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ドローレス・ラングリッジ嬢。
実際に会って見てもゲーム画面で見たのと同じく悪役令嬢役だという事もあり気の強そうな美女だった。
ゲーム内の悪役令嬢役の人格は大雑把に分けて
「気が強い系」と
「怨念系」とに分かれる。
伯爵家のユーフェミア、子爵家のグロリア、男爵家のレイラ、そして子爵家のドローレス。
彼女達は魔力の質自体が低く、魔力適性が低いため
「婚約者を略奪していくヒロインへの憎悪を魔法攻撃で表す」
ような怨念系の行動は取らない。
侯爵家令嬢のマライアとレベッカが怨念系の悪役令嬢。
高位貴族の令嬢令息は魔力の質も高く、魔法適性が高い。
なので物理法則を無視した陰湿な魔法攻撃が可能になる。
外壁や看板や窓の鎧戸が老朽化した建物のすぐ傍を通る時には気をつけるようにしないと…
「風刃」などの風魔法で老朽化した箇所が攻撃され通行中の者達の頭上へと降り注ぐ事になる。
陰湿な怨念系の悪役令嬢は憎い相手を直接魔法攻撃して殺すような事はしない。
憎い相手を殺しながら自分は無実を主張するポーズを崩さない。
あくまでも建物の老朽化が原因の事故に見せかけて殺そうとする。
そして自分は何食わぬ顔で
「疑わしきは罰せず」
の恩恵を受けてのうのうと幸せになろうとする。
ヒロインも婚約者のいる男を横取りする托卵雛タイプのダブルスタンダード体質なので大概に悪質だが…
怨念系悪役令嬢のダブルスタンダード体質は更にその上をいく悪辣ぶりなのである。
だがグラインディー侯爵家令嬢のレベッカ・ルースの中には
日本人としての記憶を持つ岡崎五月が入っている。
レベッカは悪役令嬢にはなりようがない。
なので警戒すべき怨念系悪役令嬢はワイアット侯爵家令嬢のマライア・リヴィングストンのみ。
マライアの婚約者のロードリック・クロックフォードは宰相の息子。
第一王子のドミニクと同じ歳なので幼馴染みでもあり学院でも親友ポジションだが、将来的にはロードリックは王太子サディアスの治世を支える次期宰相。
ロードリックはサディアス王子の家庭教師の一人でもある。
次期ダウズウェル公爵であり次期宰相という優良物件。
その夫人というポジションに固執しているマライアが悪役令嬢化して何かしら陰湿な事件を引き起こす事は誰もが予想がつく。
証拠を残してくれるか
尻尾を掴ませてくれるか
そこら辺は謎なのだが…。
ともかく
「自分の犯行をレベッカの仕業に見せかける」
ような工作をしてきかねない腹黒令嬢の中で一番手強いのは…
おそらくはマライア・リヴィングストン。
今日対峙して目の前にいるドローレス・ラングリッジは
レベッカよりも三つ年上の18歳のわりに迫力に欠け
気の強さは抑圧されている様子だった。
「お目にかかれて光栄です」
と心にもない挨拶で口元だけで作った笑顔を向けてくるので
レベッカのほうは
「スミマセン。忙しくてなかなか時間が取れずに。…今日もこの後用事が有りますので長居はできませんし」
と回りくどさに釘を刺しておく。
「用事と言うと、どなたかとお会いになられるのですか?」
「日時指定した約束ではありませんが出不精なものですから、せっかく外出する以上、諸用をまとめて済ましておこうと予定しておりますの」
「そうなのですね。『諸用』ですか…」
ドローレスが笑顔を作るのもやめて無表情になる。
(…言いたいことがあるのなら、とっとと口にしてくれれば良いのに)
と思ってしまうレベッカである。
「…お忙しい中ご都合をつけていただき有り難うございます。バートランド様がいつもお世話になっております」
と無表情でお礼を言うドローレスに対して
「いえ、お世話などはいたしておりません。単刀直入に言いますがブロデリック先生は講師としても研究者としても優秀かも知れませんが顧問としてはどうかと疑問に思っております。
部員のアイデアに難癖を付けて一刀両断にするようでは次世代の研究者は育たないと思うのですが、ブロデリック先生の魔道具研究部の部員への態度はまさにそういうものですから。
正直、わたくしの立てた理論がわたくしの名で広まるのをこの目で確かめない事には学院長であろうとブロデリック先生であろうと今の時点では信用できないと思ってもいます。
ラングリッジ嬢が何を思ってわたくしと会おうと思ったのかも、わたくしにお礼をおっしゃっているのかも、わたくしには見当がつきません。
身に覚えのないお礼を言われても戸惑うばかりですわ」
とレベッカがズケズケ指摘しても
「…申し訳ありません」
とドローレスは無表情のまま頭を下げるだけなのだった。
(この人は「会うべきじゃなかった」タイプの人だな…)
とレベッカは悟りながら
「何が目的ですか?」
と尋ねた。
「何の話ですか?」
とドローレスがムッとしたような視線を向けてきたので
「お茶会を開いて面識のない相手を誘い込むのだから、何の目的もないという筈はないですわよね?」
とレベッカがツッコミを入れると
「バートランド様がお世話になっている方に婚約者の私が対面してじかにお礼を述べるのは当然の礼儀だと思います。
そのためにお越しいただいたのであって、『何が目的』だのとうがった見方をされるような事でも無いと思います。
それともルース嬢には私の意図を深読みして私を悪者のように捉えなければならない理由でもあるのでしょうか?」
とドローレスが切り返した。
