第23話「影を追う者たち」
「……帝国側が、“こちら”に興味を示し始めました」
ファランが持ってきた報告には、
予想していたよりも早い動きが記されていた。
「使者ではなく、あくまで“視察”という形ですが。
王宮と商会を回り、周辺貴族と接触。
“黒衣の令嬢”に関する証言を求めて動いています」
「接触の準備、ね。直接ではないけれど、
そろそろ“正体”を探る段階に入るつもりなのよ」
私はその報告を折りたたみ、灰皿に落とした。
灰になるまで燃える文字。
その跡が、静かに崩れた。
「……顔を見せるおつもりですか?」
ルウェナの問いに、私は首を横に振る。
「いいえ。
こちらから先に“顔”を見せる必要はない。
“姿が見えないからこそ恐れられる”。
その構図を崩すのは、最後の最後よ」
「けれど、いずれ“誰か”が表に出る必要はある」
「ええ。
そのときは、仮面をかぶって現れるわ」
私はそう言って、ルウェナに視線を向けた。
彼女は、わずかに頷いた。
「……なら、必要であれば、私が“その仮面”になります」
「それでもいいの?」
「私は、あなたの“影”です。
あなたが望むなら、私はあなたになれる」
その言葉には、迷いがなかった。
そしてその強さが、私には少しだけ痛かった。
「……ありがとう。
でも、その仮面は、最後まで使わないで済めばいいと、少しだけ思ってる」
ルウェナは、それ以上何も言わなかった。
けれどその静かな眼差しが、私の決意を鏡のように映していた。
* * *
「“神託”は、いかがなされますか?」
教会の執行官が、王妃イザベラの前で静かに問う。
薄暗い礼拝堂。
そこは王宮の中でも限られた者しか出入りできない、
“信仰の中枢”とされる場所だった。
「“夜竜の加護は、未だ我にあり”――
その一文を、教義書に加えてほしいの」
イザベラは微笑んでそう言った。
「帝国が契約の正統性を疑っている今、
教会が“私こそが選ばれし契約者”だと宣言すれば、
この国の秩序は揺るぎないものになる」
「……神託の創出は、我々の裁量ではありません」
執行官はそう返すが、イザベラは崩れなかった。
「裁量ではなく、“理解”でしょ。
私がこの国を保っている。
なら、神が私を見放すはずがないじゃない」
その笑みは、確信にも見えたし、狂気にも見えた。
だが、執行官は言葉を発さなかった。
礼拝堂に漂う沈黙は、
誰の味方でもなく、ただそこにあるだけだった。
そしてイザベラは、その沈黙を――
“承認”だと、勝手に解釈した。




