表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

第10話「契約の影は火種となりて」

「……夜竜信仰が、“再び”広がりつつあるようです」


ファラン商会からの報告に、私は思わず眉を寄せた。


「地下教会、路地裏の信徒、そして“黒衣の令嬢”を“夜竜の花嫁”と呼ぶ声まで」


報告書の文字は、丁寧に整っているというのに――その中身は、混沌そのものだった。


「信仰、ね……」


私は椅子にもたれ、書類を机の端に置いた。


“夜竜”は力を与え、“黒衣の令嬢”は秩序をもたらす。

そう言って、民が街角で語り合っているのだとファランは言った。


確かに、意図して流した噂が広がっている証でもある。

でも、これは危うい。


「私が、“神”にでもなったつもりだと?」


「……違いますか?」


ルウェナの声が、静かに落ちた。


私はそちらを向き、ゆっくりと首を横に振る。


「違うわ。私は“偶像”になるつもりはない。

私は、神ではなく“現実”よ」


「……けれど、民はエリス様を“救いの象徴”として見始めています」


「それが誤りだというの。

救いなんてもの、私の中にはない。

与えるのは“秩序”と“罰”、それだけよ」


私の声は、いつもより少しだけ尖っていた。


ルウェナは何も言わなかった。

ただ、ほんの一瞬だけまばたきをして、視線を落とした。


「……それでも、彼らは信じてしまうかもしれません。

“夜竜があなたを選んだ”という事実を、意味あるものとして」


私はその言葉に、無意識に指先を組んでいた。


夜竜――あの軽薄な笑みと、時折見せる底知れぬ沈黙。

彼が“何を望んで私を選んだのか”、私はいまだに知らない。


けれど、それを“神託”だと呼ぶ者が増えれば、

私の意志は“信仰”という皮で塗りつぶされる。


それが、怖い。


「拠点の周辺に、香を焚く者が現れました。

石に刻印を彫り、“宰相の花嫁”として祈りを捧げている者もいます」


「……排除して。形式は崇拝でも、実態は“暴徒”よ。

どれほど静かでも、“意志なき熱”は支配には不要」


「承知しました」


私は立ち上がった。

沈黙のなか、ルウェナが小さく呟く。


「……エリス様は、それでも“誰かに見られている”のだとしたら?」


私は振り返らずに答えた。


「それならその誰かに、はっきり知らしめてやるわ。

私は、偶像ではなく――宰相だと」


* * *


イザベラは、礼装の裾を長く引きずりながら階段を降りていた。


その奥には、王家でも限られた者しか知らぬ祭壇室。

かつて夜竜との契約を行い、“夜の聖剣”を召喚した場所だった。


「民は、もうこちらを見ていない。

だからこそ、“血”でつなぎ直す必要があるのよ」


後ろを歩く魔術師長、メルセデが首をかしげる。


「陛下……まさか、民の生贄を?」


「夜竜は力を好む。そして恐怖を糧とする。

その契約を“揺るがぬもの”にするには、儀式が必要なの」


「ですが、帝国の目があります」


「だからこそ。帝国がこの国を見限る前に、

夜竜との“絆”を証明しなければならない」


階下に降り立つと、祭壇にはすでに血を吸い込んだ黒布が敷かれていた。

封じられた剣の影が、淡くゆらめく。


「来なさい。私こそが、あなたを手にする者。

“あの娘”ではない。選ばれるのは、私――イザベラ・アヴェルシアよ」


その言葉に応じるように、剣の影がわずかに蠢く。


けれど、そこには明らかな“拒絶”の気配があった。


それをイザベラだけが、まだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