06.過去へ
自分ではうとうとしたかな、という程度だったのだが、揺さぶられなければ起きない程に寝入っていたのだ。
我ながら、緊張感なさすぎ……。
「こんな所で寝ていたら、馬や所持品を盗まれても文句は言えないぞ。それにしても……依頼人が寝ながら待っていたのは、初めてだな」
あの手紙の文面はとても丁寧だったが、目の前にいる本人の口調はちょっときついように思える。
ウォイブも、そんなことを話していた。本人に悪気はないそうだが……それとも、今の場合は単にあきれられただけか。
顔立ちが人形っぽく、つまりは冷たい感じがするので、余計にきつく言われているように思えるのかも知れない。
「ごめんなさい。あのっ、依頼はなし……にはならないですよね?」
「時間に遅れてはいないからな。やめたいのか?」
魔法使いの言葉に、リッシェは慌てて何度も首を振る。
「ただその……依頼料のことなんだけど、もう少し安くしてもらえませんか?」
「払えないのか?」
「かなりぎりぎりって言うか、予算オーバーで……」
恐る恐る、魔法使いの顔を窺う。
ウォイブが言っていたように、ルーランスは背が高い。小柄なリッシェとは、かなりの身長差だ。頭のてっぺんが、彼の肩にも届いていない。
なので、かなり上目使いになってしまった。
「年は?」
「え? あ、十五です」
唐突な質問に、リッシェは戸惑いながら答えた。
「思ったよりいってるな。ようやく二桁ってところかと」
それはつまり、十歳になるかならないか、という意味だろうか。きつい言い方、という以前に、ちょっと失礼だ。思っても、口にしなければいいのに。
「……単に小さいだけです。それが依頼料と関係あるの?」
「子ども料金に、と思ったんだが」
しまった、と思うべきだろうか。でも、そこまで子ども扱いしてもらいたくもない。リッシェにも、一応のプライドというものがある。
「魔法の依頼料って、子ども料金もあるんですか」
「いや、そういうものはない」
「……」
だったら、さっきのセリフは何なのだ。
魔法使いとの会話って、こんなに訳がわかんないものが普通なのかしら。
そんなことを思ってしまったリッシェだが、すぐにちゃんとまともな答えが返ってきた。
「だが、考慮はする。こちらも奉仕事業をしている訳じゃないから、無料とはできない。とは言え、子どもからぼったくるつもりもないからな。もっとも、後ろに親や別の大人がいる、というなら話は別だが……。今回は、リッシェが単独で依頼してきたんだろう?」
「う、うん、そうだけど……わかるの?」
「あの便せんを……便せんじゃないな。あの紙を見れば、想像はつく。依頼を書く紙にも事欠くような、手持ちが少ない依頼人だってな」
「あ、ちゃんとした便せんに書けなくてごめんなさい。手紙がいるって知らなかったから。話を聞いて、ウォイブさんに何でもいいからって頼んで紙をもらったの。……ねぇ、悪い人ならわざとそういうふうにしたりするかも知れない、とかは思わなかったの?」
言ってしまってから、余計なことを……と後悔する。
「便せんがどうとかは、問題ない。本当に取り戻したい物がある、というのは手紙の文字から読み取れる。小細工は魔法使いには通用しないんだ、覚えておけ」
さっきは言い方がきつい、と思ったが、きついと言うよりは偉そうだ。子ども相手だから、だろうか。
でも、とりあえず「リッシェの後ろに出資者がいる」とは思われなかったようなので、その点は一安心だ。
「で、どれくらいなら払えるんだ?」
「七千とちょっと」
リッシェは正直に、自分の全財産を伝える。
「……じゃあ、七千でいい」
ルーランスは少し考えていたが、リッシェの全財産よりほんの少し少なめの金額を提示してきた。
「え、いいの?」
「本来なら、お前の全財産の倍以上は軽くするんだ。だからと言って、子どもを文無しにするのも気が引ける」
やっぱり上から目線な物言いだが、少しはこちらの懐具合を考えてくれてるんだな、とリッシェは前向きに考えることにした。
元々安く見積もってくれていたようなのに、そこからさらに値引きしてくれたのだ。ちょっと、ではあるが、リッシェの手元に残るのもありがたい。
とにかく、ルーランスの提示する金額で話はまとまる。
「時駆けの魔法については、聞いたか?」
「ウォイブさんから……おおまかなところは一応」
「そうか。過去へ戻るのは一時間だけ。それを過ぎれば、強制的にこちらへ帰るようになるからな。向こうでは、必ず俺と一緒に行動すること。単独行動したら、目的を果たしていなくても連れ帰る」
