、全員じゃない。三年生の役員は今年度の仕事は一学期中の引き継ぎ業務だけだった。だからそれほどおかしな事に巻き込まれてはいない。問題なのはドミニク殿下とグレッグ殿下とロードリック先輩だね」
「婚約者を蔑ろにって、具体的にはどんな事をなさってるんですか?」
「…さぁ。どんな事なんだろうねぇ…。俺も知りたくないし、君に知らせたくもないよ。…ともかく、ああいう理性を失くした連中に女性は近づいちゃいけない。妊娠させられるからね」
エリアルは随分と容赦なく他の攻略対象者達を貶した。
ケダモノだとか妊娠させられるとか言う言い草から推理するなら
やはりクラリッサ関連だと思うのだが…
三人同時攻略となるとハーレムルート狙いなのだろうか?
ゲームなら実際の肉体を伴ってない分、ハーレムルートでの淫乱デビューも気楽に楽しめるが…
ゲーム内にフルダイブして肉体を持ってキャラの一人として生きると
「ハーレム」は現実的じゃない気がする…。
権力者のハーレムは「飽きたら放置」しつつも「キープ」しておけるが…
乙女のハーレムには「キープ」はない。
飽きた・飽きられた時は終わる時。
残るのは淫乱と罵られる悪評と性欲の異常増幅した身体だけ。
そんな結末に向かって
複数の婚約者令嬢の恨みを買って男を侍らせるというのは
ちょっと普通では考えられない。
(どうなってるんだろう?)
とレベッカが首を傾げると
エリアルは愛しそうに目を細めて
「君の事は俺が守るからね…」
とレベッカの耳元で囁いた…。
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ブライトウェル辺境伯邸に着いてからも、エリアルは今日一日ずっと紳士的だった。
一日中ビミョーに警戒し続けていたレベッカは少し反省して…
(いつも物欲しげな目で見られてる気がしてたからエリアルも他の人達みたいに婚前交渉を望んでるのかと思ってたけど…。もしかして自意識過剰だったのかな?)
と思い、ネグリジェ姿でベッドに入った。
部屋には内側からかけられる鍵が付いていたので先程侍女に
「おやすみなさい」
と言って出て行かせてから鍵をかけた。
自炊用の厨房もレベッカ用に改築して造ってもらえていたので、食材の調達も侯爵家から連れてきた侍従に任せるし、こちらの屋敷の使用人と接触する機会も少ない。
レベッカが極力ストレスを感じずに済むように環境が整えられている。
なので
(心配するような事は無かったんだな…)
とホッとしながら眠りにつこうとした。
するとギィーッと音がした。
ウォークインクローゼットの扉がゆっくり開くのが目に入って
レベッカはゾッとした。
(賊に侵入されていた場合、部屋のドアに鍵をかけたせいで外からの助けが遅れる可能性に気付かなかった…)
と思い、恐怖で顔が強張るのを感じた…。
「…ゴメン。…怖がらせたね」
と言ってエリアルがウォークインクローゼットから出て来たので
「…まさか、ずっとクローゼットに隠れてたの?」
とストーカー疑惑を感じながら尋ねたら
「いいや。この部屋の隣は俺の部屋だし。俺の部屋に備わってるウォークインクローゼットとこの部屋に備わってわるウォークインクローゼットは壁付けの大きな鏡が回転扉になってて繋がってるんだ」
との事だった。
「使用人達に勘繰られずに互いの部屋を行き来する工夫だよ」
そう言ってエリアルがレベッカのベッドに乗り上げて来たので
(…ああ。…やっぱりするのか…)
とレベッカがガックリと肩を落とした。
それでも
(これだけは絶対に言っておかなければ)
と思い
「…お手柔らかに」
と要望を口に出した。
落札された貴族令嬢は皆通る道ーー。
(大丈夫、大丈夫、痛くても死ぬわけじゃない)
と自分に言い聞かせ、震えながら目を閉じた…。




