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先生、謁見する

 武断(ぶだん)王、(つるぎ)道楽。

 無類の剣士にして、常勝の将。

 自ら立ち上げた傭兵団を母体とする騎士団、その力を背景に王権を盤石たるものとした王――ガイウス七世。

 文字通りに血濡れの玉座へ着いた王も、四半世紀近くに及ぶ在位の間にずいぶんと角が取れたと言われている。

 しかしその髪に白いものが目立ちはじめた今でも眼光は鋭く、体に余分な肉はほとんどついていなかった。

「そちがミランシャの師か」

「はい……」

 そんな現王の前へと引きずり出さ(つれてこら)れた先生は、大変に肩身が狭い様子で頷いた。

 王の権威からすればこじんまりとした応接室には、槍の姫と呼ばれる彼の弟子と王の兵たちもいたが、席についているのは二人の男だけである。

「思っていたよりもずいぶんと若い」

「は……」

 どうしてこんなことにと先生が絶望的な雰囲気をただよわせる一方で、彼をこの場に連れてきた愛弟子(ミランシャ)はどこか得意気であった。

 彼女にとって「自慢の師」という立ち位置が完全になくなったわけではなさそうなのはこの場合いいのやら悪いのやら。

「まぁそう固くなるな。うわさに聞く『北の隠者』を個人的に見てみたくなっただけの話よ、取って食おうというわけではない」

「いえ、自分はそれほど大したものでは……」

 先生の謙遜(けんそん)をつまらなそうに一笑し、ガイウスは言った。

「今も昔も、オレを前に気負わずにいられるものは多くないが、それもそちにとっては大したことではないのだろうな」

 先生が居心地が悪そうにしているのは事実。

 だがそもそれを隠そうともしないのは豪胆さの証明以外のなにものでもない。

「はぁ……」

 とそんな気の抜けた相槌とともに頭を掻く先生は、それを指摘されてもなお改めようという様子はなかった。

 いざとなれば何とでも逃げおおせてみせる――少しでも武に通じたものならそんな気分でいるのが察せられる態度である。

「ところで隠者殿。聞けばなにやら長く愛用している短剣があるそうだが――見せてもらっても良いか?」

「もちろん。お望みでしたら……」

 入室にあたって剣を預けた弟子に視線を向ける。

「こちらです」

 彼女から兵へ、そして王へと短剣が渡る。

「ふむ……」

 年季の入った鞘は、色あせこそしていたものの作りのしっかりした上等な品であるのは見てとれた。

 刃渡りは王の手首から肘ほどまでの長さの、もろ刃の短剣である。

 曇りのない刃を見て頷くとガイウスは鞘に納めて卓へと置いた。

「良い品だ、大事に使っている」

「ええ、重宝しています」

「これをどこで?」

「人からの頂き物です。もう二十年ほど前になりますか、自分が小僧のころに少し騒動に巻き込まれまして」

「クォルンの森か」

「――ええ、そうです」

 あれ、話したことあったっけ? と先生は弟子をちらりと振り返る。

 娘はニコニコと笑顔で頷いていた。

 ほな話してたか……とすぐに王へと視線を戻す。

「陛下が即位なさってまだ数年、都から遠い地はまぁその、ご存じの通りで」

「あぁ、苦労していたころだ。連中も王になれば大人しくするだろうと思っていたのだがな……今となっては懐かしくもある」

 ミランシャや若い兵たちはまだ生まれて間もないころである。

「それでまぁ、クォルンで不埒者殿に囲まれている若い貴族の方に加勢する機会がありまして、まぁ大した働きはできませんでしたが」

「――ほう」

「そちらが義理堅い方でして、褒美にこの短剣を頂きました次第ですね」

「ふむ、だがこれほどの剣を渡したのだ。そちを召し抱えようという話があってもおかしくはないと思うが」

「ええ、なんとなくそのようなことをおっしゃてたように思いますが、お断りしました。見ての通り不調法者ですので」

