第25話「影が告げる正しさ」
「“黒衣の令嬢が通った後に、不正が消える”――
そう言い出した子供が、街にいます」
ルウェナが報告したその声は、いつも通り淡々としていた。
だが、その中に、どこか微かに――期待のようなものが混じっていた。
「……ずいぶんと、都合のいい正義ね」
私は窓の外に視線を向けながら、そう呟いた。
「“通っただけで正される”なんて、
本当にそうなら、どれだけ楽かしら」
「それでも、人は“意味”を求めるのです。
あなたの行動が、“正しさ”に見えるように、誰かが祈る。
それを止めることは、できません」
「正しさなんて、後から貼られる札よ。
結果があって、感情があって、
それに“都合のいい理屈”を後づけしてるだけ」
「それでも、人は“札”がなければ、希望を信じられません」
私はルウェナの言葉に、ふと黙った。
“希望”という言葉が、この空間に似合わないことを、誰よりも私が知っていたから。
「……希望を与える側って、案外、孤独なものね」
「そうですね。
ですが、それでも“与えられた者”は、
あなたのことを忘れません」
「忘れられないのは、“仮面”のほうよ」
「なら、その仮面を、私は綺麗に磨いておきます」
私は思わず、吹き出しそうになった。
けれど、その声は笑いにはならなかった。
* * *
「……レイ・カシエル。監察官、動き始めました」
ファランの報告は、わかりやすく鋭い。
「街の商会、貴族邸、王宮裏手――
あらゆる“情報の縁”に顔を出してます。
もはや、視察ではなく“意図的な誘導”です」
「こちらに“気づかせる”ための動き、ね」
私は軽く頷いた。
「こちらが沈黙している間は、向こうの出方も手探り。
でも、動き始めたということは――
こちらが“姿を見せる”ことを、すでに折り込み済みなのね」
「どうしますか? 接触を?」
「直接ではないわ。
“見る側”に、“見られていること”を自覚させる。
それが最初の接触」
私は視線を向けた。
「ルウェナ。仮面を、ひとつ」
「了解しました」
彼女は躊躇なく頷いた。
「“影の観察者”に、こちらの“視線”を返す……それが目的ですか?」
「ええ。“見る者”に“見せてやる”のよ。
こちらの意志を。
ただの噂でも、ただの影でもない、“存在”としての意志を」
* * *
帝国監察官レイは、城下町の裏通りで、ふと足を止めた。
何かが、視線の隙間を走った気がした。
人影はなかった。
けれど、確かに“見られている”感覚だけが残った。
「……やはり、こちらを見返してくるか」
彼は笑った。
「さて、“君”がどこまで踏み込んでくるか。
こちらとしても、応じる準備はできている」
空に、淡く雲がかかる。
その向こうから、夜の気配がゆっくりと近づいていた。




