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挿絵(By みてみん)


「美味しい料理」

はレベッカが五月だった頃にも作っていた筈なのに…


(考えてみたら、五月だった頃には褒められた事が無かった)

と気がついた。


(何をしても、どんなに腕をあげても、どんなに頑張っても誰からも評価されず、全てが無駄だった…)


五月が味わわされていた社会内デバフ現象。


「アンチが何をしようとも正当な評価はしない。隙あらば貶してマウントを取って卑しめる」

「仲間が頑張ればどんな稚拙なものでも誉めて持ち上げる」


そんな身内贔屓・縁故採用を繰り返していた人達が

社会の中で繁殖して作り出していたアンチ下げ環境。


そんな不当評価のカラクリが暴かれもせずに罷り通っていた社会では

味方のいない社会的弱者は

「自分は劣った人間だ」

と思い込まされる事となった。


逆に特定の人達は身内贔屓で持ち上げられて著名になりやすいのだが…

やはりそういったカラクリで依怙贔屓されてる事実に当人自身が気付かずに

「自分は優れた人間だ」

と自惚れ調子に乗る事になる。


更にはそうした歪んだ社会認識に過剰適応する事で

ゴーレム効果やピグマリオン効果までもが起こり

優れた者がゴーレム効果で潰され続けるし

劣った者もピグマリオン効果で能力が伸ばされる。


人工的に作られてふりかけられるゴーレム効果やピグマリオン効果の影響を受けて人間が人為的に歪められていく。


国が国民を護ってないと、そうなる。

根本的な部分で人も社会も狂っていく。


国際政治も国内政争も団体戦、チーム戦。

ステルスマーケティングも価値観歪曲も世界中の至る所で行われていた。


しかし資本主義社会が

「自由競争に見せかけられた出来レースだらけ」

の社会になると

「美しくないものを美しいと言わせられる」

「欲しくないものを欲しいと言わせられる」

ような価値観倒錯が常態化し…

人々の認識内の欺瞞の比率が許容量を超えてしまう。


自分自身の本心さえも見失ってしまう。


「異邦人に現地人風の偽名を名乗って生活する事を法的に認める」

通り名制度などは

「異邦人に国際的暗躍及びステルスマーケティングにおけるアドバンテージを与えてしまう」

侵略幇助。


そうした侵略幇助を国自体が認めて

侵略者に忖度する事が無自覚なまま当たり前となってしまえば

そうした悪を認識する事自体がなくなっていく。


異邦人同士が身内意識を持ち

繋がり自体を隠して

公平な評価をしている風に装い

身内贔屓の持ち上げを繰り返す。


「ステルスマーケティングによる評価操作」

(諜報工作)

がネット内で溢れれば…


ネット上の情報はもはや

「何が真実か分からない」

状況が慢性化してしまう。


日本もそうした陰湿な工作に蝕まれていたものの…

乗っ取り侵略のような特殊軍事工作を

悪意による事実誤認誘導工作を

「認識しないように」

と誘導される社会では


「敵を敵だと認識する」

「事実を事実として認識する」

という行為自体が

「敵意の有無が明確でない相手を刺激する悪手だ」

という思い込みもセットで刷り込まれる。


そうした用意周到な悪意によって

「自国に何が降りかかっているのか」

を、早期の段階で気付けた人間は少なかった。


しかも日本人に降りかかっていた苦しみは

(海外でも知られていないのみならず)

日本人自身もうまく自覚できてはいなかった。


「何故こんなに生きづらいのか…」

問うてみても…

誰も彼もが真の元凶を見てみぬフリしていたのだ。


五月の意識もーー

思考回路のいたるところに認知の歪みが作り出されていた。


「自殺者多発」という報道でさえ

「ほ〜ら。辛いと思えばみんな自殺してるんだ。辛いんなら、さっさと自殺しちまえよ。クソ日本人が!」

という悪意満々の自殺教唆として行われていたのに…


そしてそんな悪意の垂れ流しが延々と繰り返されていたのに

そこまでやられていてーー


それでもーー

「大勢の日本人が社会現状に無関心・政治に無関心」

「興味を個人主義に絞って生きる方が賢い」

という風潮は続いた。


敵国の悪意が目の前にあっても気付かぬフリ。

それが日本人という人種だった。


「日本人の生きづらさの原因は同じ日本人にある」

(異邦人は原因ではない)

と錯覚させるような

「内ゲバ誘導フィクション」

が生み出されては消費させられていたせいもあり


「特定の悪を不可視化する認識」

を皆で無邪気に共有していた。


客観的に見てーー

日本人のそうした在り方は不気味だった。


「日本人という人種は…自分の所属する日本という国や日本人同士の絆を…日本人自身がそこまで自ら否定して敵側の価値観を肯定してしまえるものなのか…」

と気味悪さが客観的に生じていた。


日本人上流層が

「日本人弱者を切り捨てながら異邦人には気前良く金を貢ぐ」

行為によって日本人は世界から軽視・嫌悪された…。


「事実を事実と認識し、敵を敵視し、牽制・排除する」

という独立国に必須の国際政治姿勢を自ら捨てていた日本人上流層の姿は


国際社会においては

「自らに降りかかるリスクを恐れて庶民らの命を生活を敵へと差し出した卑怯者」

にしか見えなかったのだ。


日本は国際社会で

「民族的自虐・利他主義」

を発揮し


外面の良さを保ったまま

「日本は世界のATM」

と成り果てていた。


感謝されずに嘲笑われながら。


そんな国際関係の

倒錯した国の

倒錯した社会の中ーー。


日本人弱者には

「何をしても正当な評価を受けることがない」

という状況が余りにも慢性的に降りかかっていた…。


五月さつきはそんな

「貶められ慣れた日本人の一人」

だったし…

「不評を振りかけられる事が当たり前」

になってしまっていた。


なので、それが逆転して

「それなりのクオリティーの仕事をすれば正当に評価される」

という公正な評価が起きたなら…


戸惑うーー。


喜ぶよりも

ただただ戸惑うーー。


「…コワイ。何かの罠なんじゃないのか?」

と警戒心が起こる。


…そして気がつく。

「正当に評価されるという体験は、『正当に評価してくれる社会があってこそ』のものだ」

と。


まず先に

「正当に評価する社会」

が存在していなければ

「評価されるべきものも評価されない」

という当たり前の事象を改めて痛感した。


「場」というもの

「空間」というものの重要性。

それを理解した。


「本来なら当たり前に起こるべき法運用」

でさえ

「社会空間がフェアである必要がある」

という事だ…。


アンフェアな社会空間の中ではどんな優れた慈悲深い法律さえも公正なルールさえも歪められ悪用される。


そうした社会空間の性質は

「人々の心が選んできた選択結果」

の履歴が反映していた。


「愛する値打ちのない敵を愛する」

「信頼する値打ちのない敵を信頼する」

「愛するべき味方を疎み切り捨てる」

「信頼するべき味方を疎み見捨てる」


そんな誤った選択をおかした人達の選択結果が

物の道理の歪んだアンフェア社会を創り出していた…。


そんな社会で

最期の最期まで疎まれ続け

最期の最期まで愛されず…


「それでも正気であり続けた」

事こそが


「賢くあるべき人類が愚かだった事による罪を贖った」

証でもあるのだ…。



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