33:ロドニー・デュー視点14
ドミニク王子が変装した状態で市井へお忍びで赴き
「露天商の店番の少年」
やら
「旅芸人一座の少年」
やらを演じていたのは…
当人曰く
「いつか別人として生きる事になるかも知れないと物心ついた頃からいつも不安に思っていたから」
という事らしい。
そうした健気さに絆された者達が王子が市井で別人として活動する二重生活のサポートをしてくれていたようだった。
侍女や侍従にしても正妃が送り込んだ監視役も多い筈なのだが…
何故か皆が皆「ショタ萌え」に走り
二重スパイさながらにドミニク王子に仕えてくれているものらしい。
ドミニク王子に誑かされた者達の気持ちは分からなくもない…。
正妃に虐げられている側室腹の王子が
「いつか別人として生きていく事になるかも知れないから市井に降りても生きていけるように王子とは別の身分を作っておきたい」
などといった心配事を持ちかけてきたなら…
「そんな目に遭わずに済むように全力で御守りします」
と思うと同時に
「保険代わりに市井で別の身分を作っておくという案に従っておいてあげるべきだ」
とも思う。
そんな協力者達のお陰もあってーー
何年も前から定期的に姿を現すの顔馴染みの少年「アシュリー」又は「ロビン」と接している人々の数はかなり多い。
王城勤めの侍女や侍従達は噂好きが多い。
だからこそなのかーー
「世論操作」
という諜報工作に関して無自覚である事が多い。
革命・内乱などのルサンチマンの爆発。
そうした悲劇は世論操作・印象操作による人心分断・人心荒廃の果てにある現象なのだが…
そういった悲劇の元凶である人心分断・人心荒廃を引き起こした無責任な噂話をばら撒いた者達自身が自分達の罪を自覚すらしていなかったりもするのだ。
だからこそ認知面での盲点ができる。
無責任な噂話による偏見や差別。
そういった偏見や差別を鵜呑みにしたヘイトクライムが起きても
無責任な噂話を媒介した媒介者自身は
「偏見や差別を鵜呑みにしてヘイトクライムを犯した者が悪い」
と言ってみたり
「偏見や差別を鵜呑みにしてヘイトクライムを犯した犯罪者を批判している連中が更生を妨げている」
だのと言ってみる。
結局のところ無責任な噂話が好きな人達というのは
「暴力実行犯を鬼ごっこの鬼のように生み出し続ける」
というフザケタ作用を持っているのだ。
そしてそれを自覚しない。
しかも実のところそうした悲劇は
「人為的に引き起こしながらも自然発生的に見せかける」
事が可能である。
他国内に人為的に人心分断・人心荒廃を引き起こすのも
自国内の人心分断・人心荒廃を人為的に防ぐのも
『諜報工作という名の人心操作術』
の一端に含まれる…。
**************
「バーネット伯爵領のダンジョンが数年後にスタンピードを起こす可能性がある」
という噂話はつつがなく王都レンジリーの城下町でばら撒かれた。
その後すぐにドミニク王子が
「ビートンの近郊に自生していた植物の中には薬草として使えるものや食用にできるものも多かった。
自生して群生していたという事は栽培条件があの土地の気候や土壌に合っているのだろう。
あの地方の者達がダンジョンに依存せずに身を立てていけるように大規模栽培して名物化できないものだろうかと考えている」
と言い出したので
(ダンジョン消滅後の経済活動に備えた準備か…)
と悟り
「ドミニク王子はバーネット伯爵領のダンジョンは消滅させるという一択で事を進めていらっしゃるんですね…」
と俺が尋ねると
「まさか。君も知っての通りダンジョンは女性の子宮のような性質を持っている。ならば懐妊・分娩が起こるという事は流産・死産といった事態も起こり得る筈だ。
可能なら流産・死産を引き起こすし、それが無理なら保険代わりにダンジョン依存度を引き下げる準備も必要だという事だ」
と、サラッと前人未踏の計画を立てている事をカミングアウトしてくれた…。
「…流産・死産を人工的に引き起こせるんですか?」
「さあ?それはダンジョン関連の情報をもっと収集してみない事には何とも言えないが…。私としては『ダンジョンはカネになる』という事実を否定する気はない。
スタンピードを引き起こさせずに安定的にダンジョンを存続させられるならば、その方が良いと思っているんだ。
それこそダンジョンは空間魔法属性の魔物の一種だ。テイマーが魔物を従属させる術を持つように、ダンジョンを従える術式が開発されても不思議はないだろう?
