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自分の関心事を何でもペラペラと口に出すタイプの人達というのは
「自分の発言が周りにどんな影響を与えるのか」
という点で余りにも無責任な人が多い。
そういった無責任な鳥頭みたいな人達がいる事で流行や風評が生み出されるという面がある。
勿論、流行や風評も悪い面ばかりではない。
人々を退屈やマンネリから救い出して気持ちを切り替えさせる作用もある。
風評拡散機である人達は
「集合意識の低次元部分」
を察知する為の観察対象にもなり得る。
噂話が三度の飯より好きな人々も
「必要悪」の範囲内に収まるならば
社会の役に立つ面もあるという事だ。
一方でーー
そうした噂話の俎上に上げられる側の人達はどうなのかと言えば…
攻略対象者達のみならず令息達・男性教師達が
「ヒロインであるクラリッサに惹かれている」
のは客観的に丸分かりだった。
彼らは露骨に人前でクラリッサを口説いてる訳でも
常にクラリッサを話題にして褒め称えているという訳でもない。
むしろ
「惚れてなどいない」
と見せかけるため
自分自身をさえ騙そうとするかのように
「クラリッサの至らない点を批判している」
事も多い。
「マナーがなっていない」
「貴族令息と結婚して玉の輿に乗るのは無理だろう」
といった批判をしている。
それでいて
「えっ?そんな所まで見てたの?」
とツッコミたくなるほどにクラリッサの事を実によく見ている。
そして関心がある事を隠せないかのように…
彼女の名前が噂話で囁かれる度に全神経を集中して聞き耳を立てる。
「…恋してるんですね…」
と周りにはバレバレの様子。
そんなものを見せつけられる婚約者の側からすれば
心穏やかではいられないのも仕方ない。
ストレスの捌け口を求めて嫌がらせが起こる事はレベッカの想定内。
学院生活は寮暮らし。
当然、貴族は寮でも侍女や侍従を侍らせて暮らしている。
就学時間中、寮の部屋は平民だと無人になる。
侍女や侍従を使った嫌がらせをするのにもってこいの環境なのだ。
侍女や侍従を使役する能力も貴族の資質の一つとして評価基準にされる。
自分がやらせた嫌がらせを他人になすりつける工作まで行わせるのもまた
「上手くやったな」
と評価される。
逆にやってもない悪事をやった事にされ
疎外されたり断罪されたりする側に対して
「気の毒に」
と同情したり感情移入して腹を立てる者も誰もいない。
「貴族社会は誣告社会」
「常に陥れに遭う危険がある」
「まんまと陥れられるような偽善者はとっとと陥れられて消えろ」
といった暗黙の了解が貴族間には存在している。
スケープゴートに乗せられて無実の人間を卑しめ虐げた所で誰も罪悪感など感じない。
それが貴族という生き物なのだ。
なので貴族は
「誣告戦(情報戦)を予め想定して動く」
のが当たり前。
レベッカの場合は高等部入学前から
「攻略対象者達の婚約者令嬢達が悪役令嬢化する」
「悪役令嬢は自分がした悪事を他人の仕業に見せかける工作をする」
「ヒロインが攻略対象者の婚約者に嫌がらせされたと言い出す」
といった事態を想定していた。
なので自分の部屋から物を盗ませない為の人員も確保した上で
ユーフェミア・フィッツロイ(グレッグ王子の婚約者)
グロリア・ケンジット(ドミニク王子の婚約者)
マライア・リヴィングストン(ロードリック・クロックフォードの婚約者)
の侍従侍女らを監視させる人員も
クラリッサ・チャニング(ヒロイン)
の言動を監視させる人員も確保できていた。
基本的にレベッカは自分の事は自分でできる。
肌や髪の手入れもドレスの着付けも化粧も髪を結うのも自分でできる。
レベッカに付き従う侍従侍女らはレベッカにとって「誣告戦の駒」。
監視対象の四人の持ち物と同じ物を
(市販品購入もしくはオーダーメイドで)
用意させている。
悪役令嬢がヒロインの部屋を荒らして物を盗み
盗んだ物を濡れ衣を着せる相手の持ち物の中に忍ばせ
濡れ衣を着せる相手から盗んだ物をヒロインの部屋にわざわざ置いてくる
(落としたフリで)
といった手口を使う可能性は常にある。
悪役令嬢がレベッカに濡れ衣を着せるつもりなら
レベッカの荷物が盗まれたり
或いはレベッカの持ち物と同じ物が用意されていたりする可能性は高い。
そうした事態が起きた時には
レベッカを犯人に見せかける工作の品は当然回収して
真犯人が犯人に見える工作の品にすり替えておくようにと
前もって指示を出している。
「誣告犯罪者を返り討ちにする」
という趣旨で指示を受けている事をレベッカの侍従侍女らも理解している。
貴族は誣告戦をチーム戦形式で行う際の司令塔なのだ。
自分の下に付く者達に
「罠を仕掛けてくる阿呆を返り討ちに遭わせる痛快さ」
を提供し続けなければならない。
「この人の下に付いて指示に従っておけば間違いない」
「外道の裏をかく頭の良さや用意周到さには先見の明がある」
「この人について行けば正しい事をし続けながら勝ち馬に乗れる」
と傘下の者達に夢を見せてやれるから…
高位貴族などといったポジションに居ても妬まれる事なく
馴れ合い癒着をせずとも裏切りを抑制できるのである。
そういう意味においてレベッカは優秀だった。
侍従侍女らから見て
「まるで未来を見通していたかのようにお嬢様が用意させていた小物に使う機会が訪れる」
「うちのお嬢様はその辺のバカ貴族とは比べ物にならないくらい賢い」
と感じられる。
レベッカが筆記用具などの学用品を王都内の商店で普通に買えるような平民仕様の物を使用しているが、それは
「身分差を感じさせない親しみやすさの演出」
などではなく
「誰にでも購入できる品を使う事で、寝れ衣工作用の品を回収しきれなかった時でも犯人像をレベッカに絞れないようにする」
ためである。
逆に、誰でも買える品が犯行現場に落ちているのを引き合いに出し
「レベッカ嬢が使ってるのを見た事がある」
だのと犯人像をレベッカへ誘導しようとする者が湧けば…
「誰でも買える品を根拠に犯人像を絞ろうとするのは誣告加害ですよ」
と指摘し、敵意の有無や敵意の浸透状況を炙り出す方向へ状況を舵取りできる。
基本的に自分の悪事を他人になすりつけるような外道な誣告は
「何故か毎度裏をかかれる」
といった事が重ならない限り一方的なのだ。
一方的な誣告は
「誣告戦」という「意識操作・ポジション争奪を賭けた競争」には成り得ない。
一方的な誣告は余りにも卑怯だ。
重い贖罪が必要なくらいに罪深い。
レベッカの中の五月はそうした道理を潜在的に理解しているからこそ
「陥れを仕掛けてくる阿呆を全力で返り討ちに遭わせる」
事に一片の罪悪感も持たずにいられる。
そうした確信に満ちた主人に仕える事で使用人達は
「何故身分差が存在するのか」
「何故貴族が偉そうに振舞って通用するのか」
という問いにも納得のいく答えを見出していけるのだった…。




