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同胞との出会い〔いつものように水売りをしていると、日本から来たという商人に声をかけられた。彼はアイテムボックスの秘密を見抜き、一緒に商売をしないかとの誘いを掛けてきた…〕

水売りを始めて一か月が経った。最初は少なかった水差しとコップも、売り上げの増加に伴って数を増やし、今では一日で百杯ほど売れるようになった。

「今日も暑いなあ…」

市場の露店に腰掛けながら、俺は額の汗を手で拭った。太陽は容赦なく照りつけ、人々は喉の渇きを癒すために次々と俺の店に足を運ぶ。

「お兄さん、冷たい水を一杯ちょうだい!」

「はい、ありがとうございます。青銅貨五枚になります」

慣れた手つきで水差しから冷たい水をコップに注ぎ、客に手渡す。客は一口飲むと満足げに微笑んだ。

「本当に冷たくて美味しいわ! また来るわね!」

「お待ちしております」

客が去っていくのを見送りながら、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。一日の売上は銀貨五枚にもなり、たまにコップを割られてしまうことはあるが、宿代や食費、その他の雑費を払っても十分に余裕がある生活ができるようになった。

最近では、熱中症対策として岩塩のかけらをおまけで付けるようにしている。これも客に喜ばれている。

「お兄さん、この岩塩って何にいいの?」

若い男性客が不思議そうに岩塩を見つめて尋ねてきた。

「汗をかいたときに塩分を補給すると、体に良いんです。暑さで倒れることも少なくなりますよ」

「へえ、そうなんだ。知らなかったよ」

こちらの人々は、汗をかくと塩辛いものを食べたくなるという感覚はあるものの、それが熱中症対策になるという知識はなかったようで、最初は説明が大変だった。しかし、少しずつ理解してもらえるようになり、岩塩も評判が良い。


* * *


そんなある日、いつものように商売をしていると、一人の中年男性が俺の店に近づいてきた。彼は黒髪でやや平たい顔立ちをしており、この辺りではあまり見かけない風貌だ。

(これはどう見ても日本人、もしくはアジア系の顔立ちだな)

心の中でそう思いながら、どう接するべきか考えていた。そのとき、彼が話しかけてきた。

「タクマさん、ですね。タクマさんは日本の方ですか?」

驚きと共に、俺は彼の顔を見つめた。

「私も日本から来たんです」

彼は穏やかな笑みを浮かべている。

「えっ、本当ですか?」

思わず日本語で返してしまった。

「ええ、あなたの名前を聞いて、日本人ではないかと思いまして。それにスーツを着て歩いているところも見かけましたので」

もうこうなれば隠しようはない。

「警戒される気持ちは分かりますが、何も取って食おうというわけではありません。私は山本純一郎、日本人です。ここでは単にジュンという名で通っています」

彼は丁寧に頭を下げた。

「そうですか… 俺は世良琢磨です。こちらではタクマと呼ばれています」

俺も挨拶を返す。

「お会いできて嬉しいです、タクマさん」

ジュンは少し顔を近づけ、声を落として続けた。

「私はビル工事の鉄骨が落ちてきて死にそうになった次の瞬間、この世界に放り出されました。同じ日本人同士、協力できればと思いまして」

彼の話に、俺は共感を覚えた。自分も似たような状況でこの世界に来たのだ。

「そうだったんですね… 実は、俺も似たようなものです」

トラックに轢かれそうになり、その次の瞬間にはこの世界に来たことを打ち明ける。

「そうですか。やはりそうでしたか」

ジュンは安心したように微笑んだ。


「実は、観察させていただきましたが、タクマさんはアイテムボックス、それも時間停止か温度保持あたりが付いた能力をお持ちですね?」

その言葉に、俺は一瞬息を呑んだ。

「な、何のことですか?」

動揺を隠せずにいると、ジュンは手を軽く振った。

「いえいえ。そんなに警戒しないでください。他に漏らしたりするようなことは致しません。その能力を見込んで一緒に商売したいのですよ」

「商売、ですか?」

「ええ。私はこの町で十年近く商売をして、それなりの商人として名が通っています。何か悪さをしようとするより、あなたを仲間に入れて利益を分かち合う方がメリットが大きいのです」

彼の言葉には説得力があった。しかし、俺はまだ彼を完全には信用できない。

「でも、どうして俺なんですか? 他にも商売相手はいるのでは?」

「同じ日本人同士、助け合えるのが一番ではありませんか。それに、タクマさんの能力は特別です。それを活かせば、もっと大きなビジネスができますよ」

ジュンの目は真剣だった。

(この人は本気で言っているのか…?)

