アイテムボックス〔アイテムボックスを活用するためには容量を確かめる必要がある。そう考えて検証を始めたタクマだが。自分のものは普通では無いことに気づく…〕
朝日が窓から差し込み、タクマはゆっくりと目を覚ました。柔らかなベッドの感触と、遠くから聞こえる街の喧騒が心地よい。木造の天井を見上げながら、深呼吸をひとつ。
「今日もいい天気だな」
昨日の出来事を思い出しつつ、彼はベッドから起き上がった。異世界に来てからまだ数日しか経っていないが、当面の生活は何とかなるだろうというところまで来た。リズやガルド一家、そして宿屋のキールとの出会い、そして塩と胡椒のお使いを頼んできた叔母さんに感謝しながら、これからの計画を練る。
「アイテムボックスを使って、何か稼ぐ方法を見つけないとな」
自分の持つアイテムボックスの能力について思いを巡らせる。商業組合で聞いた話では、アイテムボックスの能力を持つ者は千人に一人程度で、その容量も大きな鞄程度が普通らしい。かなり大きくても木箱くらいだとか。
「アイテムボックスの容量がどれくらいあるのか、確かめてみる必要があるな」
そう考え、まずは身支度を整えた。昨日の長い歩きで汗をかいてしまったため、シャツだけでも着替えたいところだが、まだ他に服は持っていない。
「早く新しい服を買わないと。スーツじゃ目立つし、動きにくいしな」
鏡を見ながらネクタイを締めていた手を止めた。
「別にネクタイは必要ないよな」
ネクタイを外し、上着を脱いでシャツだけのラフなスタイルに変えてみた。
「これならあまり目立たないかな?」
そう思いながら、一階に降りて朝食を取ることにした。
宿屋の食堂には、すでに何人かの宿泊客がテーブルを囲んでいる。賑やかな雰囲気が漂い、活気に満ちている。
「おはようございます」
店主のキールに挨拶をした。
「タクマ、昨夜はよく眠れたかい?」
キールはにこやかに答えた。
「はい、おかげさまでぐっすりと。朝食をお願いできますか?」
「もちろんだ。今日は焼きたてのパンと野菜のスープがあるよ」
キールは手際よく注文を受け、厨房に声をかけた。しばらくして、テーブルには焼きたてのパンと湯気の立つスープ、そして彩り豊かなサラダが並べられた。
「わあ、美味しそうですね」
タクマは感嘆の声を上げた。パンは香ばしい香りを放ち、スープからは野菜の旨みが漂ってくる。
「いただきます」
一口パンをかじると、外はカリッと中はふんわりと柔らかい。小麦の甘さが口の中に広がる。スープは野菜の甘みとコクがしっかりと感じられ、サラダも新鮮でシャキシャキとしている。
「本当に美味しいです。キールさんの料理は最高ですね」
心からの感想を述べた。
「そう言ってもらえると嬉しいね。うちの料理はこの街でも評判なんだ。ずっと泊まってくれれば毎日食べられるぜ」
キールは誇らしげに胸を張った。
「それは魅力的ですね。しばらくお世話になります」
食事を終えた後、食堂の窓から外の様子を眺めた。人々が行き交い、商人たちが元気な声で客を呼び込んでいる。
「今日は街を少し散策してみようかな」
そう思い立ち、席を立った。
「行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
キールに見送られ、宿屋を後にした。
* * *
外に出ると、爽やかな風が頬をなでた。太陽はまだ高くなく、過ごしやすい気温だ。
「まずはアイテムボックスの容量を確認するために、岩や石を集められる場所を探そう」
しかし、ふと立ち止まった。
「そういえば、この街の周辺の地理なんて全然知らないんだった」
困ったなと思いながら通りを歩いていると、雑貨屋が目に入った。店先には陶器や小物が並べられており、店番をしているのは小柄な女の子だ。彼女は髪をツインテールにまとめ、大きな瞳が印象的だ。
「すみません、ちょっとお尋ねしてもいいですか?」
俺は彼女に声をかけた。
「ん? 何か用?」
女の子は興味なさげに顔を上げた。
「この街の近くで、岩がたくさんあるような場所を知りませんか?」
「岩? なんでそんなとこ行きたいの?」
彼女は不思議そうに首をかしげた。
「えっと、ちょっと調べたいことがありまして」
「ふーん、まあいいけど。昨日入った門から出て東にしばらく行くと、岩山があるわよ」
「ありがとうございます。助かりました」
そこで彼女の視線を感じる。
「ねえ、お兄さん。その格好、珍しいね」
「ああ、これは故郷の服装でして」
「へえ、変わってるね。ところで、案内したんだから何か買っていってよね」
彼女はにっこりと笑った。
「あ、そうですよね」
何が良いかなと店先の商品を見渡した。陶器のコップや皿、小さな置物などが並べられている。
