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レベッカとエリアルが社交界デビューを果たした夜ーー
さすがにエリアルも気疲れしたらしく、グラインディー侯爵邸に宿泊した。
そして翌朝になってーー
侍女がレベッカの元へ彼女のスケジュールを告げに来た時には
何故かレベッカは冬休みの残りの日にちを
「エリアルと共にブライトウェル辺境伯邸で過ごすように」
と決められていた…。
「エリアルが婚前交渉を望んでいる」
結果として、そういうスケジュールが押し付けられたと見え見えだったので…
(ふ・ざ・け・ん・な!)
と怒り心頭でイーデンの部屋まで怒鳴り込む事にした。
するとイーデンの方では、深夜まで客の相手をしていた疲れも残っていた様子で…
いつもクールで厳めしい顔に、眠そうなボーッとした表情が浮かんでいたのが意外だった事もあり、レベッカは一瞬、毒気を抜かれた。
だがこちとら貞操の危機。
しかもイーデンの指示だという話ーー
(娘の貞操を何だと思ってるんだ!このツンケン親父!)
と怒りを再び自分の中で掻き立てながら
「…お父様。私に冬休みの残り日数をブライトウェル辺境伯邸で過ごすように仰ってるという事ですが…ご冗談ですよね?」
と朝の挨拶も抜きに単刀直入に訊きたい事を尋ねると
「いいや。アルヴィン閣下(ブライトウェル辺境伯)とエリアル君の意向を汲んでお前をブライトウェル辺境伯邸で生活させる許可は出した。
辺境は生活も習慣も独特らしいからな。いざ嫁に入って戸惑わずに済むように婚約期間中から慣れさせておいた方がいいと判断した」
とイーデンが澄ました顔で宣うたので
「婚約者と言えど、未婚の男女が一緒に暮らすのを親がゴリ押しするなんて!どうかしてますよ!」
と思わずブチ切れた。
「…お前は婚前交渉を受け入れた後で婚約破棄されれば、その後の嫁の貰い手が無くなる事を心配しているのかも知れんが…。
男側の浮気で婚約破棄される場合には慰謝料も毟り取れるし、喧嘩腰にならず楚々として自分の側の苦痛を訴えれば、一生負い目を感じさせてやれて今度の取り引きでも優位に立てる。
万が一の場合の嫁の貰い手なら男色にしか興味のない一族の男が何人かいて、偽装結婚してくれる女を探しているし、問題はない。
婚約も結婚も一番重要なのは『一族のために役に立つかどうか』だ。
飽きられて捨てられる時が来たら『如何にして罪悪感を植え付けて交渉面でのアドバンテージに変えてやるか』を考えるようにしろ」
とイーデンが糠に釘といった様子で淡々と言い放つのが本気で憎い…。
(…露骨に虐待されてもいないけど。…ホント、私って愛されてないんだな…)
と、しみじみ思いながらレベッカはノコノコと引き下がった。
イーデンの計画の中でもルース家一同の計画の中でも
「レベッカとエリアルとの間に既成事実を作る」
事は決定事項のようだった…。
イーデンとしては実は迷ってはいた。
だが昨夜、王妃が王太子と共に夜会に現れたことで
(サディアス王太子殿下の側妃にと要求が来る前に名実共にレベッカをエリアルにくれてやろう)
と覚悟ができたのだ。
サディアスはウットリした視線でレベッカを見つめていたし
レベッカは養い親である自分の目から見ても美しかった。
本当に血が繋がっているのかどうかは永遠に謎のままなのだろうが…
それでも自分の屋敷に置いて「娘」として養ってきたのだ。
一族のカネと権益を維持するための駒として使って何が悪い。
王太子の恋愛ごっこに付き合わせて
ブライトウェル辺境伯関連のコネを棒に振る気はない。
とっととエリアルのモノにさせておこう。
そう思ったのだ。
だが今朝になってレベッカに怒りを向けられて
内心では罪悪感を感じた。
勿論、表面には出さないが…
「娘という名目の少女を売った」
という自覚はある。
(俺は奴隷商には向かないな…)
と思いながら、鈍く痛むコメカミに指を押し当てて軽く揉んだ…。
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政略結婚など、娘を社交界というオークション会場で競売にかけるようなもの。
その時代ごとの価値観に応じて
「結婚初夜まで純潔を守るべき」
と押し付けられたり
「婚約者とは早目に既成事実を作っておけ」
と押し付けられたり
落札される商品の側の取り扱いはコロコロ変わる。
今のご時世は「婚前交渉あり」が主流。
なので飽きられて捨てられる時が来る可能性も予め考慮。
「偽装結婚の相手を求める男色家」
などの情報も予め入手。
だが相手も抜かりなくエゴを通そうとする筈。
少しでも慰謝料を安く抑えようとして
捨て去るつもりの相手に対して
「難あり」
という偏見を創り出す者も多い。
ブライトウェル辺境伯もエリアルもケチな男ではない。
そういった
「難あり」
レッテルの貼り付けが行われる場合は
優秀な家令辺りが
「主人の財政やらその後の取り引き面での不利を予想し、少しでも不利を軽減しようとして自発的に行う」
可能性が高い。
飽きられて捨てられる時が来るかも知れない以上
相手の家の使用人達に対してすらも
侮られ陥れられるようなネタを与えるヘマはおかせない。
(ああ、面倒くさい…)
とレベッカは心底からウンザリしつつ肩を落とした。
幸いな点はーー
学院の寮暮らしで仕えさせている侍女侍従らも連れて行けるので、辺境伯邸の使用人達がレベッカに関するネタ探しをしようにも直接関わる人数は限定されること。
辺境伯がレベッカの自炊用の厨房を用意してくれていれば、更に関わり合いになる使用人の数は減らせる。
ただ実際に行ってみなければ、どんな風なのか分からない。
侍女に指示して荷物をまとめさせる傍らで自分で作った遅めの朝食を摂ろうとしていたらエリアルが顔を出してきた。
ニコニコしていて本気で幸せそうだ…。
(そう言えば、この人、本心では私のことをどう思ってるんだろう?)
と、さすがに気になった事もあり
「今から朝食を摂ろうと思っていたのですがご一緒に如何ですか?」
と尋ねた…。




