第20話「静かなる剣の兆し」
朝も夜も関係のない地下拠点にいても、
私はときどき“世界の気配”を感じ取ることがある。
その日は、何かが微かに揺れた。
音もなく、熱もなく、けれど確かに――
風が、剣のように私の背を撫でていった。
(……来てる)
私は静かに目を伏せ、息を整える。
「剣が、呼吸を始めたわ」
ルウェナがこちらを見る。
何も聞かれていないのに、私はそう言った。
「夜竜が呼んでいる?」
「いいえ。夜竜は、まだ黙ってる。
けれど、“剣”のほうが、動きたがってる気がするのよ」
それは、感覚にすぎなかった。
けれどこの世界では、感覚が真実より確かなことがある。
「……気配が、濃くなってきてます」
ルウェナの声が続いた。
彼女もまた、同じ“兆し”を感じ取っていた。
「次に起きるのは、“選別”。
剣が誰を選ぶか、それだけの話」
「選ばれなかったら?」
「選ばれなかった者には、立場を失ってもらうわ。
剣を手にした者だけが、“正当性”を名乗る資格を持つのだから」
* * *
「本日、上級貴族家のひとつが、“黒衣の令嬢”に対して非公式の忠誠を誓ったようです」
ファランが持ち込んだ報告は、いつもより重たかった。
「ただし、これによって“派閥”という形が明確化します。
王家を支持する者、第三勢力を頼る者、そして未だ揺れている者」
「次に倒れるのは、中枢の家」
「はい。そろそろ“象徴的な断罪”が必要です。
すべての者に、“本物の構造が動いている”と理解させるために」
私は頷いた。
「次の標的は、“力を持ちすぎた無能”。
支配の上にあぐらをかいている者を、ひとつ――静かに沈めましょう」
「ご用意いたします」
ファランは一礼し、部屋を後にした。
残された空間に、私は小さく呟く。
「私は、ただ力を持ちたいわけじゃない。
私が壊すのは、“構造”よ」
「……破壊者、ですね」
いつの間にか近くにいたルウェナが言った。
「いいえ。創造者よ。
壊さないと、次を築けない。
“選ばれる”ことすら、構造に過ぎないのだから」
その言葉に、ルウェナはしばらく黙っていた。
けれど、ふと、私をまっすぐに見てこう言った。
「……なら、剣があなたを選ばなかったとしても――
私は、あなたに従います」
私はその視線を見返した。
「ありがとう。
でも、私自身は……選ばれるつもりでいるわ」
* * *
王宮の祭壇室。
イザベラは再び、剣に手を伸ばそうとしていた。
「前回は不十分だったのよ。
力の量が、恐怖が、まだ足りなかっただけ」
黒衣の礼装、黒曜の宝石、血の香り。
再契約のための準備は、徹底的に整えられていた。
だが、その前に立ちはだかる影がひとつ。
「……もう、おやめください」
誓約騎士アルドリック。
彼の声は、揺れていた。
「その剣は、もう陛下を選ばない。
これ以上、無理をなさっても――」
「黙りなさい!」
イザベラの声が、悲鳴にも似て響いた。
「なぜ……なぜ選ばれないの!?
私は、玉座の正妃よ。
王を支え、この国を統べているのは、この“私”よ!」
剣は、沈黙したまま、冷たい光を返す。
イザベラは膝をつき、震える手で剣を見つめた。
「お願いよ……もう一度だけでいい……私を、見て……」
だがその願いは、剣には届かない。
剣は、ただ静かに。
まるで誰か“別の者”を待っているように、鈍い銀の輪郭を揺らしていた。




