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8.乙女の身体は、柔らかくできている。心も。



「なんでもすると言ったな。では、お前は今より騎士団長を目指せ。家門の名を使わず、己で鍛え上げた己の肉体のみの力でな。それができたら、俺はお前を認めてやろう」


「え?」


 ここから巻き返す方法を必死に考えていたからだろうか。クラウディアは、アレクサンドルから告げられた言葉の意味が理解できずに、ぽかんとしてしまった。


 口を大きく開いて動きを止めてしまうなど、淑女にあるまじき醜態だ。


 慌てて口は閉じたが、腕を取られたままなので顔を背けようにも上手くいかない。


「女性の私には無理だと思うからこその提案ですか。性根が腐っているのはどちらかしらね」


 クラウディアは、意地悪く笑うアレクサンドルに対して、嫌味のひとつでも投げつけねば、やっていられなかった。

 そうして、睨みつける勇気すら持てずに嫌味しか言えない自分を惨めだと思った。


「いいや。お前がゴルドよりも勝っていると豪語したからだ。どうだ? ゴルドは俺の命を守るために、長年の鍛錬で手に入れた屈強な身体を神への捧げモノとしてくれた。そうして華奢な少女となった今も変わらず俺のために鍛錬を続けている。ならば、お前はその磨き上げてきた美貌とやらを俺への誠意の代わりとして捧げ、屈強な身体を手に入れてみせろと言っているんだ」


 噛んで含めるようにして説明された。

 説明はされたが、それを受け入れることなどクラウディアにできる訳がない。


 美貌を捨てろ? 冗談ではない。

 屈強な身体を手に入れて騎士団長になれということは、次の有事の際にはアレクサンドルの剣として盾として、背中を預かり護るということだ。


 冗談ではない。それはクラウディアが望む、王の傍に侍るということとはまるで違う。別物だ。


「っ。そもそも、ゴルド・ドバルガの血を遺すことが必要だというだけならば、愛妾にでもなさればいいのです! 王妃とする必要などないではありませんか。何故尊き王の血を、ひぃっ!!」


「それ以上、口を開くな。殺すぞ?」


 片腕でアレクサンドルの目の高さまで持ち上げられ、睨みつけられて、クラウディアはカタカタと全身が震え出して止まらなかった。


 戦場で数多の死線をくぐり抜けてきた黒き邪神。魔族をも引き裂き叩き斬る剣の遣い手が、今、本気でクラウディアを殺そうとしている。


 彼は、本気だ。本気の目を、している。


 手首の先が紫色になるほど、握りつけられる。痛くて怖くて、涙が出てきた。


「うぇっ。ふぇっ。でも、でも、わたくしはぁっ」

「まだ言うか!」


 クラウディアは謝罪などしたことがなかった。本気で。

 だから命の危機である、こんな時でさえなにをどう謝れば分からない。


(ころされるっ)


 助けを求められそうな相手など、ここには誰もいなかった。

 そもそもがアレクサンドルの執務室だ。彼の側近や専属侍従侍女たちしか、ここにはいない。


 クラウディアのために、怒れる大王の前に立ちはだかり命乞いをしてくれる者など居はしない。


「駄目ですよ、アレクサンドル様。『乙女の身体は、柔らかくできている』んでしょう?」


 そう言ってクラウディアを助けてくれたのは、憎いゴルド・ドルバガだけだった。



***



「ちっ。この女が、乙女の範疇に入る訳がないだろう」

「入りますよ。女性は幾つになっても乙女なんです」


「誰だ、余計な知恵を朴念仁だったコイツに与えたのは」

「神様ですね。神の御遣い特典として与えられた知識の中にありました」



 紫色に腫れあがった手首に軟膏を塗ってくれる白い指を、クラウディアは黙って見つめた。


「まったく。痕は残らないでしょうが、これではしばらく使い物にならないですぞ」

「治療の許可を出してやっただけでも感謝しろ」


 悪態をついているにもかかわらずアレクサンドルの瞳から険が取れ、柔らかく傍にいる少女を映している。

 その平和すぎるやり取りを、腰が抜けて立てずにいるクラウディアは、ただ見上げた。


 まるで別人のように明るい。楽し気に会話を交わすふたりは、どちらもクラウディアの知っている偉そうにしているアレクサンドルでも、傍にいるだけで怖い大男のゴルドでもなかった。