「じゃあ、このコップを一ついただけますか?」
「まいどあり。青銅貨二十枚ね」
財布から青銅貨を取り出し、代金を支払った。
「私の名前はリナ。いつもここで店番しているから、必要なものがあったらまた買ってね」
「そうするよ」
コップを大切にバッグにしまい、門の方へと向かった。
「さて、東に向かって歩けばいいんだな」
街の門を出ると、広大な草原が広がっていた。風が草を揺らし、遠くには森や小高い丘が見える。鳥のさえずりが心地よく、自然の美しさに心が洗われるようだ。
「天気もいいし、散歩にはちょうどいいかも」
足取り軽く歩き始めた。しかし、太陽が昇るにつれて気温はどんどん上がっていく。
「帽子を買っておけばよかったな… 上着を置いてきたのは正解だったか」
汗が額ににじみ、手で拭った。
「でも、せっかく来たんだ。頑張って歩こう」
途中、道端に咲く花に目を留めたり、遠くの山々を眺めたりしながら、小一時間歩き続けた。
「やっと着いたかな?」
前方に岩山が見えてきた。大小さまざまな岩がゴロゴロと転がり、独特の風景を作り出している。
「おお、なかなか壮観だな」
感嘆の声を上げた。
「早速、アイテムボックスの容量を試してみよう」
まずは近くの小さな石を手に取り、アイテムボックスに入れる。
「うん、問題なく入るな」
次に、もう少し大きな石を試してみる。
「これも大丈夫か。じゃあ、もっと大きいのはどうだ?」
一人でなんとか持ち上げられるくらいの大石を抱え、アイテムボックスに収納する。
「お、入った入った。これは便利だな」
さらに試しに、触れずに念じて岩を入れてみる。
「お、これもできるのか。すごいな」
コツをつかんだ後は、次々と岩をアイテムボックスに収納していく。自動車くらいのサイズの巨岩にも挑戦してみる。
「さあ、どうかな… 入った!」
興奮を抑えきれず、声を上げた。
「これ、無限に入るんじゃないか?」
数十個の巨岩を入れたところで、ふと冷静になった。
「待てよ、こんな大容量のアイテムボックスなんて、他にはいないんじゃないか?」
商業組合で聞いた話を思い出す。
「千人に一人がアイテムボックスを持っていて、その容量は大きくても木箱程度… 俺のは明らかにそれを超えている」
自分の能力がいかに特異かを実感し、少し不安になる。
「これが知られたら、面倒なことになるかもしれないな。あまり人に話さない方がいいだろう」
彼は入れた岩を一か所にまとめて放出した。
「これで元通り… とはいかないか」
岩山の風景が少し変わってしまったが、仕方ない。
とりあえず、アイテムボックスの容量は無限か、実用上はそれに近いだろうことが分かった。これをバレないよううまく使って、大儲け… まではいかなくても、それなりの生活ができるようにしていこう。
「そういえば喉が渇いてきたな」
アイテムボックスの検証に夢中になっていたが、喉の渇きに気づく。そういえば、近くに川が流れていたな。彼は川のせせらぎに耳を傾けながら、先ほど買ったコップを取り出した。澄んだ水が流れ、冷たそうだ。
「いただきます」
コップに水を汲み、一口飲む。冷たくて美味しい。
「生き返るなあ」
満足げに微笑んだ。
「後で飲むために、水を持ち帰ろう」
コップに水を入れたまま、アイテムボックスにしまう。
「さて、そろそろ戻ろうか」
そのまま立ち上がり、街への道を歩き始めた。帰り道、思いを巡らす中はふと考えた。
「この服装と革靴で長時間歩くのはやっぱりきついな。早く新しい服を買わないと」
太陽は真上に昇り、気温はさらに上がっている。汗が背中を伝い、少し疲れを感じ始めた。
「でも、今日は有意義な発見があったから良しとしよう」
ポジティブに考え、足を進めた。
街に戻ると、通りはますます賑わっていた。商人たちの呼び声や、人々の笑い声が響く。そんな中、チラチラとした視線を感じる。
「やっぱりこの格好は目立つな」
自分のスーツ姿を見下ろした。
「明日は服屋に行って、目立たない服を買おう」
* * *
宿屋に戻り部屋に入ると、涼しい風が彼を迎えた。ここは風通しが良く、なるほど「ちょっと良い部屋」とはこういうことかと納得する。
「ふう、やっと一息つける」
ベッドに腰掛け、アイテムボックスからコップを取り出して水を一口飲むと、驚いた。
「冷たい…!」
俺は目を見開いた。
「さっき汲んだときと同じ冷たさだ」
不思議に思い、アイテムボックスについて聞いた話を思い出した。
「確か、アイテムボックスは収納するだけの機能で、生鮮食品も日持ちするわけじゃないって言ってたな。でも、俺のは時間が止まっているのか?」
検証するために、スマホを取り出した。
