第22話「誰が誰を裁くのか」
その報せは、静かに、けれど確かに王都を包んだ。
「グロスタン侯爵、病没――爵位は廃止、資産は国庫管理へ移行」
それだけの一文が、朝の官報の端に載っていた。
騒ぎは起きなかった。けれど、ざわめきは起きた。
市井の人々は眉をひそめ、
貴族たちは目を伏せ、
そして、一部の者は――“次”を考え始めていた。
誰も声を上げない。
だが、誰も無関心ではいられない。
それが“黒衣の令嬢”のやり方だった。
「本当に……静かに終わりましたね」
ルウェナが言った。
手元の報告書に、誰の血も、誰の涙もついていない。
「ええ。騒がなければ、“裁かれた”とも思われない。
でも、気づいた者は、もう理解してる」
私は椅子に座ったまま、窓の外を見た。
「私が“裁いた”と思うのかしら」
「……裁いたのではないのですか?」
「私はただ、“起きるべきこと”を促しただけよ。
彼が堕ちる構造を整えて、崩れやすくしただけ。
あとは重力が働いただけ」
ルウェナは、しばらく黙っていた。
「では、誰が誰を裁くのでしょう」
「それは、“この国”よ。
私は道を作っただけ。
その先で誰が歩み、誰が落ちるかは……構造が決める」
「それでも、決めているのは“あなた”だと、私は思います」
私は、ルウェナのその言葉に目を細めた。
「……あなた、本当にそう思う?」
「思います。
誰が何を失い、誰が何を得るのか。
その流れを“整えている”のは、他ならぬあなたです」
「……そう」
私は立ち上がり、机に置いていた封蝋を指先で弾いた。
「それでも私自身は、誰も裁きたくない。
ただ、間違ったものが正されていくなら――
私は、それを止めたりはしない」
ルウェナは何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
その頷きが、どこか少しだけ、哀しげだった。
* * *
王宮の奥、私室の奥にある密やかな礼拝室。
イザベラはひとり、祭壇の前に跪いていた。
「……神は、私を見ていない。
剣も、私に応えない。
なら、誰が私を“正妃”と認めてくれるの?」
彼女は両手を組み、額を床につける。
その姿は、王妃でもなく、支配者でもなく、
ただの“恐れにすがる者”だった。
「教会に協力を仰ぎますか?」
背後に立つ宮廷魔術師長メルセデが問う。
「ええ。“正統性”が揺らぐなら、“聖性”を上書きするしかない。
この国の“神話”を、私が語り直すのよ」
「……ですが、教会は“血の契約”より“血統”を重んじるはずです」
「なら、捏造すればいい。
誰が“本当の神の声”を聞いたかなんて、
今や誰にもわからないのだから」
その言葉には、狂気はなかった。
けれど、正気でもなかった。
女王は、聖女になろうとしていた。
それが、自らが“選ばれなかった”ことへの――
最後の抵抗だった。