 ごくごく自然に、ふたりは傍にいた。


「神の御遣い、特典?」


 その会話の中に聞きなれない言葉が合ったので、つい繰り返した。


「あぁ。神の御業を使えるようになったオマケといいますか。この世界に関する知識を丸ごと頭の中へ入れてくださったのです。知識が豊富すぎて、たまに混乱しますがな。お陰様で王妃教育はまったく受けずに講師陣からお墨付きを貰いましたぞ」


 問い掛けたつもりではなかったが、優しく答えてくれるゴルドが眩しくて、クラウディアは目を瞬いた。


 言動に似合わない、あの美しい礼。その理由が分かって、勝てるはずがないのだと知った。

 多分きっと、本気になればその場に合わせた言動もできるのだろう。


「聖女()()って、ゴ()ドの()()だったのね」

「わはは。俺はその呼び名を、先ほど初めて聞きましたよ」

「そうなの? 皆そう呼んでいたわよ」


 聖女の情報は、少ない。その少ない情報の中でほぼ確定していたのが、ルーという名前だった。


「うーん。多分、聖女としての俺を、あのゴルドと同一存在だと信じたくない者が一定数いるんでしょうなぁ。中身は大男ですからなぁ」

「俺は気にしないぞ」

「気にしてください!」


 わちゃわちゃと。再び仲良さそうに会話を交わすふたりを見ている内に、クラウディアは自分が本当に何も見えていなかったのだと実感した。


「私も、浄化されてしまったのかも。聖女ゴルドに」


 魔族は、聖女の使った神の御業によって一掃されてしまったという。


 倒した訳ではないらしい。防護壁に押し出された後に、その姿を見た者は誰もいない。

 だから、魔族が抹殺できたのかは分からない。

 ただ、この世界から消えてしまった。聖女ゴルドの祈りを受けて。一瞬で。


(もしかしたら、私のように、真っ黒で汚れ切っていた心を浄化されてしまったのかも。神の御業というだけでなく、聖女ゴルドの、まっすぐな心に触れて)


「なにか言いましたか?」

「いいえ、なにも」


 ふるふると首を横に振るクラウディアに、ゴルドが今更気が付いたというように「乙女は腰を冷やしてはいけないそうですぞ。さぁ、お手をどうぞ」と手を差し出された。


 自分の手より、ずっとちいさな白い手だった。


 この手が、世界を、孤高の大王アレクサンドルの命を助けたのだ。


 それまで築き上げた自分のすべてを差し出して。


「ありがとう、聖女ゴルド。これまでの私の発言をすべて撤回し、謝罪いたします」

「クラウディア嬢?」


「クラウディアとお呼びください、ゴルドおねえさま。これからは、私が、聖女ゴルドの後ろ盾となりますわ。文句をいう者がいたら、私がコテンパンにして差し上げますわね!」

「お、おぉ」


 ゴルドの嫋やかな手に縋って立ち上がったクラウディアは、まるで別人のような顔をしていた。


「おい! お前の家門は一族郎党国外追放だと言ったはずだぞ」

「まぁまぁ。いいじゃないか、反省したなら十分だ。今は国の復興に全力を尽くすべきだ。使えるモノは親でも使えというだろう? 反省したというのなら、金を溜めこんだ貴族家には大いに出資して貰うべきだ」

「わぁい。ゴルドおねえさま優しい。だいすき」


 むぎゅりとクラウディアがゴルドに抱き着いた。

 ほっそりとしてやわらかな身体だった。クラウディアの腕の中にすっぽりと入ってしまうほど。


「おねえさま、いい匂いがするぅ。香水じゃなくって、もっとこう、自然な香りっていうか。どんな化粧品をお使いですの?」

「侍女たちが使ってくれるだけだからなぁ。知らん」

「わぁ、すてき」


「なにが素敵だ。離れろ、女狐が!」

「べぇ、ですわ」


「それと、最後だと思うから言っておく。お前と俺は同じ日に生まれたんだ。俺をニイサマなどと呼んで年下アピールに使うな」

「うわぁ、けち臭い野郎ですわ。ねぇゴルドおねえさま。もっといい男がいたら紹介しますね。それまではこれで我慢してください。一応、わが国で最も権力を持ってますし、有用ですから」

「おい」


「クラウディア嬢。アレクサンドル様は、素晴らしい御方だ。俺の生涯の主に向かって、そのようなことを言うのはやめてくれ」

「はぁいぃ♡」



 この後、本当にクラウディアは聖女ゴルドに対する態度を悔い改めた。

 生涯聖女を敬い、ふたりの婚姻を誰よりも祝福した。






第二章 完

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