表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

第4話「血の通わぬ剣」

旧地下街の奥、雨水が滴る石室で、私はルウェナの報告を待っていた。


薄明かりに照らされた部屋の隅では、魔導端末のような装置が静かに唸っている。

夜竜が与えてくれた技術の欠片――それを扱えるのは、今のところ私とルウェナだけだ。


情報の網を張り、裏の通路を洗い、買収可能な貴族のリストを集める。

その全てを、私は“指示”だけで動かしていた。


そして、ルウェナが帰ってきたのは、夜が深まる頃だった。


「任務、完了しました。証拠となる文書は焼却済み、残党の生存も確認されていません」


淡々と報告するその声は、冷たく、澄んでいた。


「……そう。念のため訊くけど、死者は?」


「対象者四名。すべて即死です。必要最低限の排除です」


「……ありがとう。助かったわ」


私は静かに応えたつもりだったが、ルウェナの目がわずかに揺れた。


「エリス様、御気分が優れないようで?」


「ええ。たぶん、“血の匂い”がしたから」


私は立ち上がり、部屋の隅に積まれた古い書物の間に目をやった。


処刑台で夜竜と契約したあのときから、ずっと心に残っているのだ。

あの瞬間、私はこの手で“何もしていない”。

けれど、私の命令ひとつで、人は死ぬ。


それを受け止めることを、私は選んだはずだった。

なのに――心のどこかで、まだ私は揺れていた。


「……手を下さないって、こういうことだったのね」


「はい?」


「いいのよ、独り言。

ルウェナ、あなたは“躊躇わない”のね」


「命じられたことを行うのが、私の存在理由ですから」


「それは、あなた自身の意思?」


ルウェナは一瞬だけ黙った。

口元がわずかに動いたが、すぐにいつもの無表情に戻る。


「……そう、定義されています」


「定義、ね。なら、もし“あなたの意思”で私を裏切ることがあったら?」


「ありません」


「どうして?」


「――私は、貴女に拾われたからです」


私はその言葉に、息を止めかけた。


拾われた、とはどういう意味か。

私が命じたことしかしていないはずのルウェナが、“拾われた”という表現を使う。


だが、それ以上を問うことはできなかった。

聞いたら、きっと“何か”が崩れてしまう。そんな気がした。


「……ありがと」


私はそれだけを言って、目を閉じた。

感情を閉じるように。

けれどその背中に、ほんの少し、温度が差し込んだ気がした。


* * *


帝国からの使節が王都に到着したのは、霧の濃い朝だった。


金の飾りをつけた黒い馬車から降りてきたのは、ひとりの青年。

整った顔立ちに、あまりにも冷たい瞳をした男だった。


「帝国監察官、レイ=カシエル。命により、アズヴェイン旧王国における契約状況の確認に参上した」


彼の名が告げられた瞬間、玉座の間が凍りつく。


「帝国の、監察官……?」


フロリスが小さく息を呑み、イザベラの頬が一瞬だけひきつった。


「ご挨拶を。ようこそ、我が王国へ」


イザベラはすぐに笑みを浮かべて前に出る。

だがその声は、ほんのわずかに震えていた。


「形式はどうでもいい。私の目的はただ一つ、“夜竜との契約者”が正当に選ばれているかどうかを確認することだ」


「当然ですわ。現在の契約者はこの私。

正式な手順で夜竜と誓約を交わし、この国を治めております」


レイはその言葉に、目を細めた。


「……ならば、証明していただきましょう。

“夜の聖剣”を、あなたの手で振るってみせてください」


玉座の間に、静寂が落ちる。

その中で、王妃イザベラは、はっきりと笑った。


「もちろん。私こそが、この国の正統な王妃なのですから」


その声の裏にある焦りに、誰もがまだ気づいていなかった。


けれど、空の彼方から差し込む朝の光は、

もう既に――夜の終わりを告げていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