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商業組合〔先立つものが無く困っていると、手持ちの塩と胡椒を売却することを提案される。タクマは買い取りを依頼するため、商業組合を訪れる…〕

朝の陽射しが窓から差し込み、タクマはゆっくりと目を覚ました。木造の天井を見上げ、ここが異世界であることを再確認する。

「本当に異世界になんだよな…」

この一週間はガルド一家の農作業の手伝いをしつつ、夜にはこの世界の常識を教わったりしつつ過ごしていた。こちらの世界が日常になりつつあるが、それでも実感が湧かない。


ずっと厄介になるわけにもいかないし自立して過ごして行く必要があるなと、これからの生活について考えているとリズの元気な声が聞こえてきた。

「おはよう、タクマさん!」

タクマは服装を整え、階段を降りる。

「おはよう、リズさん。早いですね」

「今日は町に行くって約束したでしょ? 早く行きましょう!」

彼女の笑顔に、タクマもつられて微笑む。

「それじゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな」

朝食を済ませた後、二人は町へ向かうために村を出発した。


* * *


村を出て森の中を進む道は、穏やかな景色が続いていた。鳥のさえずりや風の音が心地よい。

「タクマさん、森は初めて?」

「うん、こうして歩くのは初めてかもしれない。自然がこんなに美しいなんて思わなかったよ」

「嬉しいな。私、この森が大好きなの」

二人は他愛のない話をしながら歩き続けた。

「そういえば、リズさんは町に何か用事があるの?」

「ええ、少し買い物があってね。それに、タクマさんに町を案内したかったの」

「ありがとう。君が一緒だと心強いよ」


* * *


森を抜けると、遠くに城壁のない町が見えてきた。石造りの建物が立ち並び、人々の活気が感じられる。

「着いたわ。ここがフィレン町よ」

「思ったより大きな町だね。人も多いし、賑やかだ」

タクマは感心しながら言った。

「商業が盛んな町なの。このあたりの商品はまずこの町に集まるから、いろんなお店があるわよ」

町の入り口には門があるものの、衛兵らしき人は見当たらない。

「入るのに審査とかはないのかな?」

「審査? 何それ?」

「あ、いや、気にしないで」

タクマはごまかしながら、町の中に足を踏み入れた。ラノベだと町に入るには身分証やら審査で一悶着あるのだが、その心配は杞憂だった。


石畳の道を行き交う人々の喧騒、屋台から漂う食べ物の香り、馬車の音――すべてが新鮮だった。

まるで中世の世界みたいだ。あたりを珍しげに見回していたのせいかリズに言われる。

「タクマ、そんなにキョロキョロしているとお上りさんと思われるわ」

「俺は気にしないけど、目立つのも良くないな」

「そうそう。お上りさんを目当てに近づいてくる悪いヤツらもいるからね」

「気をつけるよ。それじゃ、少し町を見て回ってもいいかな?」

「もちろん! 一緒に行きましょう」

二人は市場の方へと歩き出した。店先には果物や野菜、手工芸品などが所狭しと並んでいる。

「お兄さん、見ていかないかい?」

商人が声をかけてくる。タクマは立ち止まり、商品の一つを手に取った。

「これは何ですか?」

「それはアルマの実だよ。甘くて美味しいんだ」

「へぇ、初めて見たな」

タクマは興味津々で実を眺める。

「買ってみる?」

リズが尋ねる。

「そうだね…あ」

彼は財布を取り出し、中を覗く。しかし、日本円しか入っていない。

「どうしたの?」

「いや、こっちのお金を持っていなくて…」

困った表情を浮かべるタクマに、リズは微笑んだ。

「大丈夫よ。今日は私がご馳走するわ」

「でも、それは悪いよ」

「気にしないで。お礼に何かしてくれたらいいから」

「ありがとう、助かるよ」

リズは商人に代金を支払い、アルマの実を二つ受け取った。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

タクマは一口かじってみる。甘酸っぱくて爽やかな味わいが口に広がる。

「美味しい!」

「でしょ?」

二人は笑い合った。


* * *


市場を回り終え、本屋に立ち寄った後、タクマはリズに相談を持ちかけた。

「リズ、実はお願いがあるんだけど」

「何かしら?」

「生活するためのお金を稼ぎたいんだけど、何か方法はないかな?」

「そうねぇ… タクマさんは何か得意なことはある?」

「料理は少し自信があるけど、すぐに仕事にできるかはわからない」

彼は考え込んだ。

「タクマ、国から持って来たもので何か売れそうなものはある? 何をやるにもまず元手が必要だわ」

「そういえば、塩と胡椒を持って来ているんだ」

アイテムボックスから取り出してみせる。

「そんなにたくさん!」

「うん、元々は知り合いに渡すために持っていたんだけどね」

「それなら、売ってみたらどうかしら? 特に胡椒は高価だから、いいお金になると思うわ」

「でも、どこで売ればいいのかな?」