そうしたダンジョン従魔術を王家が開発して次世代へと引き継ぎ、統治者ポジションに立ち続けるアドバンテージの一つにすることも又然りだ。
この案は父上には秘密裏に伝えてあるし試してみる了承も得ている。なので長期休暇の度に国内外のダンジョンに潜りつつ、就学時間中も国内外のダンジョン関連の情報を得られる運びになっている」
「ダンジョンを従える術式の開発ですか…」
「ロドニー。先日も話したが『権力の基盤』は搾取の了承を含んだ無自覚の契約にある。『種の存続に配慮してやる代わりに搾取する』という無自覚の契約だ。
統治者はそのカラクリを熟知し、その図式を盤石化せしめなければならない。そのためには『搾取を受け入れ存続の保証を望む庇護下の者達』を減らす事なく増やし続ける義務がある。
人類の先人達は『ただ略奪し食い散らかして滅ぼしていく』という無責任で粗暴な状態から『種の存続に配慮してやる代わりに搾取する』といった知性面での進化を辿って文明を築いてきたんだ。
直接的暴力的略奪をやめて婉曲的間接的略奪へと関係性を洗練させ、存続を保障してやり共生を試みる対象が『ダンジョンという空間魔法属性の魔物』だからといって私は『異物を統治の庇護下へ組み込む』という挑戦を試しもせずに諦める気はないんだ」
「…何だか殿下の言い方だと『ダンジョンをテイムする』と仰っているように聞こえますが…」
「そうだよ。私はダンジョンをテイムする術式の開発を望んでいるし、国内のダンジョンをテイムするのは王家の務めだとも思ってる。
教会は弱者籠絡術で弱者の意識を誑かすコンテンツとなっていて、弱者のルサンチマンを煽り狂犬さながらに特定の王侯貴族に噛みつかせる事を切り札にして俗世権力に干渉してくるしね。
王家はそういった弱者籠絡術に長けた連中に対しても対等に交渉してゆけるだけの切り札を複数持っていても良い筈だ。
それにね。この国の権力は正妃とその実家が隣国ルーツだという事からも分かるだろうけど、10数年前からジワジワと隣国に蝕まれてるんだよ。
君の実家が属しているコンクウェスト侯爵派は生粋のランドル人だから、そういった点では隣国系勢力を牽制する役に立ってくれている面もある。
新しくダンジョンが出現したクレーバーン公爵領の急速な経済発展でコンクウェスト侯爵派も落ち目側へ追いやられつつあるけども…
クレーバーン公爵家の嫡男アラン・チャニングの婚約者候補に隣国の王女の名が挙がってきてるらしいし…
飛ぶ鳥を落とす勢いのクレーバーン公爵家夫人の座にアザール王国王女がちゃっかり収まる可能性があるからにはコンクウェスト侯爵派の権力がこのまま凋落していくのを見過ごしてはおけない。
パワーバランスを蔑ろにしていては我が国は自覚もないままアザール王国の経済植民地にさせられてしまいかねないからね」
そう述べたドミニク王子の瞳は闇よりも暗い影を帯びていた。
この国の正妃とその実家であるオークウッド公爵家が
「この国の富と権力をルーツ国のアザール王国へ売り飛ばしている売国奴だ」
という噂はある。
だがその噂は
「陰謀論だ」
と一蹴されている。
更には
「頭の弱い愛国者が騙される分断工作だ。隣国との友好をぶち壊す気か?」
といった恫喝を受けて沈黙を強いられる。
かなり露骨に
「アザール王国派を有利に」
「自国の愛国者を不利に」
といった結果へ繋げる政策が取られている。
何も気づかずにおく
何も思わずにおく
という無責任さを貫く事は普通の人間には難しい。
売国派から籠絡されて思考回路まで狂ってる者達だけが
隣国と売国派を粛清もせずに野放しにしている現状に満足してしまえるのだと…
さすがに鈍い俺でさえも気付いてしまっていた…。




