45:ロドニー・デュー視点22
何度ダンジョンに潜っても毎回毎回次から次に魔物が襲い掛かってくる…。
不自然なまでの魔物出没率…。
お陰でダンジョンコアまで辿り着くどころか階層踏破記録の塗り替えすらままならない。
ムキになって進むと今度は余力が無くなって引き返す時に困った目に遭う。
「命からがら逃げ帰る」
という体験をして満身創痍…。
治癒魔法とポーションによる回復で何とか短期間で治療も終えたが…
ドミニク王子の顔色は冴えなかった。
「…死ぬかも知れない、と思った時に強烈に恐怖を感じたよ。だけど、それと同時にこう思いもした。
『恐怖』というものは『生きるということを大事に思う』からこそ起こる感情なのだろうな、と…」
そう語る王子は歳に見合わぬ疲れた表情をしていた。
エセルが
「…魔物は『死の恐怖』を感じていたりするのでしょうか?」
と誰にも分からぬ永遠の謎を言葉にすると
「さてね。私の主観では『虫』のような小型で脳が未発達な生き物には『死の恐怖』を感じるだけの機能も無いと思うが。
魔物の場合は虫型魔物でさえも大型化しているし、その分の脳の発達はありそうに思える。
…だが、…そうだな。…君達はどう思う。魔物は『死の恐怖』を感じていると思うか?」
とドミニク王子が俺達に問い返した。
「…分かりません」
とエセルが答えた後に
「…魔物は死の恐怖ではなく怒りや憎悪を感じているように見えます」
とデールが答え
俺は
「…魔物は魔素濃度の濃い魔素溜まりの中で魔物化が起きた生き物の筈。
元はただの野生の生き物達だったのだから、やはり普通の生き物と同じく脳の大きさと脳の機能が結びついていると思います。
…よって、俺は魔物も死の恐怖を感じる機能があると思います」
と答えた。
するとドミニク王子は大きく頷いて
「…そうか。…私は以前、反王家思想の活動家達が処刑されるのを目にした事が有るが…。
魔物の中にどんな意識が宿っているのかを考えると、反王家活動家の死刑囚達が私を目にした時の目付きをまざまざと思い出すよ」
「私と会った事も話した事も無かったような私と無関係な者達が、自分の人生の中で生じた様々な苦痛や悲しみの責任を私に対して負わせようとするような…倒錯した私怨。
そういった感情を煮詰めて狂った者達が『自分こそは正義だ』と信じ込み、こちらを呪い倒そうとしてくるような…。
そんな迷いの無い悪意。アレを何故か思い出してしまう」
「そしてそうした倒錯した憎悪の気配を普通の野生の生き物達は持っていない事も分かってしまう。
だからこそそうした倒錯した憎悪が『魔物化を引き起こす魔素溜まり』との間に相関性を持っているようにも感じるし…
私には魔物達というのが『死刑囚達の心理』と似たようなフィルターを通して死の恐怖と向き合っているような気がしている」
と正直な主観を話してくれた。
ドミニク王子の言葉を聞きながらーー
俺のほうでもやはり
社会のヒエラルキーに関して考えさせられてしまう…。
魔物の心は
「進化した社会でヒエラルキーが生じる」
という必然を否定しつつ
それでいてヒエラルキーの恩恵は啜り続けようとする
矛盾した御都合主義者達の心に似ている。
自己矛盾を抱えながら貪欲さも抱えている未熟な心ーー。
「…全ての民を幸福にするという事は不可能ですからね…。『全ての民を幸福にできない統治者は無能だから弑せよ』といった下剋上正当化思想は『社会転覆に乗じて既得権益を自分達が奪ってやろう』と思ってる欲を平等主義の綺麗事にすり替えて隠蔽した陰湿な扇動に過ぎないと思いますよ…」
と俺が言うと
「確かにな。…だが君は欺瞞に耽る事を望まない正直者で、その手の連中と関わる事さえ避けるマトモな人間だからこそ…『無自覚の欲を綺麗事にすり替えて正義のフリをして欲を満たそうとする』連中の執拗さと厄介さを骨身に染みて理解させられる機会も無かったのだろうな、という気がするよ。
まぁ、きっと。それは君に限らず、近衛騎士全般に当てはまる事なのだろう…。
権力の近くでは『無自覚の欲を綺麗事にすり替えた基地外どもを刺激せず、標的にされる事態を上手くすり抜ける』といった駆け引きが必ず必要になるからね。
君達は落とし穴の隠された道を落とし穴に落ちずに上手に通り抜けてきた精鋭達だ。
一方で王族は君達を使役しながらも自分の進路に次から次に落とし穴を掘られ続ける標的だ。
『王族にも色んなヤツがいる』という個体差などを何も勘定に入れずに連帯責任論を振りかざすバカが次々と生み出され続ける限り、ずっとね…」
とドミニク王子が寂しそうに微笑んだ。
物心つく前から命を脅かされ続けて…
それでいて
「権力者への逆恨みの怨念」
だけは一人前に浴びせかけられる。
そんな王族生活の中での偽らざる述懐なのだろう。
俺はふと
(この王子の優秀さはそういった不条理の中で磨かれたものだったのだろうな…)
と思った。
権力という不条理な泥沼の中で磨かれた者が社会にとって役立つ人物へと成長するのなら…
権力という泥沼の中で醜さの限りを尽くす外道達も
「社会にとって必要な人物を生み出すための砥石」
であり
「反面教師」
であったという存在意義を持てるのだろうと…
そう思ってしまう…。
逆にこの王子が早々に臣籍へと堕とされて社会に対して影響力を揮えぬ立場へと追いやられるのなら…
彼を苦しめた外道どもは何の存在意義も持てないのだ。
(…平民あがりの側室が産んだ王子だと王太子になれないのだとしても…結婚さえせずにおけば「王子」「王兄」という王家ポジションでいられるし…。俺はこの優秀な王子には将来王兄として影からこの国の実権を握ってもらった方が良いと思うんだが…。こうした考えは当人に対しては酷なのかも知れないな…)
権力というものは突き詰めるならば孤独だ。
「決して自分を愛し返してはくれぬ狂える民をも含めて民を愛さなければならない」
のだから…マトモな人間であればあるほど権力は重荷となる。
このランドル王国にはーー
寄生侵略者に蝕まれ放題の狂った国になどなって欲しくない。
そう想ってしまう俺の中の身勝手な欲求。
トラウマ回避しようとする自分の為の欲求。
所詮はどこまでも自分の欲求。
そのために
「ドミニク王子には権力の座に在って有能さを国のために使って欲しい」
と望んでしまうエゴ…。
そうしたエゴを貫こうとする事は
「この国の持ち得る美点が詰め込まれた美しい王子をこの国の為の生贄と為す」
ような行為なのかも知れないのだーー。




