プロローグ
短編版に少しだけ加筆しております。
よろしくお願いしますー
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――神よ。何故、これほど偉大な王を我らから奪おうとするのか。
魔族の襲撃を受けるようになって二年。
人間同士で争っている場合ではないと連合を組んで戦うようになって半年が経っていた。
その中心となり、王でありながら誰よりも数多くの魔族を倒し、武勇を誇るアレクサンドル。
無骨な鎧に包まれているはずの彼の胸から背中に向かって、いま、魔族の腕が生えている。
ずぼっと湿った音がして、アレクサンドルの血で染まった腕を引き抜いた魔族が、雄たけびを上げる。
「Wooooo!!!」
胸を張り腕を掲げた魔族の前で、アレクサンドルの大きな身体が、ゆっくりと傾げた。
「嘘だと言って下さい! 目を、目をお開け下さい、我が君!」
「あぁ、人はもう終わりだわ! 魔族に蹂躙されて、この世界は闇の手に墜ちるのよ!」
「ようやく魔族との戦いを互角に持ち込めたというのに。英雄であり偉大なる大王アレクサンドル様が身罷られてしまったら、この世は一体どうなってしまうというの?!」
神よ、あなたの子供である人の子の嘆くこの声が、あなた様には届いていないのでしょうか。
大王アレクサンドルは、我ら人間すべての、希望の光。
この偉大なる御方を失って、我らはこれ以降、どうやって魔族の手を退けることができましょう。
「俺が、おれが守るはずだったのに……」
がしゃん、と音を立て、膝をつく。
騎士団長として、誰よりも大王の傍で、お守りするはずだった。
『お前が俺の背中を守っているのだろう? ならば、そこが最も安全な場所だ』
最前線へと立つアレクサンドルを諫める度に、笑顔で言い切られる言葉に、高揚しない訳がない。
誉れに高鳴る胸を張り、『応』と答えてきた。
命を懸けて、お守りすると誓っていたのに。
「うぉぉおおぉぉぉおおぉぉ!!!」
纏わりつく魔族を一気に薙ぎ払う。
誰よりお強いと信じてきた。
王に敵う者はなく、そのお背中を預かることを許された自分は果報者だと信じてきた。
鍛錬を重ね、研鑽を積んできた。
この剣を捧げるに相応しい主と巡り合えた幸運に感謝してきた。
それなのに!!!
何故、神は我らへ救いの手を伸ばして下さらないのか。
それとも神などいないのか。
唯一の主と見定めた大王アレクサンドルの命が尽きようとしている今、何故自分はまだ生きているのだろうか。
神よ、どうか、我らが王をお救い下さい
神の御業、その術を持つ者を、今すぐ我が王の下へ
偉大なる大王アレクサンドルの命を助けて頂けるならば
俺は今すぐ、この身を、この命を捧げることすら厭わないのに!!
≪≪それほどの想いがあるならば≫≫
「え? は? う、うわあぁぁっ!」
滂沱で顔を濡らした男の足元から突然の光が生まれる。
その光は強さを増し、ついには男の身体すべてを覆い尽くした。
真っ白になった視界の中で、男はその声を聴いた。
≪≪お前自身が、それを為すが良い≫≫
倒れた王の後ろで、頽れ祈りを捧げていた男を見ている者など、誰もいなかった。
男だけではない。誰もが、今にもその命が尽きようとしている偉大なる王、アレクサンドルを見つめ、神へと祈りを捧げていたのだから。
誰もが、抵抗することすら諦めてしまった。
魔族の持つ得物により弾き飛ばされ、腕を失い、尊敬する大王と共に、神へと召されようとする者も、いた。
そんな中、男だけが突然自分の足元へ現れた不思議な強い光に驚いている時、男にだけ、その声は聞こえた。
≪≪我、今こそその力を貸し与えん≫≫
「?!」
光が収束した場所に立っていたのは、ひとりの少女だった。
神々しく輝く銀色の髪が、足元まで流れている。
その髪の向こう側から、夜明け前の空のような濃い藍色に金色の星が飛ぶ美しい瞳が見返してきていた。
そう。そんなことはあり得ないのに、その場にいる全ての者が、少女と目が合ったと確信した。
そうして、ピンク色をした花弁のような唇から鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえてきても、それが人の発した声だと認識もできずに、ただただ恍惚として見ていた。
【完全防護壁】
少女が呪文を唱えると、光の壁が生まれ、魔族をその外へと弾きだした。
あっけに取られて動けなくなっている兵士たちの中を、少女が進む。
さらりと、少女が着ていた薄衣が靡き、ちいさな裸足の足が前へと動く。
一歩、一歩。
人々は少女の動きを遮ることもせず、偉大なる王へ近づいていく様子を見守った。
本来であるならば、誰何するべきであるし、なにより誰も知らない人物がいきなり王へ近付くことなど許される筈もない。王の傍に寄る前に、取り押さえられるべきである。
しかし。誰も彼もが、少女を驚かさないように、息をする事すら慎重に、音をたてないよう緊張しながらその動きを見守っていた。
そうしてついに、少女が王のすぐ横へと歩み寄って、その華奢な手を翳して何か知らない言語を唱えた。
【全回復】
少女の手から清廉なる光が降り注ぐ。
その柔らかな光は、命尽き果てようとしていたアレクサンドルの全身を優しく包み込んだ。
そうして、骨が砕かれ肉が潰れた右腕が指の先まですっかり元の姿を取り戻し、欠損していた左足が生え、抉れていた両の眼球を包む涼やかな瞼がゆっくりと開かれていく。
胸元へ大きく開いた穴すら、塞がっている。
「……俺は、死んでいなかったのか?」
呆然とした様子で半身を起こした偉大なる王アレクサンドルの姿に、人々は神への感謝を叫んだ。
「あなたは、聖なる神の御遣いか」
ざわざわざと、辺りから「聖女さま」「聖女様だ」と声が上がった。
気が付けば、光の壁の外にも魔族の姿はなかった。
「……俺達は、たすかった、のか」
「すごい! すごいすごい! ありがとうございます、聖女様!!」
聖女様、聖女様、と滂沱の涙を流しながら兵士たちが少女の足元へと跪く。
「神の御遣いであらせられる聖女様に、心からの感謝を」
大王アレクサンドルまでもが少女の足元へ跪き、頭を垂れた。
…………。
「いや待て、待って。ナニソレ、聖女ってどういうことです?」
──?
「えぇ、なにこの長い髪! うわっ、俺の手、ちっちゃ! つか細い? ナニコレなにこれナニコレえぇぇぇ!!!」
鈴を転がしたような声で少女は叫ぶと、そのまま白目を剥いて気絶した。




