第15話「揺れる者たちの足音」
「……彼ら、思ったより動きが早いわね」
私はファランが持ち込んだ書簡の束に目を通しながら、静かに呟いた。
それらはすべて、“中立”を装っていた下級貴族たちからの“非公式の挨拶”だった。
書簡に書かれているのは、曖昧な文言。
“黒衣の令嬢”への感謝、“不安な時代”への共鳴、“理を弁じる影”への敬意――
直接の忠誠や協力の申し出はない。だが、それはつまり、
(――自分たちの“命綱”を探している、ということ)
「驚かれました?」
ファランが笑う。
「いいえ、予想の範囲内よ。
恐怖と不安に飲まれる者ほど、こちらに歩み寄る。
問題は、“どこまで引き込むか”だけ」
私はひとつ、手紙を手に取った。
レジアス家。
元は宮廷近衛に連なる古い家柄だが、今は地方勤務。
王都での発言力はほとんどないが、“古きしきたり”への未練は強いと聞く。
「この家の子息、確か……」
「近衛の訓練所に籍を置いております。王太子の式典にも参加する立場です」
「なら、逆に利用できる。
“王家に近い者”が“第三の影”に与するという構図は、絵になるもの」
「意図的に見せますか?」
「ええ。“裏切った”のではなく、“選んだ”のだと周囲に思わせるように」
私は書簡をそっと返した。
「人は揺れたときこそ、動きやすい。
だから、“揺れている者”ほど使いやすいのよ」
ファランは微笑みながら頷いた。
「――まるで、火種に空気を送るようですな」
「そう。“燃えやすい”者から燃やしていくのが一番効率的」
* * *
帝国監察官レイ・カシエルは、王都の資料保管室にひとり立っていた。
古い文書の山、整然と並べられた報告書。
そのどれもが、過去の王政と帝国との交渉を記録したものだった。
彼はひとつの項目に目を留めた。
『夜竜契約書 第五条補則──契約者が適格性を喪失した場合、
聖剣は次なる契約候補を自動選出する。』
(……つまり、“選ばれる者”は、最初から定められている)
そうだとすれば。
イザベラが“契約の座”にしがみつけばしがみつくほど、
次に“選ばれる誰か”は、より明確に浮かび上がってくる。
そして今、王都では“宰相”を名乗らぬ宰相が、
確実に支持と権力を積み上げている。
(それが偶然とは思えない)
彼は背筋を伸ばし、呟いた。
「――この国の裏には、“影の設計者”がいる」
* * *
「……なぜ、私は“選ばれない”の?」
イザベラは、誰もいない玉座の間で呟いた。
誰にも見せない顔。誰にも聞かせない声。
「私は、あれほど完璧に振る舞ってきた。
王の座を支え、民を従え、帝国とも手を結んだ。
なのに、なぜ……あの剣は応えない?」
返事はない。
だが彼女は知っている。
夜竜は見ている。
そして、沈黙という名の“返答”を彼女に突きつけていた。
「答えなさい……あなたが選ぶのは、私よ。
あの娘ではない。
私こそが、“この国”よ……!」
指先が震えていた。
それでも彼女は、それを“意志”と信じていた。
その強さこそが、彼女を王太子妃たらしめていた。