「商業組合に行けば買い取ってもらえるわよ。手数料はかかるけど、安心できるわ」

「それは助かる。案内してもらえるかな?」

「もちろん! こっちよ」

二人は商業組合の建物へと向かった。


* * *


商業組合の建物はその権威と歴史を感じさせる大きく立派な造りをしていた。さすが商人が集まる場所だ。活気に溢れ、多くの商人らしき男たちが出入りしている。

タクマはその雰囲気に圧倒されながらも、リズと共に中へ入った。

「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」

受付の女性が微笑みかけてくる。

「こちらの方が、商品を買い取ってもらいたいそうです」

リズが代わりに答えてくれる。

「承知しました。では、こちらへどうぞ」

案内された部屋に入り、タクマはカウンターの前に立った。

「それでは、お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

担当者が丁寧に尋ねてくる。

「はい、セラ・タクマと申します。セラが苗字で、タクマが名前です」

タクマがフルネームを名乗ると、担当者は一瞬驚いた表情を見せた。

「苗字をお持ちなのですね。もしかして、貴族の方でしょうか?」

「いえ、貴族ではありません。ただ、昔は騎士の家系で、苗字と帯剣を許されていたと聞いています」

タクマは自分の家系が武士だったことを思い出しながら答えた。

「なるほど。それは立派なご家柄ですね」

担当者は少し敬意を込めた眼差しを向けてくる。

「ですが、私の出身国では階級制度は廃止されていて、今は共和制の国なので、私はただの平民です」

「そうですか。それでも、苗字を持つ方は珍しいですから」

担当者は興味深そうに頷いた。

「では、商品を拝見してもよろしいでしょうか?」

「はい、こちらです」

タクマはアイテムボックスから塩と胡椒の袋を取り出した。担当者はそれを受け取り、中身を確認するために開封した。


「これは…!」

彼は驚きの表情を浮かべ、塩と胡椒を手に取って慎重に観察し始めた。

「お客様、この塩は非常に純度が高く、白さも見事です。不純物がほとんどありません。そして、この胡椒は粒揃いで、香りも素晴らしい。どちらで手に入れられたのですか?」

「えっと、故郷から持ってきたものでして…」

タクマは言葉を濁す。

「そうですか、少々お待ちください」

担当者は慌ただしく立ち上がると、奥へと消えていった。

「タクマさん、すごいわね。こんな高品質の塩と胡椒、見たことがないわ」

リズが感心した様子で言う。

「そうなのかな。正直、価値がわからなくて」

「塩も胡椒も、この国ではとても貴重なのよ。特にこんな品質のものは滅多にないわ」

「そうなんだ」

彼は思わぬ幸運に胸を躍らせた。


しばらくすると、先ほどの担当者が年配の男性を連れて戻ってきた。

「お客様、こちらは組合長のバルトです」

組合長と呼ばれた男性は、穏やかな笑みを浮かべてタクマに話しかけた。

「初めまして。私はこの商業組合の組合長、バルトと申します。お客様がお持ちの品について、是非お話を伺いたく参りました」

「あ、初めまして。セラ・タクマと申します」

タクマは頭を下げた。

「それでは、こちらへどうぞ。ゆっくりお話ししましょう」

彼はタクマを組合長室へと案内した。


* * *


組合長室は重厚な家具と装飾品で彩られ、高級感が漂っていた。タクマは少し緊張しながらも、ソファに腰を下ろした。

「改めて、セラ様がお持ちの塩と胡椒についてお伺いしたいのですが」

「はい」

「これほどの品質の塩と胡椒は、私も見たことがありません。もしよろしければ、これらを金貨二十五枚分、すなわち銀貨五百枚分で買い取らせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」

「銀貨五百枚…」

リズが驚いた表情を見せたので、元々高額な塩と胡椒としても破格の高値を付けてくれたようだ。

この世界でその金額がどれほどの価値なのかいまいちピンとこなかったが、パンの価格から銀貨一枚が大体一万円くらいだろうと当たりを付けたことを思い出した。日本円にすればざっと五百万円か。叔母さんこだわりの塩と胡椒は少々高いとはいえ、値段は数千円だ。異世界とはいえ千倍以上の価値が付いてしまったことに思わずにやけそうになるが、平静を保ちつつ答える。

「それは… 大変ありがたいお話です。ぜひ、その金額でお願いしたいです」

タクマは頭を下げた。

「ありがとうございます。では、取引を進めさせていただきます。ただ、これほどの高額になりますと、金貨でお渡しするのは不便かと思われます。大商人以外では金貨は使いづらいでしょう」

「そうなんですか?」

「はい。そこで、銀貨と当組合が発行する証書でお支払いすることを提案させていただきます」

「証書ですか?」

「ええ。当組合の証書は、国を跨いで活動する我々独立商業組合が発行するもので、場合によっては貴族や国が発行するものよりも信頼度が高いと評判です。証書は銀貨一枚分のものから上限は無しで発行しております。」

