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2.ゴルド・ドバルガ



「ゆめ? ……いいや、そんなはずがない、か」


 ゴルドの目が覚めると、自身がフカフカのベッドに眠らされていることに気が付いた。


 視界に入るちいさな手に、ため息がこぼれた。

 指も短く細くなり、手首など元のゴルドが掴んだだけで折れてしまいそうなほど頼りない。


 さらりと頬を擽る髪は、銀色だった。

 長くて邪魔で、こんな風にまっすぐどこまでも長くなっている髪など、ゴルドはそれまで見たことも無かった。

 爪もまるで色のついた陶器か石でできているように光っている。

「これで引っ掻いたら攻撃力が高そうか?」

 試しに軽くカリリとベッドのカバーを引っ掻いてみたら、自分の指の関節へのダメージが響いて、ゴルドは慌てて手を引っ込めた。

 尚、絹で出来ているベッドカバーには糸の一本にすらダメージを与えることはできていない。

「なんということだ。自分の手触りが、人の肌ではない!」

 ゴルドの言う人の肌とは勿論元の自分のモノのことだ。

 何万何千回と素振りを行い、組打ちを行い、実戦を潜り抜けてきたゴルド・ドルバガの指は硬く節くれだっており、その手にできたマメはできる度に潰れてまたマメを作ってきた。ぶ厚く、力強い手だ。

 握った剣を取り落とすことなどない。強い手が、今は見る影もなかった。

「細い……ちいさい……華奢すぎる……」

 ブツブツと、何度目かもわからない言葉をぼやき、壁に飾られていた剣に目をやった。


 部屋の装飾品でしかないそれは、ゴルドが普段使っている剣よりずっと軽いはずだ。だが、業物とまではいかなくとも、もしもの際にはこれを使って襲撃を防ぐことができる程度にはきちんとした剣である。


 何故か緊張に咽喉を鳴らして、ゴルドはベッドからそっと足を下ろした。


 ふわっ。


 毛足の長い緞通は、それでもいつものゴルドの身体の重さに耐えきれず、ぐっと沈み込むのが常であった。


 なのに、今はその長い毛足に身体が持ち上げられているようで、足の裏がむず痒い。


 ぐりぐりと足を擦り合わせてみたが、まるで毛に足の裏を擽られているような感覚がして、慌ててベッドの中へを足を引き戻した。


 慎重に、辺りを見回すと、ベッドの横に、華奢な靴が置いてあった。


 踵の高いサンダルだ。ベルトと踵は、煌めくラインストーンで飾られている。


 足を乗せる場所すらちいさくて、形自体は確かにゴルドの知っているサンダルと似ていたが、まるで子供の玩具のようにしか見えない。


 そっと、ベットの上で自分の足を引き寄せ、目測でサンダルと合わせてみる。


「ううむ。確かに、丁度良さそうではある」


 壊してしまうのではないかと不安になったものの、先ほどの足の裏を擽る毛のいたずらに耐えられる気がしない。

 しばらく悩み、ついにゴルドはサンダルに自分の足を滑り込ませた。


「丁度いいな」


 玩具のようなサンダルに、自分の足がすっぽりと収まっている。

 それがどういう意味を指しているのか。ゴルドには、目を閉じ心を落ち着かせる必要があった。


「なるほど。母指球(足裏親指の付け根にある膨らみ部分)と踵に体重を分散することで、軽い体重でも毛足の長い緞通の上で安定できるようになっているのか。ふむふむ。なるほどなるほど」


 踵の高いサンダルの履き心地を確かめるように、その場で足踏みをしてみせる。


 そうしてその機能に納得したのか笑顔になった。


 華奢なヒールは、一番美しく女性の足を魅せるためのものだ。

 よるべのない足取りを、支え守りたくなる男の本能を擽るために生まれてきた。


「うむうむ。これを履くことで、陰で体幹を鍛えていたのか。女性というのはなるほど難儀」


 ゴルドの解釈は間違ってはいるが、今のゴルドが求めているのは美しさではないので問題ない。


 長い緞通の毛足を分け入るように突き刺さる(ヒール)で歩くことは慣れるまで難しいとされるが、優れたバランス感覚を持つゴルドにはこれも何の問題もなかった。


「そうだ、鏡……」


 ベッドの横に置かれた三面鏡は今、閉じられているが、開けば全身が良く見えることくらい、幾ら女性の化粧について疎いゴルドでも知っていた。


 壁の剣と三面鏡を見比べる。


 そうして、ゴルドは深く呼吸をして、豪奢な装飾が施された三面鏡に手を掛けた。


 両手で一気に両側の鏡面を開く。


「これは!」


 そこにいたのは、華奢な少女であった。銀色の川のような髪と卵型のちいさな顔。その顔の半分くらいの範囲の、大きな藍色の瞳がこちらを見ていた。よく見れば、その瞳には金の星が飛び散っている。まるで夜空のような瞳を、銀の長い睫毛が縁取っている。

 ピンク色の花弁のような唇が、驚きのせいなのか半開きになっていて、ちいさな紅い舌を覗かせていた。


「誰だ、これは。……これはまるで、人外の存在だ」


 ゴルドの呟いたとおりに、鏡の中の少女が口を動かした。

 慌てて口や頬を手で押さえれば、同じように少女が動く。


「うっ」


 慌てて鏡を閉じて、壁に掛けてあった剣を取る。


 いや、取ろうとして、壁から落とした。


 大きな音を覚悟して耳を塞いだが、長い毛足の緞通が優しくそれを受け止めてくれたお陰か、鈍い音がしただけだった。


 足元へ落ちている剣を拾おうとしたけれど、今のゴルドでは片手で持ち上げることはできなかった。


 なんとか両手で抱え上げる。


「くっ……ふぬぅっ」


 片手で柄を、もう片手で鞘を掴んで引き抜こうとしたけれど、鞘から剣が安易に抜け落ちないようになっている安全装置を外す為に、最初に握って捩じるようにして角度を変えてから引き抜くのだが、どんなに頑張って捩じっても、カチリと音を立てることもできなかった。


 つまり、今のゴルドには、剣を抜けない。

 それは、これまで培ってきたどんな剣技も揮うことができないということだ。



≪≪長年の鍛錬で手に入れた己というすべてを差し出してまで叶えた願い。その意味を深く心に刻み、決して忘れることの無きよう≫≫


 神の告げた言葉の意味をようやく理解したゴルドは、ベッドに潜り込んで大泣きした。





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