「…その目つきとその態度ですわ。ハッキリ言って、ラングリッジ嬢はわたくしに対して初めから好意的じゃありません。
『初めに悪意ありき』の物の見方で他人に偏見を持って接すれば、自分が相手に向けた悪意が跳ね返ってきます。
そうなった場合に『自分が先に悪意を向けた』という事実を都合よく無視して、跳ね返ってきた非友好性だけに着目し『私は何もしてないのに悪意を向けられた』と被害妄想のネタにする事も可能ですよね。
貴女が今わたくしに取っている対応はまさにそういった『当たり屋が被害者仕草を演じるためのネタを標的から引き出そうとする』ような対応です。
自覚がないのなら何を言っても無駄なのでしょうが…今の私の一番の心配事は、わたくしの研究の成果が何故かブロデリック先生の研究成果のように歪曲される事態がどこからか引き起こされるかも知れない事ですわ。
貴女やブロデリック先生自身が潔白であっても、貴女達の生活の基盤となってる派閥の上層部がそのような動きをする可能性もありますからね。
貴女はわたくしがこういった心配事を抱えている事にさえ『失礼な!』と被害妄想解釈をして、わたくしの側の『疑う権利』をさえ奪おうとするのかも知れませんが…
それだと貴女とわたくしの意識の置き所は永遠に混じり合う事もなく、ずっと平行線のまま、同じ国の言語を話していても対話が成立しません。
対話が成立せず被害妄想のネタを漁るためだけにわたくしを呼び出したのなら、貴女のおっしゃる『お礼の言葉』とやらは先ほど伺いました。
それ以上、ここに居ても有意義な情報交換は成立しそうにありませんし、お暇してもよろしいでしょうか?」
レベッカがそう告げて席を立つとーー
怒りに震えるドローレスはレベッカをキッと睨みつけ
「…バートランド様を誑かしただけでなく、この上、私を被害妄想のネタを漁る当たり屋だと決め付けて馬鹿にするんですね」
と声を震わせて呻いた。
「どこをどう勘違いすれば『バートランド様を誑かした』という発想が出てくるのか…貴女の精神構造が気になりますが。何かそう勘違いする決め手になった出来事がお有りになったのですか?」
「しらばっくれないで!」
「…ラングリッジ嬢。…世の中には噂話や勘違いを根拠にして先入観で相手に対しておかしな態度を取る人も居ますが、そういう人間の一人に落ちたいのなら、わたくしを巻き込まずに一人相撲でやって頂けませんか?
わたくしがブロデリック先生を『誑かす』必要性がどこにあるのかも、よろしければご説明頂けませんか?
ご存知でいらっしゃらないのかも知れませんが、わたくしにも婚約者が居りまして、彼は次期ブライトウェル辺境伯ですの。
ブライトウェル辺境伯が王族をも凌ぐ戦力を有する貴族だという事はご存知ですよね?
その優良物件令息の婚約者である恵まれたわたくしが何をトチ狂ってブロデリック先生を『誑かす』必要性があるんでしょうか?
貴女の脳内や下世話な噂話の中でどういう事になっているのか、わたくしを侮辱する事なくお教え頂けますか?」
「…バートランド様は素敵な方ですもの…」
「どのような殿方が素敵だと感じられるかの判断は各個人の好みによるものだと思いましてよ。そんな貴女の主観的な意見など、わたくしがブロデリック先生を誑かしただのという根も歯もない醜聞に基づく先入観を正当化する理由にはなりませんわ」
「…『ルース嬢は男好きだ』という話は有名ですわ…」
「…勝手に懸想される事が多い令嬢にはそういった侮辱的な噂は普通に捏造されてます。わたくしに限らずですし、いちいちそういうのを真に受ける事自体がわたくしに対して礼を失している事にお気づきになられませんか?」
「…あなたに関しての『男好き』の噂は他の令嬢がたよりも具体的です。騎士見習い志願者用の野外宿泊会に参加なさって不特定多数の男性と同衾なさったとか、証言者も多数いらっしゃるとか、言い逃れできないくらいに証拠が揃ってます」
「騎士団には女性騎士も在籍していて、任務で野外宿泊する場合には普通に性別関係なく雑魚寝する事はご存知ですよね?
それもまた『不特定多数の男性と同衾した』という事になって『男好き』という事になるのですか?
…凄いですね。女性王族を護衛している女性騎士達はそういった破廉恥極まる人達なのだとラングリッジ嬢はおっしゃるのですね。
騎士見習い志願者用の野外宿泊会など10歳から12歳の未就学児童が参加する研修会ですのに、児童の雑魚寝が『同衾』。
騎士団が主催する研修会で10歳から12歳の子供達が何かいかがわしい行為に耽っていたと、ラングリッジ嬢はそう騎士団を侮辱なさるのですね?
…大した度胸ですわね。わたくしにはとても真似できませんし、理解も追いつきません。
ともかく、そんな無礼な偏見を向けながら貴女はわたくしをわざわざ呼びつけて、お礼を言うフリをして被害妄想のネタを漁ろうとした訳ですわ。
わたくしがこんな侮辱に耐え続けて貴女とご一緒していなければならない義理はございませんわよね?
わたくしからはもう何も話す事もございませんし、これで失礼します」
偏見を鵜呑みにした先入観を持つ人達というのは…
友好的な対話を成立させる余地を自分自身で摘み取ってしまう人達である。
ドローレスが社交界で馴れ合う人達はコンクウェスト侯爵派。
ドローレスの低次元さからコンクウェスト侯爵派全体の頭の弱さが分かる。
(…派閥の恩恵を受けて同じ派閥の者同士で馴れ合ってると、あんな身勝手な恋愛脳のメンヘラが発生するんだね…)
とドローレスの失礼さに心底呆れながら、レベッカは盛大な溜息をついた…。




