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レベッカが入部した魔道具研究部ーー。
人気のない部らしくて…
ハッキリ言って部員は少ない。
それというのも部員が頑張って画期的な発見・発明を為しても
基本的に「研究成果は無償で公表するように」定められている。
勝手に特許を申請できる訳でもないので
(特許申請の許諾権は王立学院のパトロンである国王に有る)
学生側はどんなに成果を出しても
「知的財産権に結び付かない無償の研究労働が強いられる」
事になる確率が高い。
一攫千金を夢見る子供達の意欲が削がれる事この上ない…。
そんな事情があって魔道具研究部は「ハズレ」の部だった。
勿論、レベッカにとっては関係ない。
侯爵家令嬢である間は金の苦労はせずに済むし
破滅エンドを迎えれば名誉も利権も握りつぶされる。
「強者の気紛れでいつ取り上げられるかも知れない泡のような儚い利権」
などに興味は湧かないのだ。
正当に評価してもらえる環境さえあれば、やり直しへと繋げられる実質的な知識と技能こそがレベッカの求めるもの。
(魔道具の知識を取り込めるだけ取り込もう)
と決意していた。
そんな魔道具研究部ーー。
第二王子グレゴリー・レヴァインの婚約者であるユーフェミア・フィッツロイ嬢も入部していた。
といってもユーフェミアの父親が魔道具を商品として取り扱っているので父親に命じられてお義理で在籍してるだけのようで、滅多に部室に顔も出さない。
レベッカはグレゴリー王子とエリアルが友人だという事もあり、ユーフェミアともある程度以上は面識もある。
ユーフェミアが入部以来初めて部に顔を出した時に
「何か成果はあった?」
と訊いた相手はレベッカだ。
レベッカは自分が学んだ知識を真面目にユーフェミアにも伝えようとしたが、ユーフェミアは
「いや、話してもらっても理解できないから、話すよりも紙に書き出してもらえません?その方が父に部活動の内容を誤解なく報告できますから」
と露骨にレベッカを顎で使おうとした。
自分は部に在籍してるだけで何も学ばず何も理解しておらず…
「真面目な部員の活動内容を自分の活動内容であるかのように自分の父親に報告しようとする」
のには問題があるのに…。
そうした思惑をレベッカにも悟らせつつ
「協力させようとする」
のだから相当に厚かましい…。
なのでレベッカは
「部活動の成果報告は月に一度掲示板で公表されるそうです。まだ入学してひと月経ってないので魔道具研究部の今年度初回の成果報告は張り出されてませんが、部長が昨日文章としてまとめていたので原本を見せてもらえばご自分で写しを取れると思いますよ?」
とアドバイスしてやったが
「面倒くさそう…。私、忙しいのに…」
とユーフェミアは顔をしかめた。
「…そんなに忙しいんですか?音楽部の部員でもないのにユーフェミア嬢は音楽部に入り浸ってるってお噂を耳にしましたが…」
とレベッカがツッコミを入れた所
「…貴女は自分の婚約者の事など本当にどうでも良いのね?…でも私はそんな風に薄情に割り切れないわ」
とユーフェミアが溜息を吐いた。
ゲーム内ではヒロインのクラリッサ・チャニングは音楽部だった。
シナリオ通りだとするならーー
攻略対象である二人の王子とその親友達はクラリッサの素性に関しての情報を予め仕入れており
「国立劇場支配人の肝入りの歌姫の歌声がどの程度のものか物色させてもらおうじゃないか」
と好奇心のままクラリッサの部活動風景を覗き見に行きーー
そのままクラリッサに惹かれて虜になっていく。
「話し声や歌声にエンチャント効果がある」
と指摘してやっても良いが…
「レベッカ嬢がクラリッサ嬢に嫉妬して言いがかりをつけている」
だのと思われれば、それこそが断罪材料にされかねない。
エリアルに指摘するにも
「断定はせずに仄めかしで指摘する」