「うん、わかった」
その辺りのことは、だいたいウォイブから聞いていた通りだ。
「確認するが、取り戻すのは『おばあちゃんのブローチ』だな?」
「そうよ。火事で焼けたブローチなの」
「火事はいつ起きた? 依頼文には十日前とあったが」
「八日の、お昼を過ぎた頃よ。村の東に教会があって、そこでいつも正午になると鐘が鳴るの。それを聞いてしばらくしてから、火事だって騒ぎがあったから」
「わかった。じゃ、八日の正午に飛ぶ」
火事が起きる少し前に戻る、ということだ。
あまり早くに戻ってブローチを持ち去ってしまうと、持ち主が気付いて「盗まれた」と騒ぎになっても困る、ということらしい。
そうなると、過去の状況も変わってしまいかねないのだ。
ルーランスは時間通と書物通が交差する中央へ行き、リッシェを手招きする。
「何するの?」
「ここで魔法を使うんだ」
「……こ、ここで? 通りの真ん中じゃない。どうしてここなの?」
「ここに魔法陣があるんだ」
昔から時駆けの魔法はここで行われていたのだ、とルーランスは言う。
時間通や書物通なら朝早くから開ける店もなく、ゆえにあまり人も通らない。だから、使いやすい場所なのだ。待ち合わせ時間が早いのも、そのため。
これが食物通だと、パン屋などが開いているから人もそれなりに行き交う。魔法陣が動き出した時に、無関係の人を巻き込みかねない。
実はこの街には、昔の魔法使いがあちこちに隠した魔法陣があるらしい。今はほとんど使われていないが、この時駆けの魔法で使う魔法陣はまだこうして使われているのだ。
この魔方陣でなければ過去へ行けない、という訳ではないが、わざわざ新たに描く手間を考えれば魔法使いだって楽な方がいい。
「コルッグ村でいいんだな?」
「うん、そう……って、場所も同時に移動できるの?」
「限界はあるが、ある程度の場所ならな」
すごーい、とリッシェが感心しているそばで、ルーランスは呪文を唱え始めた。
すると、足下に不思議な紋様が青白く浮かび出す。馬はつないで来たが、もし一緒にいても十分に入れるくらいの大きな円だ。
不思議な言葉……これが魔法の呪文なのね。意味なんて全然わかんないけど、すごくきれいな音。……あれ? あたし、やっぱりどこかでルーランスを見てるような気がする。最近じゃないよね。ずっと前?
呪文を唱え続ける魔法使いを見上げていたリッシェは、ふいにプラチナブロンドの髪をした少年の姿を思い出した。
目の前にいる魔法使いより若いが、とてもよく似た顔立ち。美少年と呼ばれても不思議ではない姿。
あれって……ルーランス?
そう思った瞬間、周囲が真っ白になる。
☆☆☆
リッシェが何度かまばたきをすると、見覚えのある光景が見えた。リッシェの住んでいるコルッグ村だ。
ダノセスの街から戻って来た、という格好になるのだろうか。
「これって……本当に火事のあった日の村なの?」
ここにいるだけでは、何月何日の村なのかなんてわからない。あの日から今日まで、村で変化と言えば、火事で焼けた部分があるかないか、というくらいだ。
それだって、ここからでは見えないから、単に魔法で村へ帰って来ただけのようにも思える。
もっとも、空はさっきよりもずっと明るい。昼間の空だ。
「ああ、ちゃんと魔法は成功している」
状態が「自分の村へ帰って来た時」と変わらないので、想像していたよりも魔法に対する感動が薄い。呪文やさっきの光を見た時の方が、ずっとどきどきしたくらいだ。
「で、お前の家は?」
「あたしの家はこっちだけど……あたしの家が何?」
「もうすぐ火事になるんだろう。その前にブローチを持ち出さないと。過去のものでも、火には違いない。触れれば火傷をするし、煙にまかれたら動けなくなる」
リッシェ達にとっては過去でも、これから起きる火事は幻影などではない。
「火事になったのは、あたしの家じゃないわ。レミットの家よ」
「何?」
リッシェの言葉に、ルーランスの表情がやや険しくなる。
「どういうことだ? 取り戻すのは、おばあちゃんのブローチだろう」
「そうよ。レミットのおばあちゃんのブローチ」
それを聞いて、ルーランスの切れ長の目が少し大きく開かれた。
「ちょっと待てっ。リッシェのおばあちゃんじゃないのか」
「ううん。あたしのおばあちゃんは、あたしが生まれる前からどっちもいなかったもん」
ルーランスの勢いに、リッシェは戸惑いながら答える。
「だったら、他人ってことかっ」





