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とても効果的なカウンセリング

 訪ねて来たのは霧島というOLだった。

 なんでも最近、彼女は身体が妙に重いのだそうだ。ただそれだけなら、彼女は草原介達の下を訪ねたりはしない。何しろ彼が営んでいるのはカウンセリング事業なのだから。彼を訪ねるよりも、病院か何処かへ行くだろう。

 

 「実は思い当たる節があるのです」

 

 と、彼女は語った。

 「子供の頃、ちょっと遠くにある丘で鬼ごっこをしたんです。私は鬼で、皆を追いかけていました。でも、そのうちに、皆、いなくなってしまって……」

 彼女はそこで目を辛そうに伏せた。

 「今でもよく覚えています。夕暮れになって独りきりで、誰も探しに来てくれなくて。なんとか家に帰れましたけど、まだ幼かった私には本当に怖かった。

 多分、私は意地悪をされたのだと思います。首謀者は大体分かっているのですが、臆病な私は口には出せませんでした」

 そこまでを聞くと、

 「なるほど」

 と、草原は言った。

 「そしてその話が、あなたの体験されている症状と関係がある…… と?」

 「はい」と彼女は頷く。

 「新しい上司が赴任されて来たのですが、その人が、他人の空似だとは分かっているのですが、そっくりなんです。その、私に意地悪をして置き去りにした女の子に。もちろん、年齢は随分と違いますが、もし大人になったらこうなるだろうって感じで……」

 「はあ、なるほど」

 草原は大きく頷く。

 「その所為で、そのトラウマが蘇ってしまった…… と?」

 「はい。その上司は悪くないとは分かっているのですが、どうしても頭から離れなくて……

 一体、私はどうすれば良いのでしょうか?」

 それを聞くと、草原は「ふむ」と言ってから口を開いた。

 「では、次の事を心掛けてみてください。まず、毎日、筋力トレーニングをしてください。初めは無理のない範囲から、徐々に上げていく感じで。それとできる限りウォーキングをするようにもしてください。休日、時間があるのなら2時間以上は歩いた方が良い。後は食事にも気を遣ってください。果物や野菜なども忘れずに摂取するように」

 そのまるで健康コンサルタントのようなアドバイスに彼女の目は点になった。「あの……」と口を開く。

 「そんな事で本当に効果があるのでしょうか?」

 草原は「もちろんです」とにっこりと笑う。自信たっぷりの優しそうな笑顔にはクライアントを安心させる効果がありそうだった。そういう点はカウンセリングっぽい。

 「あなたは鬼ごっこで置いて行かれた経験がトラウマになっているのでしょう? ならば、それを克服するには充分な体力を身に付けたという自信が必要であるはずです」

 彼女は納得いかなそうな表情を浮かべており、「そんなものなのですか?」と尋ねて来たが、彼がやはり自信たっぷりの笑顔で「はい」と答えるとなんとかアドバイスに従う気になったようだった。

 

 それからしばらくが過ぎ、OLの霧島が再び訪ねて来た。そして一度目とは違い、その表情はとても明るかったのだった。

 「ありがとうございます! 本当に楽になりました!」

 どうやら、草原のアドバイスには効果があったらしい。

 「正直、初めは半信半疑だったのです。でも、言われた通りにトレーニングを続けるうちに楽になって来て、“効果があるんだ”って思ったら後は一気でした。もう上司も嫌には思いません」

 本当に彼女は嬉しそうな顔をしていた。どうやら心から感動しているようだ。

 「それは良かった」

 と、草原介達は穏やかで優しそうに笑う。

 「プロのカウンセラーの方って凄いのですね。たったあれだけでこんなに有効なアドバイスができるだなんて」

 もう一度お礼を言うと、それから彼女は去っていった。彼女が去った後で近くで話を聞いていた助手の女性が言う。

 「驚きました。本当に効果があるだなんて」

 「ハハハ」と彼は笑う。

 「あなたも疑っていたのですか?」

 「いえ、あの、すいません。でも、よくあれだけの話から分かりましたね。その、彼女の心理が……」

 ところがそれに彼は「いえいえ」と返すのだった。

 「彼女の心理なんて分かりませんよ」

 「え…… でも、だったらどうして」

 「だって、身体が重いのでしょう? 筋力トレーニングには、肩こりや腰痛の改善効果がありますからね。食べ物に気を遣って、ウォーキングで体力をつければ更に健康状態は良くなります。きっとよく眠れるようにもなったはずですから、睡眠不足も解消できたのじゃないでしょうか?」

 その説明に助手の女性は目を丸くする。

 「えっと……、つまり、あれはデタラメって事ですか?」

 「デタラメとは失礼な。ちゃんと効果があったじゃないですか」

 「でも……、」

 そこで彼は軽く笑った。

 「“作話”と言いましてね、人間は物語を作りたがるものなのですよ。眠っている人に冷たい金属を頬に当てて起こすと、包丁で脅された夢を見たと語ったりするらしいです。

 多分、彼女もそれと似たようなものだったのじゃないでしょうかね? 本当は不健康で身体がだるくなっていただけなのに、そこにそれっぽい物語を作って、そうだと思い込んでしまった。

 下手に否定すると、拒絶されてしまいます。だから私は、まずはそれを受け入れて、その上で有効なアドバイスをしたのですよ。彼女と上司の関係が悪くならなくて良かったです」

 女性はそれを聞いて“なんだかなぁ”とちょっと思っていた。半分は詐欺のような、そうでないような。

 効果があったのだから、それで良いのかもしれないのだが。

 もっとも、カウンセリングとは、そもそも相談者の思い込みも利用する技術なのかもしれないのだが。

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