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5.戦場にて



「ご令嬢?」

「令嬢が相手の戦場とは?」


 令嬢相手にアレクサンドル様が後手を取っている様が想像つかず、ゴルドは首をひねった。


「大丈夫です。聖女となられたゴルドさまに敵う令嬢などおりません」

「一瞬でノックアウトできますわ」

「行けば分かります」


「さぁさぁ。お急ぎください、ゴルドさま」


 散々好き勝手に手入れをしていた侍女たちが、詳しい説明もないままゴルドを急かす。


 目を白黒させながら、ゴルドは侍女の指示する通りに王城の廊下を見咎められない範囲で急いだ。


 実のところ、侍女たちの目が令嬢について訊ねた途端、分かり易く殺気立ったので、怖くてそれ以上詳しく聞く気にならなかった。


「こちらでございます」


 アレクサンドルの執務室への入り口の前に立たされる。

 侍女たちが、ドレスの裾や髪の毛先、左右のイヤリングの高さなどを手早く整えて、離れた。


「我らが大王を導く聖女さま。これからも光あふれる正道をお示しください。ご武運をお祈り致しております」


 離れて行く間際、最後まで傍にいて前髪を揃えてくれていた侍女が、表情を引き締め頭を下げた。それに習って、他の侍女たちも頭を下げる。


「うむ。我が主のため、全力を尽くそう」


 頷き返すと同時に、入口にあるベルを侍女が鳴らし、扉を開いた。


「神の御遣い、聖女様をお連れ致しました」


 ──聖女……あぁそうだった。俺か。


 聖女と呼ばれることにも慣れてきたが、どこか他人事というか愛称のようなモノという認識でいるので、こうして公式(?)に呼び掛けられると戸惑いがある。


「我が主アレクサンドル様のお呼びと聞き、ただいま参上致しました」


 最上位の礼を捧げる。深く腰を下ろし、顔を伏せた。


 美しい所作だった。指先まで整えられ、身体のブレも一切ない。見事な礼に、周囲は見惚れ、感嘆のため息を漏らす。


 詳しい説明は受けていないが、着せらせたドレスと呼びかけから、聖女としての自分が此処には必要だったのだろうと見当はついた。


 もうアレクサンドルの背中を預かる栄誉に恵まれることはなくとも、これからは神の御遣い特典をフルに活用して、支えていくつもりだ。聖女として得た見た目や所作、知識を使うことに何ら躊躇はない。


「ご苦労。詳しい話はふたりきりでしたい。他の者は退出を」


 アレクサンドル様が明らかにホッとした様子で人払いをしようとした。


 それを、ひとりの美女が遮った。


 偉大な大王の言葉を遮る不遜さ不作法な態度に、部屋にいたすべての王の忠実なる僕たちの視線が冷たくなる。当然、ゴルドの視線も剣呑な光を帯びた。


 しかし美女はその視線を完全に無視して、ゴルドに近づいてきた。


 数歩離れた場所で立ち止まる。


 アレクサンドル様と同じ黒い髪を艶やかに高く結い上げている。

 女性らしい曲線を描く身体に、真っ赤なドレスがよく似合っていた。


 黒い服装をしていることが多いアレクサンドル様の隣に立っていると、真っ赤な薔薇がそこにあるようだった。


 硬質で隙なく作り込まれた貌に、上辺だけの冷たい微笑みを貼り付けていた。


「貴女が聖女ルーね。なるほど、まさに()()、の美貌ね。防護壁、見事でした。これからもこの国を護れるという名誉ある務めが与えられた幸運に感謝し、お励みなさい」


 名乗りもしない美女に上から労われて、ゴルドは目を瞬いた。

 それにしても、()()という名前はどこから来たのだろうか。


 人外という言葉をわざわざ強調しており、その後ろに申し訳程度に付け足された美貌という言葉の口調には、嘲りを込めていた。分かり易い煽り方だ。


 だがゴルド自身が誰より一番、己が人外の存在になったことを知っている。今更それを指摘されたからといって、気を悪くすることも落ち込むこともない。


 勿論、ゴルドはその美女が誰か知っている。


 クラウディア・ヴァトゥーリ嬢。アレクサンドルの叔父ヴァトゥーリ公爵であるバスティアンのひとり娘だ。

 アレクサンドルとは従兄妹の関係となる。アレクサンドルと同じ歳のはずなので、現在は29歳。

 幼い頃に婚約を交わし18になる前には嫁入りするこの国では、かなりの行き遅れの部類に入るはずだ。


 だが、ゴルドはあまり社交界に詳しくない。神から授けられた知識があろうとも、情報は生きものだという。ゴルドが知らないだけで、すでに誰かと結婚している可能性もあるかもしれない。とっくに子供だって産んでいるかもしれないと考え直した。


 煽られたことは分かる。だが、それはどうでもいい。


 しかし、アレクサンドルの言葉を遮り無視をする。それだけは、許せなかった。


 許せないからこそ、ゴルドは彼女に向かって、淑女の礼をとった。


 左手で胸元を押さえて右手でスカートの裾を軽く抓み上げ、同時に右足を後ろに半歩下げ、残した左足に重心をかけ、真っすぐに、しかしあくまで軽く腰を落とすと、すぐに元の位置まで戻した。


 その時ずっと、視線は柔らかくクラウディアへ向けたままだ。


「ごきげんよう、クラウディア()()


 敢えて、ヴァトゥーリ公爵令嬢とは呼ばなかった。

 ゴルドは名乗られていないし、自分から名乗り上げるつもりもない。


 つまり、お前の家名に頭を下げるつもりはないし、お前から聖女の仕事について口出しを受けるつもりはない、なによりお前自身を敬うつもりは毛頭ない。


 ゴルドの笑顔の反撃を正確に受け取って、クラウディアの美しい貌が、屈辱に歪む。


 それをゴルドは静かに受け止めた。




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