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「魔法の存在する世界で魔力を使う」
という状況になってレベッカが感じたのは
(自分の内部が整理整頓されてないと魔力を使う事は難しい)
という事だった。
「何故平民は魔力を持たないのか(劣化版の魔素しか持たないのか)」
と考えてみるに…
「平民は社会内の情報を掴んでそれを公正に分析していく為の観点も裁量権も持たない」
という事が思い浮かぶ。
つまり
「魔力を持ち、魔力を使う」という貴族の性質自体が
「管理職的な観点と立場」にくっ付いているものだと分かる。
この世界を設定した設定者である神が
「貴族という管理職的な観点と立場を持つ存在を魔力持ちとする」
と設定してそうなっているという事だ。
自分の内部を整理して
貴族という立場の責任を理解し
能力有る者の責任を担う覚悟を持つ。
たとえそれが孤高という孤独へ繋がっていても
自分より立場の弱い者達に泣き言は言わない。
そういった点を踏まえたほうが上手く魔力を使えてしまう。
魔力を飲料用に使用できる綺麗な水に擬えるなら…
谷底で湧く清水より
山の上で湧く清水のほうが
せっかくの綺麗な水が汚い水に穢されずに済む。
そういう意味でこのゲーム内の世界観設定は効率が良い。
逆に日本社会を含む現実世界では
魔力に該当するモノがあっても
それを持つのは大抵は社会の底辺にいる者達だった。
現実社会のーー
地球世界の神は
(そういう存在がいるのなら)
暁の乙女シリーズの世界を創造した神よりも
相当非合理だ。
その事実に気がついた時にーー
レベッカは五月だった時には上手く有効利用できていなかった力を
「この世界では」
上手く使えると確信できたのだった…。
お陰で魔力量の増加を目指した訓練には毎度真剣に取り組む事ができた。
「魔力は毎日使い切るくらいに使い続ける事で生産量が増え、時間が経てば回復する」
と言われている。
なのでーー
自分の部屋の壁やカーテンやベッドや机や椅子や暖炉。
壁掛け時計や絵画やクッションはもちろん
筆記用具や裁縫道具に至るまで
「最良の効果を発揮して、私自身の『場』を強化する作用を持つように」
といったイメージを乗せて魔力をまとわせる事を日課として繰り返した。
魔石は魔力を蓄える性質を持つ事で知られているが…
レベッカは魔石以外の物質でも魔力を注がれた物質はある程度の時間、魔力を纏い続ける性質があるのだと感じる。
「注がれた魔力をどのくらい留め続けるか?」
には随分と物によって差がある。
基本的に「洗濯できる物」は洗濯される事で魔力が流れ落ちる。
レベッカが毎日使ってる調理器具も
洗う事で纏わせた魔力が流れ落ちる感があるので…
「魔力を媒介しているモノは水に流されやすい」
のだという推測ができる。
室内の物質を毎日自分の魔力で満たすことを繰り返した事で
(自分の部屋にいる時には誰も私に対して反抗心を持ったり侮るような視線を向けて来ない)
という事に気が付いた。
「自分の魔力で空間を満たせば、空間の主導権を握れる」
という事実に気がついたのだ。
自分自身が主導権を握れる自分自身の空間。
「避難所」
「テリトリー」
そういう空間を持った事で
初めてレベッカは
(どうして五月だった頃の私はいつも精神が疲れていたのか…やっと分かった!)
と思った。
物理的にテリトリーを持って
人と対峙する時にも御守りの作用で
「小さなテリトリー」
を展開する。
それができるかどうかが
社会的弱者のメンタルの安定・不安定を決定する。
他人が作る御守りというものには必ず自分との相性がある。
相性の悪い物は御守りにはならない。
そもそもが御守りの作用は悪意的な相手と対面した時に
「小さなテリトリー」
を精神的空間に展開するもの。
そういった目的も御守りの大切さも理解できてなくて…
五月はいつも
「テリトリーを持たずに悪意的な人達と対峙していた」
のだ。
(社会の底辺にいる魔力持ち達が皆「無力で無能だと思い込まされていた」にしても…多分「安定した心で生きる」ためのヒントはいつだってどこかにあった筈。…それなのにヒントを見つけられずにいたんだ…)
そう思うと五月の28年の人生が余りにも不毛に思えた。
(もう二度と愚かな盲目的な状態に戻りたくない…)
そう決意しながら魔力を使い続けた。
魔力切れが近くなると貧血に近い症状が出るので
「魔力は血液と何らかの関係がある」
という可能性にも気付いた。
(血液中にある鉄分が関係しているのかも知れない…)
物理作用には
鍵穴と鍵のように
「大きさや形が異なると無反応だが、大きさや形が合うと反応が起こる」
ような互換性制限がある。
互換性制限が明確になる事で再現性が高くなる既存の物理学と
人体や人生に関わるソフトウェア的作用は反応条件も異なる面が多い。
科学は
「誰が実験・検証しても同じように再現性がある事象を根拠に必要とする」
のだ。
「『誰が実験・検証するのか』という『誰が』の点が如実にモノをいう事象は科学に含まれない」
のである。
魔力が動物磁気などのように
「様々な大きさや形の鍵穴に干渉出来るマスターキー」
的な性質を持ち得るエネルギーなのだとしたら…
「オカルト」
と呼ばれる事になるのは科学的側面から見れば必至。
エーテル体は肉体を覆うように肉体の質量からはみ出しているが…
それは地球に付随する大気圏のようなバリアー的なものでもあると思う。
…鉄分の多い食事を摂れば血中の鉄分の磁気的作用も大きくなる。
運動をすれば血流も活発になる。
血色の良い活動的な人間は体内の魔素なり魔力なりの構成要素を掻き立てやすい人間でもあるのかも知れない。
ーーそして世界観設定者である神が定めた
「魔素が魔力に変わる条件を満たしている者」
が魔力持ちである。
魔力は使い切っても時間が経てば回復する、と言われている。
魔力量の増加は魔力を使い切る事を繰り返す事で徐々に増えていく、と言われている。
(だけどその原理は解明されていなくて、その方法が有効だと立証されている訳でもない)
レベッカが実際に魔力を毎日使い切る直前まで使い続けて起きた変化は
物質に魔力を纏わせるのに必要な適量の魔力量が感覚的に理解できるようになった事だった。
つまり初めの頃は
「物に魔力を注ぐ」
という行為は
「容器から水が溢れてるのに気付かず必要量以上を注ぐ」
ような非効率なやり方だった。
今では
「容器から水が溢れる事なく満タンに水を注ぐ」
ように無駄がなくなった。
要は効率化が起きたので魔力を注ぐ物の数自体を増やせるようになった。
それは客観的には魔力量が増えたように見えなくもない。
魔力というものがレベッカが推理する通りのものだとするなら…
魔力は
「食事や運動によって血管内の状態をコントロールする」
(鉄分の流動をコントロールする)
事で減らす事も増やす事もできるものだ。
当然ながら
(誰にも教えずにおこう)
とレベッカは思った。
邪悪な人達がこの事実に気が付けば必ず悪用するだろうから…。




