56
社交界デビューのために開く夜会は大々的に広範囲の人々を対象に招待状を出すものなので、派閥に所属してない無所属の人々が大勢集まる。
アンチ派閥の末端や中堅所に対しては
「ウッカリ招待するのを忘れていた」
と言い張る事ができるので、それは忘れたフリで済ませる。
だがアンチ派閥とは言え上層に位置する大御所に対しては
「忘れたフリはできない」
ものなので
「来ないで欲しいな」
と思いつつも招待状は出す。
王族への招待状もまた然りである。
「お義理で招待状出してるだけなんだから出来れば来ないで欲しい」
と思ってる相手に対しては
「言葉の端々に婉曲的に真意を滲ませながら丁寧すぎる堅い文調の堅い筆跡の招待状を送る」
のが習わしとなっている。
そうした
「お義理招待状に含まれた真意」
をちゃんと読み取っているくせに…
呼んでもいない取り巻きを引き連れて参加してくるのが
「面の皮の厚いアンチ派閥の大御所」
という生き物だったりするので心理戦は面倒くさい。
レベッカの母であるマリオン・カースティンはマスグレイヴ侯爵家の令嬢であった。
イーデンとは完全なる政略結婚であり
「二人の間に愛情関係が皆無だった」
事は誰もが知る所である。
レベッカ自身の耳に入る事はないが
「レベッカ嬢はイーデン殿の胤ではない」
と実しやかに囁かれていた。
かと言って、それを堂々と触れ回れる人間もいない。
レベッカの持つ色ーー
紅玉色の瞳も
灰褐色の髪も
(カワラバトに似た髪色)
ある男性の持つ色であったため…
「マスグレイヴ侯爵は娘の腹の子の父親役をイーデンになすりつけるために嫁がせた」
という認識が
「ある男性の存在を知っていた人達の間での共通認識」
である。
ーー隣国の王弟殿下の胤ーー
と誰もが思っているのに誰もそれを口にしない。
グラインディー侯爵イーデン・ルースは
隣国系権力に対しても
王妃に対しても決して追従しないし…
むしろ
「我が国はもっと国益重視の外交とそれに関連した内政を行うべきだ」
と主張するアンチ王妃派に属する。
それはマリオンの実兄である現マスグレイヴ侯爵マイケル・カースティンも同様。
王妃派との親和性はグラインディー侯爵家にもマスグレイヴ侯爵家にも皆無だ。
それなのに王妃が王太子を連れて
重役出勤さながらに夜会に遅れて登場してきたのでーー
会場に居た者達は一斉に静まりかえった…。
隣国のーーアザール王国の王弟セヴラン・アザールが外遊のためにこの国に滞在していた期間は短い。
だが彼の美貌が脳裏にこびりついて離れなくなった人は多い。
滞在期間中、彼はこの国の社交界で持て囃されていた。
ご婦人方令嬢方は概ね彼に夢中だったので
彼の滞在期間中に妊娠したご婦人が美しい子を産み落とすと
ここぞとばかりに不貞の噂を立てられたものだった。
マリオンがレベッカを産み落として数時間後に亡くなると…
そうした浮気妻と噂される女達の中でも
マリオンは一際口汚く陰口を叩かれた。
死人に口無し。
死者に鞭打ちまくりなのがこの国の貴族社会なのである。
レベッカが父である筈のイーデンからも継母からも実母の実家からも放置され、誰からも顧みられる事なく孤独な子供時代を送ってきたのは…
決して周りの大人達に人間的感情が無かったからという訳ではない。
逆に人間的な弱さがあったからこそ…
「マリオンは不貞などしてない。歴代のマスグレイヴ侯爵夫人の中にはアザール王国の公爵家から嫁いできた女性もいて、その女性は目も髪もアザール王国王家の色を持っていた。レベッカの目も髪も先祖から受け継いだ隔世遺伝だ」
と言い張ることが出来なかったのだ。
誰一人として。
マリオンが生きていれば本人を問いただす事ができた筈だが…
難産の末、出産直後に意識を失い
数時間後に死亡している。
レベッカの父親が誰なのかは誰も確信がないまま
「時期的に見て、かの方がこの国に滞在していた期間中に妊娠している」
という事だけが根拠となってレベッカは不義の子と見做されている。
そのレベッカに対して
王妃は不思議と優しい目を向ける…。
レベッカの顔立ちに対して既視感を感じたのだ。
「セヴラン・アザールの落とし胤」
と嘲弄されるグラインディー侯爵家令嬢の顔を見に行ってやろうと思ったのは…
「生意気なイーデンとマイケルに対する嫌がらせ」
も兼ねていたのに、何故かレベッカに対して敵意を向ける事は出来なかった。
形式的な挨拶をしながらもレベッカの顔をマジマジと見つめつつ
(誰かに似ている…。誰だったろうか…)
と考えた。
煙るような灰色の長い睫毛の奥にある宝石のような瞳。
形の良い鼻と楽しげな口元。
白磁のような毛穴一つ見つけられそうにない滑らかな肌。
均整の取れた身体つき。
誰かに似ている筈なのに
それが予想もしていなかった人物なので
思い出せずにいる感じだ。
いや、正確にはーー
「思い出してはいけない」
のかも知れない…。
そう思い至りーー
ランドル王国正妃であるシェリル・レヴァインは、ゆっくりと頷いた。
ーーレベッカは本当にマリオンが産んだ不義の子なのか?ーー
という素朴な疑問を誰も持たず
誰もが他の可能性を考える事すら厭う。
そして特定の記憶には蓋をする。
だからこそ
(…ああ、なるほど。気づかぬ筈がない。本当は気づいているからこそ、レベッカの顔立ちに、ほんの16〜17年ほど前まで「傾国の美女」と謳われていた女性の面影がある事を誰も指摘しないのね…)
と分かってしまった。
ブライトウェル辺境伯がレベッカの容姿を気に入って
「息子の婚約者に」
と望む筈である。
ブライトウェル辺境伯のかの女性に対する片恋は有名だった。
醜聞にすらしてはいけない
「とある真実の可能性」
に関する情報がレベッカの容姿の中に詰まっている。
(…グラインディー侯爵家令嬢と言えば才色兼備と評判だったから、もしサディアスが望むなら側妃の一人に取り立ててやっても良いかも知れないと考えた事もあったけど…。この子は…辺境にでも追いやって王城に寄せ付けずにおいた方がこの国の為には良いのでしょうね…)
そう思いながら
王妃はいつになく口数少なく神妙な表情でその夜を過ごした…。




