08.火事の原因
「本当に大切な物、ならな。昔は強突張りな貴族の連中が、少しでも財産を取り戻したいために、この魔法を使わせていた。遊んで暮らせる金があるにも関わらず、もっと持っていたいって欲張りな連中のための魔法だ。今はリッシェみたいな依頼がほとんどになっているけど、それすらも減っている。魔法使いの間でどうこう言わなくても、自然にすたれていくだろうな」
「お金持ちになったことがないから、そういう気持ちはあんまりわかんないけど」
「人間ってのは、ない物を欲しがる。持っていても、まだ欲しがるんだ」
そんなものだろうか。なければないで、それなりにやってゆけるものだが……。
もっとも、それを言い出せば。
ブローチを取り戻さなくても、マーラはそのうち立ち直って、必要なくなるかも知れない。もう少し時間が経てば、マーラの中にあきらめが生まれ、悲しい気持ちは少しずつでも薄れていくのだろう。
だが、お金持ちのお金と、庶民の思い出の品では重さが違うはずだ。
「あ、そうだ。あたしねぇ、ルーランスに会ったことがあるの」
リッシェの言葉に、ルーランスはわずかに首をかしげた。
「俺は覚えてないけど。いつだ?」
「あたしが十になる前だと思うから、五、六年前かな。会ったって言い方は、ちょっと違うかもだけど」
さっきの魔法陣が発動する前に、突然思い出した。
どこかの通りで、リッシェはルーランスとすれ違ったのだ。
整ったその顔と、見慣れないプラチナブロンドの髪が目について、思わず立ち止まって見送った、という記憶がある。
相手はリッシェに気付くことなく、単なる通りすがりなので恐らくこちらを見てもいない。そのまま去って行ったが、彼の髪の輝きがリッシェの目に焼き付いてしばらく離れなかった。
街では彼のようなプラチナブロンドなどそれほど珍しくない、と知ったのは、もう少し年月が経ってからだ。
リッシェがその少年を見送った後、同じようにすれ違ったのであろうおばさん達が彼の話題で盛り上がっていた。ルーランスが、時駆けの魔法を使える残り少ない魔法使いだ、ということも話に出て。
リッシェはそれを聞いて、時駆けの魔法のことを知った。
待ち合わせ場所で起こされた時、見たような気がしたのはそのためだ。
こんな美形を見れば忘れるはずもないが、やはり五年近い月日が経つと雰囲気も変わる。背も伸びた。なので、すぐにはわからなかったのだ。
「覚えてない。小さすぎて、見えなかったんだろう」
「ど、どうせ小さかったわよ」
ただの通りすがりってだけだから、言わなくてもよかったかな。悪い奴じゃないってウォイブさんは言ってたけど……魔法を継続してくれてるのはありがたいけど……あたしにとってはちょっと悪い奴かも。さっきから何度も小さいって……。それを言うなら、ルーランスは高すぎよ。
ふくれながらも、二人はレミットの家に着いた。
マーラやレミットの両親はこの時間、畑へ行っているはずだ。ルーランスにも説明した通り、この日は少し早めに昼食をとり、また畑へ戻った、と聞いている。
なので、現在この家は留守……のはずだ。そうでなかったとしても、ルーランスの魔法でリッシェの姿は認識されないのだが、やはりこそこそしながら入るのはあまり心臓によくない。
たとえそれが、普段から来慣れている家であっても。
「おばあちゃんの部屋は、こっちよ」
迷うことなく、リッシェはマーラの部屋へ入る。まだ焼ける前の部屋は、整頓されていた。
「リッシェ、ブローチのある場所はわかっているのか? じきに火が出るぞ」
言いながらルーランスは部屋を見回すが、今のところ何かが焼ける臭いはしていない。
リッシェの話では、正午の鐘がなってしばらくしてから、ということだったが、それならそろそろ火が出る前兆があっても不思議ではないのだが……。
「あった、これだわ」
まるで泥棒している気分で後ろめたく思いながらも、リッシェはキャビネットの引き出しからブローチを取り出した。
以前にも見せてもらったことがある、小さな木彫りのブローチだ。三輪のバラが彫られている。着色は一切されず、木の色のままだが、花びら一枚一枚が丁寧に細工されたもの。
マーラがオルドワと一緒になった後も、数は少ないが他にもペンダントやブローチをもらっている。
だが、彼女はこのバラのブローチを一番大切にしていた。
「これでおばあちゃん、元気になってくれるかなぁ」
「よほどの頑固か偏屈でもなければ、喜ぶだろう」
「もうっ……ルーランスって、時々すっごく口が悪い」
言いながら、時々かなぁ、と心の中で考え直すリッシェ。
「そんなことを言われたのは、初めてだな」
言われた方は、けろっとしている。
いつもこんな調子なのだろうか。言わなくてもいいことを言っている、という自覚がないのか。
だとしたら、仕事に支障が出そうな気がするが……たぶん、相手を見てその辺りは適当に対応しているのだろう。
本当に初めて言われたのなら、きっと今までの依頼人は遠慮していたのだ。
心の中でちょっとあきれていたリッシェだが、急にがたっという音がして飛び上がりそうなくらい驚いた。
扉の方を見ると、小さな女の子がいる。ティマーノだ。
年の離れたレミットの妹で、まだ四歳。濃い茶色の髪を、二本のおさげにしている。一本だが同じようにおさげにしているリッシェの方がよく似ている、とレミットからよく言われるのだ。
ついでに言えば、そんなに年が離れているようにも見えない、などとからかわれたりもする。
ああ、びっくりした。ティマーノは家にいたのかしら。それとも、一人で帰って来たのかな。でも、どうしておばあちゃんの部屋へ……?
