第28話「契約に足る資格」
「君、そろそろ“選ばれる”つもりじゃない?」
夜竜は、何の前触れもなく現れた。
拠点の一室に差し込む光のように、静かに、だが確かに。
「剣が君を見てる。
でも、君はそれに気づいていて、まだ動こうとしない。
……どうして?」
私は椅子から立ち上がり、彼の前に歩み出る。
「私は、選ばれるためにここにいるんじゃない。
“選ばれたとされる者”が、何を選ぶかを見るためにいるのよ」
「面白い。
でも、選ばれた瞬間から、“君が何を選ぶか”が問われるんだよ?」
夜竜は仮面の奥で笑った。
「契約っていうのは、力を得ることじゃない。
“代償を差し出す覚悟”を問うためのものだ。
君、何を差し出すつもり?」
「未来よ」
私は即答した。
「私の、ではなく――この国の。
過去を焼いて、新しい秩序に書き換えるために。
その“未来”を、私が一度引き受ける。
汚れるのも、誤解されるのも、壊されるのも。
全部、私が先に受けておく」
夜竜はしばらく黙っていた。
それは、拒絶でも共感でもない、
ただ“観察者”としての沈黙だった。
「……君、ずるいね」
「よく言われるわ」
その瞬間、部屋の奥にいたルウェナがわずかに動いた。
彼女は気づいていた。
エリスが“選ばれないこと”を望んでいるように見せながら、
“選ばれたときに備えて”すでに“覚悟”を済ませていることに。
「……では、もし“私”が剣を手に取れと言ったら?」
夜竜の問いに、私は静かに目を伏せた。
「それは、“契約の代償”が差し出されたときね。
そのときは、選ばれるのではなく、選ぶのよ。
この手で、“未来そのもの”を」
* * *
教会内奥の聖堂。
王妃イザベラは、神官たちを前に“系譜の書”を読み上げていた。
「この書こそが、私の“血”の正当性を証明するもの。
かつて王家と神の加護を結んだ系譜、その末裔として、
私は夜竜と“再契約”の資格を有しています」
しかし、聖堂にいた者たちは誰ひとり、言葉を返さなかった。
「なぜ黙っているの?」
イザベラの声が震える。
「私が“選ばれた者”であることは、
もう“物語”の中で語られているはずでしょう?」
神官のひとりが、静かに答えた。
「……物語を語るのは、教会ではありません。
それを“誰が信じるか”が、すべてです」
「……あなたたちは、私を見限ったの?」
「いえ。ただ、“神”がまだ沈黙しておられる」
その返答に、イザベラの指先が震えた。
「なら、“神”を目覚めさせればいい。
私がこの国を守る存在だと、知らしめれば……」
その言葉は、祈りではなかった。
願いでもなかった。
それは――選ばれなかった者が、“選ばれた者”を否定しようとする、ただの叫びだった。




