第24話「情報は刃に、噂は鎖に」
「“黒衣の令嬢”にまつわる噂のひとつが、やや行き過ぎ始めています」
ファランが持ち込んだ報告には、いくつかの“危うい言葉”が混じっていた。
「“前王妃の影”だった”、
“夜竜と直接契約を結んだ魔女”、
“帝国から派遣された亡国の令嬢”……
どれも真実ではありませんが、どこか“近づいて”いる」
私は報告書を受け取りながら、笑みを浮かべた。
「真実に近い嘘ほど、都合がいいのよ。
人は核心に近い話ほど、強く信じる」
「ですが、あまりに的を射ると、真偽よりも“照準”が危険になります」
「分かってる。だから制御するのよ。
“信じていい範囲”を、こちらで決める」
私は報告書の端を破り、焼却皿に落とした。
「“真実”は、情報にならない。
人が語ってこそ、それは“噂”という名の鎖になるのだから」
ルウェナが静かに頷いた。
「では、危険な情報源を処理します。
発信元は、王宮の文官と、古書商の後継者です」
「文官には左遷の口実を。
古書商には――一度、火を通してもいいわね」
「了解しました」
ルウェナの返答は、いつもと変わらぬ静謐だったが、
そこに含まれた温度が、ほんのわずかに変わっていた。
「……あなたがそうしている間にも、
“民”は話すわ。“黒衣の令嬢”が何者なのかを。
英雄か、魔女か、亡霊か――
でもそのいずれでもない“私”が、ちゃんとここにいるのに」
「その“あなた”こそが、誰にも知られてはいけないのです」
「ええ。だから私は、“知ってもらう”ことではなく、
“語ってもらう”ことを選ぶ」
私は小さく息を吐き、ファランに視線を移した。
「情報は、制するものじゃない。導くもの。
その形を“こちらの意図に沿わせる”だけでいいのよ」
ファランは、それを聞いてにやりと笑った。
「やはり、あなたは恐ろしいお方です」
「違うわ。賢いだけよ。
それだけのことで、人は恐れてくれるもの」
* * *
「……噂が、妙に整いすぎている」
帝国監察官レイ・カシエルは、王都の情報報告書に目を通しながらつぶやいた。
「“黒衣の令嬢”に関する証言は増え続けている。
だがそのほとんどが、恐怖と尊敬を煮詰めたような抽象語で統一されている」
副官が小さく首をかしげる。
「……情報操作、でしょうか?」
「確実に。だが、情報源が多すぎて特定できない。
つまり“管理されている”のではなく、“演出されている”」
「なら、偽の情報を流して、逆探知を?」
「いや。こちらから罠を仕掛ければ、
それも“情報の演出”の一部に組み込まれる」
レイは紙束を静かに閉じた。
「だから、逆に“罠に乗るふり”をして、
向こうの“観察の目”に逆流してやる」
「観察されることで、観察し返す……ですか?」
「そう。“宰相”とは、相手の視線の内側にいるものだ。
なら、こちらも――影を見上げるのではなく、
影に“自分を見せてやる”ことから始めよう」




