8.ゴルド・ドルバガは主の幸せを誰より願っている
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まっすぐな視線だった。傲慢な口振りも、ゴルドのことを心配する心も、嘘偽りなくそこにあって、ゴルドの心を惹き付けてやまない。
王家の三男として生まれ、予備の予備扱いで辺境で軍を任され、冷や飯喰いを強いられようとも。
第一王子の横領の後始末を押し付けられ、色に狂った第二王子のしりぬぐいをさせられようとも。
この国の王族として、民草のために最前線で剣を取ることを選び、ついには近隣諸国より“大王”と呼ばれる存在にまでなった。そんな、誰より敬愛すべき唯ひとりのゴルドの主。
「アレクサンドル様。俺は、平和になったこの世界で、あなたに、幸せになって頂きたいのです」
「……俺が、不幸であると?」
「王族の婚姻が、政治経済に左右されることは存じております。しかし、今のこの国に対して他国がなにを申せましょう。魔族を退け、人類を勝利へと導いたのは、アレクサンドル大王、あなた様です。あなたは幸せになるべきだ。そうでなければならない」
「その勝利は、お前の力だ。ゴルド」
「俺は、アレクサンドル様の剣であり盾です。つまり、あなた様の御力です」
剣も盾も、それを有効に揮える者が手にしなければただの金属の塊でしかない。邪魔な重い荷物にするか、武器と防具として役に立てることができるかは、使う者次第だ。
「俺は、アレクサンドル様がアレクサンドル様であるからこそ、自分がこれまで築き上げてきたすべてを捧げて、あなたの助命を神へと祈った。そうしてそれを、神は聞き届けて下さった。アレクサンドル様がこの国の王でなければ、それは叶わなかった」
ゴルドの顔に浮かぶ儚い笑顔。その顔に、アレクサンドルは覚悟を見た。
「もう、決めてしまったのか」
「はい」
「俺が、許さないとしてもか」
「はい。俺は、俺の血筋を遺さなければなりません。それが成せる相手があなたしかいないというなら、受け入れようと覚悟を決めました。しかし、そうではなかった。ならば俺は、俺の血筋を遺しつつ、我が主の幸せも掴み取りたい」
「ゴルド。お前に、傍にいて欲しいと願うのは、俺の我がままか」
「ありがたき幸せ。この上なき栄誉。光栄なお言葉に感謝いたします、我が主、我が王よ。この国の平和のため、というよりも、俺の唯一人と決めた主のためにできる最善を選ぶ。俺はそう決めました。それがたとえ、我が主の意に背くものであったとしても。それこそが忠臣というものありましょうぞ」
この身体になってしまう前からそう決めてずっと生きてきたゴルドに、他の生き方などできる訳がない。
「どうか、愛し愛される婚姻を。素晴らしき伴侶をお迎えになることを、いつだって、俺は、願い、祈っております」
とん、とちいさな手が、アレクサンドルの胸を押した。
どんなことをしてでも、いっそ鍵の付いた塔に閉じ込めてでも、傍に置いておこうと思っているのに。
あれほどの膂力を誇るアレクサンドルの腕の中から、ゴルドの細い身体がひらりと飛び降りる。
「ゴルド!」
振り返ることなく、醜怪な笑みを浮かべた老人に向かって歩いていく背中へ、アレクサンドルは万感の思いを込めて、忠臣の名前を叫んだ。
赤い靴の動きが、止まる。
高く結い上げられた、豊かに輝く銀色の髪。細い首も、薄い腰も、まるでアレクサンドルが誰より信じた忠臣のモノとはまるで別物だ。
美しい少女の身体がアレクサンドルの声に応じるように、ふわりと振り向いた。深く腰を下ろして頭を下げる。
「我が主の、益々の御清栄と御発展を。心よりお祈り申し上げる」
口上を述べると、またふわりと立ち上がった。
鈴を転がすような声。傷ひとつなくまろい頬はどこまでも白く。アレクサンドルをまっすぐ見返す瞳は、まるで夜明け前の空のような濃い藍色に金色の星が飛んでいるようだ。
どこにも、ひとつも、赤い悪魔と謳われたゴルド・ドルバガの姿と重なるものは見つけられない。
それでも、まっすぐに伸びた背筋と、躊躇いのない覚悟を決めた瞳、揺るがない信念の籠った言葉のひとつひとつが、彼の漢の魂がそこに在ることを示している。
「お前、……お前、分かっているのか。俺以外の男に組み敷かれるということだぞ。男って言うのはな、愛も敬意もない相手には妙に嗜虐的になるんだ。愛を求めて与えてくれない女に対してもそうだ。心と体に傷をつけてやりたいと思うことだって」
ここから先、ゴルド・ドルバガは血を絶やさぬことのみを使命とする聖女として、異国の王族もしくはそれに近い存在だけを相手にするのであろうと、多数の男の種を胎に入れその子を宿すことのみを目的にして、身体を繋ぐことになる。
それを神聖な行為であると正確に受け止めてくれる男ばかりではないだろう。ゴルドとて、その位の想像はつく。
初めての相手はまだいい。しかし、二人目三人目と回数を重ねていく度に、ゴルドの扱いは娼婦かなにかと同じ物となっていくのかもしれない。
それでも。
ゴルドは、主の幸せを選び取る。そう決めたからだ。
「素晴らしき王となられますよう。お幸せに」
最後にひと言、笑って付け足して。
聖女ルーとして生きることを決めてしまったアレクサンドルの忠臣は、自分の足で教会の馬車に乗り込み、去って行った。