「なるほど」

 ふぅぅぅ、と長く息を吐き、ガイウスが深く椅子に腰かけなおす。

「陛下には面白い話ではございませんでしたか」

 もうちょっと盛った方が良かっただろうか、と考えつつ先生が問うと、王は重々しく首を横に振った。

「いやなに、オレも以前に似たような経験をしたことがあってな。視察の途中、部下と分断された上、敵は手練れの騎士が十騎。もはやこれまでかと覚悟した」

「それはなんと、よくご無事で」

「オレはほとんど何もしていない。森で猟師然とした姿の小僧に助けられてな、一騎を射落としたそやつが、奪った馬で逃げろと言うのに甘えてあとを任せた」

「――それもまた、勇敢な決断です」

 ガイウスによってもたらされたその後の平和を思えば、誰もその決断を責めることはできまい。

 命の重さには違いがある、乱れた時代の強き王となればなおさらだ。

 だがもちろん、当人がそう開き直れるかは別の話である。

「フン。それでせめての土産にと小僧に短剣をくれてやったのだ。『必ず功に報いる、返しに来い』と言い添えてな――その返しが傑作だった」

「なんといったので?」

「『行けたら行く』よ、果たして状況を理解していたのやら」

「豪胆なことで。その御仁は結局……?」

「部下を連れて引き返したときには、誰も残っていなかった。騎士と馬の死体が三つ増えていた以外はな」

「そうですか……」

 ガイウスは手を組み、過去に思いを馳せるように目を閉じた。

 武断王と呼ばれた男にも、老いは平等に訪れる。

 昔日の後悔は年を重ねるごとに彼の肩に重くのしかかっているのかもしれない。

「まぁそれほど豪胆な御仁であれば案外逃げおおせて安穏と暮らしているのでは?」

 ぺらっぺらの先生の気休めに、しかしガイウスは気を悪くするふうでもなく頷いた。

「ああ、そうだな。そのとおりよ」

 椅子の背に預けていた身を起こし、前のめりになって王は続ける。

「なにせオレの顔もなにもかも忘れているのだからな――なぁ、小僧?」

「――え?」

「何か考えがあってのことかとも思ったが、よもやオレを目の前にしてのんびり剣の来歴を語ってくれようとは思わなかったぞ」

「あっ」

 ここに来てようやく先生は悟った。

 短剣の元の主の素性と、自分が今日何のために呼ばれたのか――

「は、ハメられた――!」

 先生の悲鳴にとガイウスの男くさい顔がニイと笑みを作る。

 さながら獲物を捕らえた獣のごとき表情だった。

「立会いの司祭を呼べッ! 騎士叙勲式(アコレード)だッ! こやつに我が『一の騎士(プルミエール)』の名を与える!」

「はッ!」

「ああああ――! 騎士号……! 社会的責任、恩と奉公……!」

 にわかに騒がしくなる部屋で一人、先生が絶望の声を上げた。

 頭を抱えながら王に訴える。

「ちゃ、ちゃんと私はあのとき『行けたら』って断りました! 『行けたら』って断りましたよ!!」

「やかましいッ! そんな断り文句があるか! オレがどれだけ貴様を探したと思っている! ここで会ったが運の尽きよ! 騎士号だけではなく、貴様の隠棲先も領地として与えてくれるわッ!」

「み、ミランシャっ!? これ横暴だよね! 先生悪くないよね!」

「いいえ、先生が悪いです。陛下、どうぞお心のままに――あ、ですが世話は嫁以外でお願いしますね」

「あああああああぁぁ――――!」

「わかっておる。だがお前も欲しくば自分で勝ち取るのだな」

「もちろんです」

「やっ、ヤダ―――ー! 人違い、人違いです! なにかの間違いだよコレ!」

 儀式の準備が着々と進む中、先生は最後まで見苦しく騒いでいた。


 ――ガイウス歴二十四年。

 書には即位以来不在だった王の「一の騎士」が任じられたとされている。

 しかし不思議なことにその名前は歴史に残っていない。

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