第14話「断罪の始まりは静かに」
「――ガルスト家を潰すわ」
机の上に広げた帳簿と密書の束を一瞥しながら、私はそう言った。
「ただし、静かに。
誰にも気づかれないまま、“落ちた”と思わせるように」
「名誉剥奪と資産没収、ですね」
ルウェナの返答は淡々としていた。
「家の名は残して。跡取りは国外留学という名目で遠ざける。
資産は“借金の返済”として没収。名目は“病没による相続整理”」
「証人はどうしますか?」
「買収済みの文官がひとり、
もうひとりは……処理して構わないわ。誰にも惜しまれない人物なら」
「承知しました」
ルウェナはすでに動く準備を整えていた。
黒の外套を羽織り、無表情のまま、小さな封筒を懐に収める。
「……ねえ、ルウェナ。怖くないの?」
私は、思わず聞いた。
「あなたは、命令があれば、誰でも処理できる。
けれど、こうやって人の“人生そのもの”を奪うのは……」
「恐怖という感情は、私にとって“予測可能な結果”のひとつです。
驚きはあっても、戸惑いはありません」
「……そう。ならいいわ」
でも、それでも。
私は、あなたの中に“揺らぎ”があることを、知っている。
それを責めるつもりはない。
けれど、抱え込んで潰れてしまうなら――私は、あなたを選ばない。
「……“動かない”者を踏み台にするのは、気持ちがいいわけじゃないのよ」
「それでも、踏むのですね?」
「ええ。そうしないと、高く登れないもの」
私は立ち上がった。
「これは最初の一手。
派手に動かなくていい。
けれど、“地鳴り”のように確かに響かせるのよ」
* * *
夜が明ける直前、王都の官報にごく小さな告知が出た。
『南東区管轄貴族・ガルスト家、相続不備により爵位保留。
公務補佐権停止、外部資産の一部凍結措置あり。』
誰も大きく取り上げなかった。
けれど、一部の者たちは、それが“何かの始まり”だと気づいた。
そして、その報告を最後に、ひとりの文官が職を辞し、
翌日には国外へと姿を消した。
* * *
「……順調のようで何よりですな」
ファラン・グレイは、いつもの軽薄な笑みで帳簿を差し出してきた。
「資金も、人も、少しずつこちらへ流れ始めています。
不満を抱えていた下級貴族たち、商業組合、
そして“帝国との距離”に怯える文官たちも」
「金と情報。どちらも支配に必要な“血液”ね」
私はその帳簿に目を通しながら、無造作に指を滑らせた。
「恐怖は“刺激”でしかない。
人を動かすには、“期待”と“報酬”が必要」
「その期待に、見事応えていらっしゃる」
「……私は応えてなどいない。
ただ、“応えているように見せている”だけよ」
言いながら、私は口元にわずかな笑みを浮かべる。
「でも、そうね……これは、思ったより楽しいかもしれない」
ファランは、その笑みを見て目を細めた。
「――では、次の“遊戯”の準備も、整えておきましょうか」
* * *
王宮の奥、書簡室。
イザベラは、羊皮紙に封蝋を押していた。
「――再契約、無事完了。
夜の聖剣は、従来通り我が手に応え、
帝国との盟約に問題なし、と」
その文言には、何ひとつ真実はなかった。
だが、それが帝国に向けて発信される以上、
“事実”として処理されることになる。
「……あの剣が私を拒もうとも。
私は、王妃。契約者。
その地位だけは、誰にも渡さない」
指先に乗った封蝋が、わずかに震えていた。
それでも彼女は、封を閉じた。
それが、彼女にとっての“正しさ”だった。