俺を騙そうとしているのではないか。そんな疑念が頭をよぎる。それを察したのか、ジュンは続けた。

「市場や組合の人たちに聞いてみれば、私が信頼できることが分かっていただけると思います。今日はご挨拶ということで、また後日改めて」

彼は一枚の証書を懐から取り出し、手のひらに載せた。

「そうそう、私どもの商会では組合と同じように証書を発行していまして。一枚差し上げますので、他の人に見てもらってください」

ジュンは証書に力を込めると、一瞬まばゆい光が放たれた。どうやら魔力を込めたようだ。

「これは…?」

「商会の証書です。詳しくは信頼できる方にお尋ねください。それでは、失礼いたします」

そう言って、ジュンは去って行った。

彼の背中を見送りながら、俺は証書を手に取り、じっと見つめた。

(協力するにしろしないにしろ、まずはジュンについての情報を集める必要があるな)

こういうとき、頼れるのはリナだ。俺はさっさと店じまいをすると、彼女の店へと足を運んだ。


* * *


「タクマさん、いらっしゃい! 今日は何か用?」

リナは明るい笑顔で迎えてくれた。

「ちょっと相談があって」

「相談? 何でも言って」

俺はジュンから誘われたことを話し、証書を見せた。

「えっ、あんた、ジュンを知らないの?」

リナは目を丸くした。

「いや、名前は初めて聞いたんだけど… 有名な人なのかい?」

「もちろんよ! 彼はこの町じゃ一、二を争うヤマモトヤ商会の会頭よ。うちもあんな大商会と取引してみたいものだね」

リナの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

「そんなに有名な人だったのか…」

「それで、この証書を渡されたの?」

「うん。商売に誘われてね。これを他の人に見てもらってって」

リナは証書を手に取り、じっくりと眺めた。

「これは商会が発行する証書で、商会に持っていくと一月後に銀貨十枚が支払われることが約束されているの。組合の証書と同じね」

「そうなんだ」

「信頼度から言えば組合の証書の方が上だけど、この町ならそれに次ぐくらいの信頼度があるわ。しかもこれ、会頭自らの魔術印が付いているじゃない!」

「魔術印?」

「そう。魔術印っていうのは、個人が証書に押して保証したり、契約書に押したりするもの。有名な魔術印はみんな知ってるわ。でも、ジュンほどの商人が自ら銀貨十枚程度の証書に押すなんて、普通はあり得ないわ。一体どうしたの?」

リナは興味津々といった表情でこちらを見つめる。

「さっき露店で声をかけられて、商売に誘われたんだ。アイテムボックスのことも見抜かれててね」

「それはすごいじゃない! 滅多にないチャンスなんだから、絶対に誘いに乗るべきよ!」

リナの勢いに、俺は少し押され気味だった。

「でも、急な話だし、彼をどこまで信用していいのか…」

「ジュンとヤマモトヤ商会はこの町の人なら誰でも知ってるくらいだし、信頼できるわ。彼と組めば、あなたの商売ももっと大きくなるはず」

リナの言葉には説得力があった。

(ジュンの言っていること、少なくとも嘘ではなさそうだな)

「ありがとう、リナ。少し考えてみるよ」

「うん、何かあったらいつでも相談してね!」

リナに礼を言い、俺は宿へと戻った。


* * *


部屋に戻り、ベッドに腰を下ろすと、深いため息が漏れた。

(これは千載一遇のチャンスかもしれない)

今のままだと、アイテムボックスが特殊であることがバレるのは時間の問題だろうし、そうなれば身に危険が及ぶ可能性もある。

(ジュンの庇護の下にあれば、その心配も減るだろうし、何より安定した商売ができそうだ)

心の中で思考を巡らせながら、窓の外を見る。夕日がオレンジ色に染まり、町並みを静かに照らしている。

「次にジュンが来たとき、一緒に商売をしても良いと伝えるか… いや、彼はこの町の有力商人だ。そんな強気で言って良いのか? とはいえ俺のアイテムボックスを相当評価しているから強気に出るくらいが良いのか」

そう考えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。心地よい疲れが体を包み込み、眠りへと誘っていく。

(今後どうなるか分からないけど、これからの未来が良い方向に進みますように)

そんな願いを胸に、俺は深い眠りに落ちていった。

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