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36:ロドニー・デュー視点17

挿絵(By みてみん)


貞操観念が嘲笑・蔑視される若者社会。


俺はそれについて

現実世界の中では深く考えた事がなかった。


現実世界では

「童貞・処女を魅力のない者と見做して侮蔑する」

という純潔矮小化の価値観が罷り通っていたが…


それでさえも

「皆が皆、そういう価値観を望んで受け入れているのだろう」

「非合理に見える価値観であっても、それが主流となるからにはそこには多面的合理性があるのだろう」

と思っていた。


『神の見えざる手』さながらの調整力はちゃんと働いている筈だと…

どこかで安心しようとしていたのだ。


それというのも恋愛や性に関して俺の見識も視野も狭かった。


俺はハッキリ言って非モテ。

女子から告白された事など一度たりともなかった。


だからこそ

「俺がモテないなんてオカシイ!」

と考えたところで

「虚しい」

と感じ、モテ・非モテの原理に関して深く考えた事もなかった。


モテない男が

「俺がモテないなんてオカシイ!」

「俺に魅力を感じてくれない女の側に問題がある!」

と主張すれば


「キモい」

「死ね」

とヘイトの一斉射撃を受けて

心などズタボロに殺される。


非モテ陰キャに対するヘイト去勢ーー。

そういうものが社会には存在していた。


不人気者はヘイト去勢によって

「自律的思考の抑制圧力」

(事実認識罪)

「事実指摘に対する牽制圧力」

(事実指摘罪)

を常に降りかけられながら暮らしていたのだ。


だからこそ今回、イケメンのロドニー・デューに生まれてみて

そこそこモテるようになった事で…


「モテ・非モテに関しての非合理な法則」

に関して冷静に分析できるようになった。


実際、皆がカミングアウトする「好きな人」は、どこの世界でもやはりかぶる。モテる人間は常に人気が集中する。


まるで

「行列のできるお店は美味しいから行列ができるのだろう」

「流行品は流行するだけの魅力があるから流行するのだろう」

といった右に倣え・周りに倣え心理と同じ。


何を好ましいと思うのか

何を神秘化して憧れるのか

そういった感性でさえも同期化されているかのよう。


世の中に人間が何十億人居ようとも

「感性の数はせいぜい数百種類しかない」。


膨大な数のネットユーザー達が数種類のSNSやゲームにどっぷり入り浸って、その中で群れている内に情報共有と共に価値観共有を進める。

それと似た感じで煮詰められる集団幻想の坩堝るつぼ


そんな集団幻想の坩堝の中で形成された「感性」が、その創造履歴と無関係な大勢の人々へとインストールされシェアされているような、そんな奇妙な感じ…。

感性という認知コンテンツの没個性現象。


そういった気持ち悪さを

人間社会のモテ・非モテに関して感じていたのである。


自分が創造に関わっていない感性と不文律ルール

創造に関わる事もできない感性と不文律ルール


そんな不文律ルールの中で

盲目的に不利や有利を降りかけられ

踊らされて踊る…。


そんな不条理を

不利を降りかけられている側ほど

実は如実に感じるものだ。


なのに不利な側は有利な側から

「ヒガミ根性だ」

と嘲笑・嫌悪されて

不条理を指摘する事さえ牽制される。


事実を指摘するだけでヘイト去勢が降りかかる環境…。

知性の否定。

知性を萎えさせる檻。


そこから解放される事で人の意識は広がる。


「アッチのヤツらには不利を強いよう」

「コッチの者達には有利をもたらそう」


そんな敗者固定と勝者固定を行っている人々は

「固定敗者達が不利を覆そうとする」

ならば

「固定勝者は固定敗者を叩き潰せ」

と唆しサポートする事だろう。


賭場の胴元は賭博の勝者以上に安定して儲かる訳だが

人生の勝ち組負け組に関しても同じで

「社会創造に携わり、誰を勝たせるか、誰を負けさせるか、決める」

連中が常に安定して得をする事になっている。


世の中はとことん汚い。


俺的には

「社会の上流層はどこの世界でも誣告社会」

と割り切っている。


なのでーー


恋に溺れた令嬢がセフレさながらに使い潰され

裏切りと欺瞞に囲い込まれて

悪者に仕立て上げられ社会的に殺されるのも…

仕方ないものだと思っている。


権力ゲームという名の「権益を伴う集団我田引水」ゲームは

敗者を徹底して叩きのめす性質がある。


「贅沢な暮らしをする者が愚かである事は罪だ」

と納得するしかない。


詐欺でもそうだが

「『上手い話には罠がある』と知ってる筈の金持ちが欲を出して騙される」

場合は、騙されるほうも詐欺師同様に問題がある。


だが一方でーー


社会の底辺で目隠しされてる社会的弱者達に対し

罠を張って一方的に陥れて社会的に殺すような事は…

必要悪の範囲を軽く超えている。

不必要悪な罪だ。


「貧しい暮らしをする者が愚かである事は罪ではない」

のだから

「贅沢な暮らしをする愚か者の罪人達と同様に罰を与える」

ような事はしてはならない。


なのにーー

白が黒に黒が白に塗り替えられた世界では

豊かな愚か者よりも

貧しい愚か者が

酷い罰を受けて絶望させられるのだ。


歪んだ人々の創る歪んだ世界

あの現実世界では。


今となっては

「前世でモテなかったお陰で変なシガラミも作らずに済んで良かった」

と思わないでもない…。


そのくらいに、俺はあの世界が気持ち悪い…。



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