ティマーノは魔法のおかげで、すぐそこに立っているリッシェとルーランスには気付いていない。
とことこと部屋へ入って来ると、さっきリッシェがマーラのブローチを見付けた所とは別の引き出しを、迷うことなく開けた。
中には、マーラが吸うタバコとマッチ。ティマーノの興味は、臭いの強いタバコより、マッチへと向けられていた。
「まさか……」
ティマーノは遊びに行っていた、と聞いたような気がする。火事の時には家の外で泣いていたらしいが、火を見て驚いたのだろう、と大人達は言っていた……。
祖母がタバコを吸うのは、もちろんティマーノも知っている。何にでも興味を持つ年頃だから、それは彼女の目に「とても面白そうなもの」として映っていたのだろう。
だが、子どもに火を触らせるなんて、マーラもそんなことはしない。タバコを吸う時は自室で吸い、吸い終わればしっかり片付ける。
その片付け場所をティマーノは知っていて、今は大人達が家にいないのをいいことに、こうしていじろうとしているのだ。
祖母の見よう見まねで、ティマーノはマッチを擦る。最初はつかなかったが、何度かしているうちにとうとう発火した。ティマーノは一人で歓声をあげる。
「ティマーノ、ダメよ」
リッシェが思わずそちらへ行こうとして、ルーランスに腕を掴まれた。
「駄目だ」
「どうしてよ。目の前で、子どもが火遊びしてるのに」
「これはもう、過去の出来事だ。ここで火事が起きなければ、その後であちこちに歪みが生じる。話しただろう」
「だからって」
「駄目だ」
短い言い争いをしている間にも、ティマーノは次々にマッチを擦っていた。火がついたマッチが床に落ち、消えないうちに次のマッチへ手を伸ばす。
ほとんどがすぐに消えたが、消えないものもあった。それが床近くまで垂れていたベッドカバーの端に燃え移る。
「火がっ」
自分の手元に夢中になっていたティマーノだが、臭いで気付いたのだろう。ふと視線を動かすと、ベッドカバーが静かに燃え始めている。
びっくりして、持っていたマッチを落とした。
これがもう少し上の年齢の子どもであれば、慌ててどうにか消そうとするのだろうが、ティマーノは明らかにパニックになっている。両親か祖母を呼びに行けばいいのだが、たぶんそんな考えは浮かんでいない。
もしくは、マッチで遊んでいたことがばれるのが怖い、と子ども心に思ったのだろう。
とにかく、自分だけではどうしようもできず、言葉にならない声を出しながら部屋を出て行った。
もう少ししたら、風通しのために少し開いた窓から煙が出ているのに気付いた村人が駆け寄り、部屋の中の火を見付けるはずだ。
発見が早かったおかげで、被害はこの部屋だけで済み……。
「戻るぞ」
「え……」
「目的は果たしたはずだ」
リッシェに有無を言わせず、ルーランスは呪文を唱えた。
来る時よりも早く、リッシェの目の前が白くなる。
気付けば、リッシェはルーランスと一緒に時間通と書物通の交差点に立っていた。
振り返れば、リッシェが村から乗ってきた馬がいる。その馬をつないでいる支柱を見上げると時計があり、五時二十五分を指していた。
ルーランスと会って値段の交渉をしたりしていた時間を差し引けば、過去の村へ行っていたのはだいたい十五分前後、というところだろう。
リッシェはブローチを握りしめながら、呆然となっていた。