「電源は切っておいたから、バッテリーは十分あるはず」
電源を入れ、時刻を確認する。
「じゃあ、このままアイテムボックスに入れて…」
数分待ってから取り出してみた。
「時刻がそのままだ。やっぱり時間が止まっている!」
彼は興奮を抑えきれず、立ち上がった。
「これは大発見だ。時間が止まるアイテムボックスなんて、聞いたことがない」
しかし、同時に不安も感じた。
「こんな特別な能力があるなんて知られたら、絶対に狙われる。何としても隠し通さなければ」
身震いしつつ、深呼吸をして心を落ち着かせた。
「でも、この能力をうまく使えば、商売に大いに活用できるかもしれない」
「生鮮食品を長期間保存できるなら、遠くの街や国へ新鮮なまま運ぶことができる。これは大きなビジネスチャンスだ」
胸は期待で高鳴った。
「でも、慎重に計画を立てないと。信頼できる人を見つけて協力してもらおう」
そう考えると、少し疲れを感じた。
「今日は色々あったし、休もう」
そのままベッドに横になり、目を閉じた。
* * *
一方、岩山の近くでは騒ぎが起きていた。
「おい、見ろよ! 岩が大量に移動してる!」
「こんなことあり得ない! 何かの前兆か?」
近隣の村人たちは、岩山の風景が突然変わったことに驚き、口々に噂をしていた。
「魔物の仕業かもしれないぞ!」
「領主様に知らせなければ!」
その情報は瞬く間に広がり、一部では大騒ぎになっていた。
* * *
翌朝、鳥のさえずりで目を覚ました。窓の外を見ると、澄んだ青空が広がっている。
「今日もいい天気だ」
ベッドから起き上がり、身支度を整えた。
「今日は服を買いに行こう。それから、商売の計画を立てないと」
新たな一日に胸を躍らせつつ階下に降りると、キールが笑顔で迎えてくれた。
「タクマ、今日は早いな」
「おはようございます。今日は色々とやりたいことがあって」
「そうか、朝食は用意してあるから、ゆっくり食べていってくれ」
「ありがとうございます」
テーブルにつき、温かいパンとスープを食べ始める。
「そういえば、昨日街で大きな噂が流れていたよ」
キールが話しかけてきた。
「噂ですか?」
「東の岩山で、岩が大量に移動していたらしいんだ。魔物の仕業だとか、神の怒りだとか、みんな大騒ぎさ」
一瞬ドキッとしたが、平静を装った。
「へえ、そんなことがあったんですね」
「まあ、噂話だから本当かどうかはわからないけどな」
キールは笑って肩をすくめた。
「そうですね。でも、何事もないといいですね」
「そうだな。ところで、今日は何をするんだい?」
「今日は服を買いに行こうと思ってます。この格好じゃ目立ちますし」
「確かにな。その服は珍しいからな。街の中央広場にいい服屋があるから、行ってみるといい」
「ありがとうございます。行ってみますね」
食事を終えた後、キールに礼を言って宿を出た。
* * *
「さて、まずは服屋だな」
彼は街の中央広場へと向かった。
道中、周囲の人々の会話に耳を傾けた。やはり岩山の噂で持ちきりのようだ。
「本当に魔物が出たのかしら?」
「いや、きっと自然現象だろう」
様々な憶測が飛び交っている。
「早く服を買って目立たないようにしよう」
足を速めて広場に向かった。
広場に到着すると、色とりどりの衣服が並ぶ店が目に入った。店主は明るい笑顔の女性で、客に熱心に商品を勧めている。
「いらっしゃいませ! 今日は何をお探しですか?」
店に入ると、すぐに声を掛けられる。
「えっと、普段着として着られる服を探しています。遠い国から来たので、今の服装はちょっと目立ってしまうんです。あまり派手ではない普通の服を一揃い、靴と鞄、あと帽子もお願いします」
「少々お待ちください… それならこちらはいかがでしょうか?」
彼女は一揃いの服を持って来た。街中でよく見かける感じのもので、これなら悪目立ちすることはないだろう。
「なかなかいいですね。試着してもいいですか?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
俺は試着室で服を着替えてみた。動きやすく、素材も肌触りがいい。靴と帽子もぴったりだ。
「お似合いですよ!」
たぶん誰にでも言っているのだろうが、褒められるというのは嬉しいものだ。
「それじゃあこれにします。あと、下着も含めて何着か同じように選んでください」
「ありがとうございます!」
ここからは買った服を着ていった方がいいだろう。
彼は代金を支払い、スーツと残りの服をアイテムボックスにしまった。
「これで少しは街に馴染めるかな」
鏡に映る自分の姿を見て微笑む。
「さて、次は商売の計画を立てよう」
心を新たに、街の喧騒の中へと歩き出した。