ようにしなければならないだろう。
それこそ面倒くさい…。
それよりは
「魔力攻撃耐性の高い防具」
を研究して、魔力攻撃を弾く作用の原理を割り出し
「魔力攻撃無効化魔道具を発明」
し
「それを小型化してアクセサリーとして身に付けさせる」
ようにした方がエンチャントによる精神干渉を防げる。
そうーー
エンチャントという精神干渉は
「魔力を使った精神攻撃の一種」
に該当する。
そうした無自覚のエンチャントに対し
「早めにその問題に気がついて規制を加えていくべき立場の者達」
が無自覚のエンチャンターの虜になって
ヒロインの心強い味方になる運命なのだから…
「精神干渉波として放出されている魔力そのものを無効化する物理的対策」
と採って
「正気を取り戻させてやる」
ほうがレベッカにとって無難だ。
何せ婚約者を盗られる側の令嬢が婚約者を盗る泥棒令嬢に関して
「悪口とも受け取れるような分析」
をしようものなら
「嫉妬して陥れようとしている」
と見做されかねない。
公平な第三者がクラリッサの無自覚のエンチャントに気付いてその問題と規制すべき必要性を認識し、その認識を広めていくのがレベッカにとってベストだが…
エリートが集まっている筈の王立魔法学院高等部の生徒にも教職員にも
「その役を果たせる優秀な人間は居ない」
様子だ。
魔法攻撃無効化魔道具は魔法攻撃耐性魔道具と違って
「無効化」を引き起こすので…
既に魔法攻撃で精神を操られている人達をも正気に還す筈である。
なのでレベッカはやりたい研究課題を後回しにして
「魔法攻撃を無効化する魔道具の発明」
を目指した研究をしている。
魔道具研究部の部員は
三年生男子で部長のロナルド・ノースウェル
三年生女子の副部長ノーマ・リンド
三年生女子のキャスリン・マロリー
二年生男子部員の
サンディー・ケレットと
リーヴァイ・ハックマン
二年生女子の
ジョディー・ファラデーと
ダリア・ガードナー
一年生女子のレベッカとユーフェミアである。
先輩達の心配は
「一年生部員が実質的にレベッカしかいない」
事である。
このままではただでさえ不人気な部だという事もあり
「予算が下りなくなるかも知れない」
という点。
先輩達はレベッカの研究課題に対して
「もっと成果が上げやすいものにしたら?」
(そんな前人未踏のジャンルじゃなくて)
と婉曲的に圧力を掛けてくるが…
レベッカにとっては
「魔法攻撃無効化魔道具の発明は死活問題」
なのだ。
「この世界は乙女ゲームの世界なんですよ。私は自分の破滅フラグを折らないと破滅させられるんです」
と説明したところでキチガイ扱いされるだけなので誰にも言わない。
誰もアテにできない…。
先輩達の
「このまま部が落ち目になると予算が下りなくなる」
などといった可愛い心配事より
余程深刻な大問題にレベッカは対峙しているのだ。
嫌味や牽制や圧力をいちいち気にしていられない。
三年生三人組は「繰り返し使える懐炉」を研究中。
二年生四人組は「蓄音機」を研究中。
レベッカの研究課題よりは難易度が低そうで開発成功しそうだが…
本当に需要がある研究なのかという点では微妙だと思う。
レベッカの研究課題の場合は難易度が高く成功の見込みが低く思えるが、需要という点では
「まさに国がそれを必要とする」
ようなものだと言える。
それは貴族院の国防対策部の特殊班が喉から手が出るほどに欲している技術だ。
社会の抱える問題に関して危惧を感じ取る事もない呑気な学生では
「何が本当に必要とされる研究課題なのか?」
を読みきれないのも仕方なかった。
それでも大人の側では子供ほど平和ボケしてはおらず
生徒会顧問の教頭は
生徒会へ寄せられた
「各部の予算申請書と活動内容報告書」
に目を通していて
「おや」
と目を見張ったのだった。
レベッカの研究課題に対して関心を持った教頭はそれを学院長にも報告した。
そのお陰でーー
