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14.我が主アレクサンドル様



 ガクガクと揺さぶられるままになっているゴルドを救い出してくれたのは、デチモだった。

 泣いているラザルの腕を掴んで離させる。

 ラザルは、されるがままに後ろへ下がると、その場に頽れた。


「すまない。だが俺は、この教会で過ごすことを選んだ。それが、俺の望む未来に最も近い形を得られる道だと思うからだ」


 ゴルドは王城から教会まで連れて来られる馬車の中でずっと、ラザルやよくしてくれた侍女たちへの弁明を考えていた。

 自分の知る彼らならば、自分を説得しに来る可能性があると考えていた。


『アレクサンドル様は、いらっしゃらないだろう』


 聡い御方だ。ゴルドの考えなどお見通しに違いない。それでも最後まで手を伸ばしてくれた。優しいあの御方に、これ以上負担を掛けるような真似はしたくなかった。


「聖女さま。私からご提案があります。我が国で、聖女さまの伴侶候補の選定を開始いたしました。絶対に信頼して頂ける相手を見つけ出します。聖女さまのお眼鏡に適う相手を見つけ出させたなら、その者と生涯を添い遂げてみることをお考えいただけませんか」


 デチモの申し出に、ゴルドは目を丸くした。

 思わぬ申し出に口が半開きのまま固まる。


「なにも、相手の男が不特定多数である必要はないじゃないですか。お金で身体を売るような真似をする必要はない。というか、私はそんなこと許しませんよ。ねぇ考え直してください。生まれてきた聖女さまの子供を、各国の王子や姫と縁づかせればいいだけじゃないですか。いいえ、相手が王子や姫である必要すらない。自由に恋をし、添い遂げる相手を国境を超えて探しに行けばいい。世界中にあなたの血縁が住んでいて、聖女の子孫として世界の平和を祈るとかそういう難しいことを全部ふっと飛ばして幸せに生きる。それでいいじゃないか」


 熱心に誘われて、ゴルドは瞳を揺らした。

 ちらりと部屋の奥で無様に酔いつぶれた教皇たちを見遣る。


 教会で衣食住の面倒をみて貰い、相手を見繕って貰うのだから、その対価として紹介料を取ろうとも当然の権利だとゴルドとしては考えていたのだが、それは考えが甘かったのだろうか。


『男って言うのはな、愛も敬意もない相手には妙に嗜虐的になるんだ。愛を求めて与えてくれない女に対してもそうだ。心と体に傷をつけてやりたいと思うことだって』


 最後にアレクサンドルが叫んでいた言葉が思い浮かぶ。


 子を為す権利を金で売買され、愛のない行為を不特定多数の男と交わす存在。ゴルドの浅い知識でも、それは娼婦とそう変わらない立場だろうと想像ついた。


 だが、ゴルドが信じる愛を得ることはもう決してないのだ。


 ゴルドの身体は少女となったが、心と頭は元のままだ。つまり恋愛対象は女性のままだ。

 しかし女性がこの人外の美貌を持つ少女を恋愛の対象としてくれるとは思えなかった。よくて友人、下手をしたら崇拝の対象となるだけだ。


 そもそも、今のゴルドはゴルドであってゴルドではない。

 自分でも厄介なことになったと思うが、もはやゴルド自身を深く理解してもらう術はどこにもない。


 神のうつし身となった今のゴルドは、美しい見てくれ以外なにも持っていない。

 本当の意味で愛してくれる存在など、どこに居はしない。現われない。


 深く昏い、深淵のような心の奥に、破滅願望がある。


 それを、ゴルドは自覚した。知ってしまった。


「おい。信頼する相手なら、俺でいいだろ。むしろ俺以外の誰がいるというんだ」


 強く引き寄せられた。極度の緊張で冷たくなっていた背中が温かさを感じて力が抜けた。

 見上げた先にあったのは、ここくる筈のない、ゴルドの主の顔だった。


 いつでも晴れやかに好戦的な顔をしている主が、どこか悲痛な顔をしている。


「あれくさんどるさま……?」


「そうだ、俺だ。お前の唯ひとりの主であり、婚約者だ。たとえお前が他の男共と子を為すために教会に身を寄せることを決めようと、俺は婚約の解消に同意した記憶も無ければ、これから先ずっとお前との婚姻を諦めるつもりもない」


 突然割り込んできて、堂々と勝手な主張を口にする。


 その姿は間違いなくゴルド・ドルバガが己のすべてを捧げて守り抜くと決めた、唯ひとりの主アレクサンドル大王様その人だ。


 意思を曲げることのないまっすぐに引き結ばれた眉も口元も。少し癖のある黒髪も。すべて。記憶にあるまま。


「そもそもだな。お前は死にかけてた俺を、勝手に自分を神への供物として捧げて助けたんだ。救った命が尽きる最後の瞬間まで俺の傍にいて、神が本当にその約束を守ったのかどうか見守る責任がある」


 まるで駄々っ子のような自分勝手な論法。

 けれどその言葉は、なによりもゴルドの頑なだった心へと染み込み、弛みを生み出し、溶かしていく。


「そうだった。我が主がただ、“こうする”と決めて主張をされた時、それに従い付いていって後悔したことなど一度もない」


 王者としての勘なのか。それとも本能なのだろうか。

 アレクサンドル様の長兄が汚職に手を染めていることが分かった時もそうだった。

 王に報告だけして判断は任せるべきだという部下達の声も高い中、アレクサンドル様は『うるさい。すべてにおいて奴の仕事は邪魔でしかない』とにべもなく、ご自身で調査をして王太子であった長兄に何の反論も許さない(みっともなく足掻きはしたがそれを信じた者は誰もいなかった)ほどの証拠を集めて断罪した。


 次兄というか、クラウディア嬢味見事件の時は……いや、クラウディア嬢の時は、それこそ『面倒臭い』と噂が勝手に流れていくのに任せていた。

 聖女になったゴルドに火の粉が降りかかってきて、ようやく身の潔白を証明するべく立ち上がった。その程度だ。


 己の中にある基準。それとそれ以外がはっきりとしている人なのだ。そうして何モノにも譲らない確固たるものを持つ人。


 そういう主だからこそ、背中を預けられる栄誉に、心が震えたのだ。


「だから、勝手に俺の傍から離れていくな」


 生涯唯一の主からまっすぐに見つめられ、ゴルドには頷く事しかできなかった。


「御意」





今回はシリアス回の章ってことにする(今決めた

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