第27話「意思なき忠誠は不要」
「……グレスフォード子爵家、裏で王家と繋がっていました」
ファランが差し出した書簡には、丁寧すぎる筆致で綴られた忠誠の言葉と、
裏で王家の使者と密談を行っていた証拠文書が添えられていた。
「表では“第三勢力への協力”を示しながら、
裏ではイザベラと接触し、“契約の恩赦”を条件に寝返りを画策していたようです」
「……その恩赦、誰が与えるつもりなのかしら」
私は書簡を読みながら、小さく息を吐いた。
「切りますか?」
ファランの声は淡々としていたが、その奥には苛立ちが見え隠れしていた。
私は、首を横に振った。
「いいえ。切らない」
「……ですが、裏切りの芽を放置すれば、周囲に疑念が広がります」
「それが“見えるように”しておくの。
ああいう者は、いずれ自滅する。
意志のない忠誠は、いざという時に最も先に崩れる」
私は書簡の端を指先で撫でる。
「“従っているふり”は、最も信用ならないけれど、
“恐れているだけ”の者よりは使い道がある」
「泳がせる、ということで?」
「ええ。“次の恐怖”を、彼に演じてもらう。
裏切り者がどうなるかを、他の誰よりも恐れてもらいながら」
ファランは口元を歪めた。
「……恐ろしいお方だ」
「違うわ。
“冷たい者”ほど、熱を持った忠誠に裏切られる。
私は、それが嫌なだけよ」
* * *
ルウェナは、そのやり取りを黙って見ていた。
そして、誰もいなくなった後、私に問う。
「……私が、あなたを恐れず従っているのは、間違いですか?」
私は視線を向けた。
彼女は真っすぐに、揺れることなく私を見つめていた。
「あなたは、恐れてない。
けれど、まだ“従っている理由”を決めきれてない。
それが、正直でいいわ」
ルウェナは目を伏せた。
その表情には、どこか安堵のような、哀しみのような影が落ちていた。
「……では、もう少しだけ、考えさせてください」
「いいわ。
けれど、ひとつだけ言っておく」
私は椅子から立ち上がり、壁にかけられた地図を指でなぞる。
「従うかどうかは、意志の問題。
けれど、“私を選ぶ”という行為は――
いつだって、“自分を捨てる”覚悟と隣り合わせなの」
* * *
王宮の私室。
イザベラは、グレスフォード子爵と向かい合っていた。
「……そう、あなたのような人間、嫌いじゃないわ」
「恐れ多いお言葉でございます」
「でもね、忠誠って言葉は便利でしょう?
誰にでも使えて、誰にでも裏切られる。
それでも、“使える”というだけで、意味を持つ」
子爵は、何も言えなかった。
イザベラは手元の茶杯を傾けながら、微笑む。
「私のところに来たからには、
“戻れない”ようにしてあげる。
それが、せめてもの誠意というものよ」
その笑みには慈悲もなく、救いもなかった。
ただ――“駒を引き寄せた”者の顔をしていた。