レベッカは学院長室に呼び出され
学院長から直々に研究課題に関して質問をされる事になった。
その時に
(エリアルには完全スルーされた)
「無自覚のエンチャントが引き起こす問題」
に関して仄めかす事にした。
「…私の立場から、とある杞憂に関して話すと私の立場が悪くなるかも知れないので、余り具体的に申し上げることはできませんが…。
エンチャントのような精神干渉攻撃は『エンチャント攻撃を仕掛けると周知されている魔物が視界内にいる』という状況以外では、それを受けてもターゲット側には自覚する事が難しいのではないかと思うのです」
「人間も私達貴族のように魔力を使える者が居ます。魔物のエンチャント攻撃とはまた別の発動システムなのでしょうが、人間にもエンチャントが使える可能性があり、人間のエンチャンターも確信犯でエンチャントを行う者もいれば無自覚の者もいるのではないかと思います」
「そういった無自覚のエンチャントが起きた場合、社会的強者はそうした事態が引き起こす問題点にいち早く気付き無自覚のエンチャントを規制していくべきだと思うのですが。
そうした責任ある立場にある強者自身が真っ先に無自覚のエンチャントのターゲットになってしまった場合…
エンチャントで不利益をこうむる側がエンチャントの介在を指摘すればエンチャンターとそれに籠絡された強者は不快に思う筈です」
「勿論、こうしたジレンマは全て『仮定による状況想定』でしかなく、実際に起きた、実際に起きている現象との相関性は立証できません。
ですが魔力攻撃無効化魔道具が開発・実用化された時に『憑き物が落ちる』ような劇的な内面的変化が引き起こされたなら、そこに不自然なエンチャント的精神干渉があった可能性が高いという確率を見い出すことはできると思います」
レベッカはクラリッサの名前も、彼女に早速夢中になってるらしき攻略対象者達の名前も一切出さずに抽象的に説明したのだが…
学院長の方では
「婚約者がいる王族・高位貴族の令息達がクラリッサ・チャニングに入れ上げている」
という情報を掴んでいたらしく
「なるほど。婚約者令嬢と仲睦まじかった男子生徒達が急に取り憑かれたかのように特定の女生徒に傾倒してしまう現象をルース嬢は『無自覚のエンチャント』の作用だと判断しているという事か」
と苦笑しつつ問うてきたので
「いいえ。断定はしていません。可能性の一つを考え、万が一の場合に備えた対策を取れないかと思っているだけです。
こうした可能性を口にするだけで『嫉妬して、かの令嬢を陥れようとしている』『王族・高位貴族の令息達を愚弄している』などと思われて、それこそこちらが陥れられるネタにされかねません。
なので私は決して断言はしません。老婆心から『最悪に備え最良を望む』といった方向性で準備を進めたいだけなのです」
と自分の心情をかなり正直に話した。
「…ルース嬢は噂に違わず賢い。私としても可能性を検討して、ルース嬢の言う『最悪に備える準備』を支援して、『取り得る対策は取った』と後日弁明する為の保険とさせてもらうとしよう。
『魔力攻撃無効化魔道具の開発』は本来なら国が率先して取り組むべき研究なので予算は特別枠で用意させてもらうが、そうした特別扱いの事実は伏せさせてもらう。
開発に必要な機材や素材の購入に関しては新しく顧問に付ける専門家に言って欲しい」
学院長の思惑は言葉通りなのだろう。
もしも本当にエンチャントが起きていた場合、それが後日発覚すれば何の対策も取らずにいたと上げ足を取られてしまうかも知れない。
「取り得る対策は取っていた」と主張して難逃れするための保険としてレベッカの研究に投資するのだ。
そのカネがどこから出るのか次第ではレベッカに新たな火の粉が降りかかる可能性は有ったが…
それでもリスクを過剰に恐れて萎縮してしまうにはレベッカはスペックが高く
「自分の可能性を試したい」
という困難克服意欲に溢れていた…。