ガルドから少し説明を受けていたが、証書に触れる機会が早速来たようだ。


「金貨は高額すぎて一般の取引には不向きですし、銀貨を大量に持ち歩くというのも嵩張って不便なものです。そこで、国や貴族、商業組合や一部の大商人が証書を発行しております。私どもの発行するものを含めて全ての証書の発行者は提示された場合、一か月以内に通貨で支払わなければならないことが法によって定められています」

「それならば安心できますね」

「ただし、紙幣の信用度は発行元の信頼性に依存します。我々商業組合は国際的に活動しており、多くの国や地域で高い信用を得ています。あと大変申し上げにくいことですが、セラ様は当組合の正会員ではありませんので、手数料として百分の五を頂戴いたします」

後から言うなと嫌な気分になりそうだったが、この手数料はこの国では当たり前の話で隠していたわけではないのだろう。

「ええと、手数料が百分の五とのことでしたね。銀貨五百枚に対して手数料は二十五枚分… つまり、受け取りは四百七十五枚になりますね。二百枚分は貨幣で、残り二百七十五枚は使いやすいよう、何種類かの額面に分けて証書で貰えますか」

さっと計算して言うと、バルトは少し驚いた表情を見せた。

「おや、素早い計算ですね。セラ様は数学にお強いのですか?」

「あ、はい。多少は得意です」

タクマは照れながら答えた。

「それは素晴らしい。商人でも紙に書かないと計算できない人は多くおりますが、商売されるのであれば何かと役立つことでしょう」

バルトは感心した様子だ。


「それでは、手数料を差し引いた金額をお渡しいたします。銀貨のみでは使いづらいと思いましたので、銀貨百九十九枚と残り一枚分は青銅貨にしておきました。そして、組合証書紙幣で二万七千五百タルス分になります。」

バルトは手際よく計算を進め、貨幣と紙幣を用意した。通貨制度に疎いところから、まともに青銅貨も持っていないだろうと気を利かせてくれたようだ。

「ありがとうございます」

タクマは渡された銀貨と紙幣を受け取り、その重みと手触りを確かめた。

「セラ様、今後も何かお取引がございましたら、ぜひ当組合をご利用ください。セラ様のような方は、我々にとっても貴重な存在です」

バルトは微笑みながら、しかしどこか打算的な眼差しを向けてくる。

「はい、ぜひそうさせていただきます」

タクマは礼を述べた。

「入口までお送りします」


* * *


バルトはタクマの礼儀正しさと知識の深さに好感を抱いていた。やや常識に疎いところはあるが、そのようなものは後からでも身につけることができる。別れ際に口を開いた。

「セラ様、もしよろしければ、当組合で働いてみるというのはいかがでしょうか? セラ様のような方であれば、大いに活躍していただけると思います」

「え、私がですか?」

突然の提案に、タクマは驚いた。

「はい。もちろん、すぐにとは申しません。ご検討いただければ幸いです」

「ありがとうございます。前向きに考えさせていただきます」

彼は丁寧に答えた。

バルトは満足そうに頷いた。

「それでは、またのご来訪をお待ちしております」


* * *


取引を終え、タクマとリズは商業組合の建物を後にした。

「タクマさん、良かったわね」

リズが嬉しそうに言う。

「そうだね。でも、まだまだわからないことが多いな」

「うん、でもこれから少しずつ覚えていけば大丈夫よ」

「ありがとう。リズさんには本当に助けられてばかりだ」

「どういたしまして。それより、さっき組合長さんが言ってたけど、お仕事の話どうするの?」

「そうだな… 正直、まだ迷っている。だけど、この町でしばらく生活してみてから考えようと思う」

「それがいいかもしれないね。まずは生活の基盤を作らないと」

「うん、そうだね」

「それなら、私の知り合いの宿屋を紹介するわ。安心できるところよ」

「本当に?何から何までお世話になってしまって」

「気にしないで。それに、タクマさんみたいな人と友達になれて嬉しいもの」

彼女の言葉に、タクマは心が温かくなるのを感じた。

「ありがとう、リズさん。これからもよろしくね」

「うん、こちらこそ!」

二人は笑い合いながら、宿屋へと向かった。


* * *


リズに連れて行かれたのは看板に「幸運亭」と書かれた宿屋だった。中に入ると、リズは店主に事情を説明してくれた。

「店主のキールだ。遠い国から着たばかりらしいな。分からないことがあれば遠慮無く聞いてくれ。宿賃は一晩銀貨一枚で、朝晩の食事が付く。」

「ここよりも安い宿はあるけど、そういうところは客層が悪いから止めておいた方がいいわ。それにキールさんの料理はとても美味しいのよ」

リズがフォローを入れる。

「それじゃ、まずは十日分お願いします」

宿賃を先払いすると、鍵を渡された。

「リズの紹介だからちょっと良い部屋にしておくよ。二階の一番奥の部屋だ。」


「それじゃあ、私はそろそろ帰るわね」

「今日は本当にありがとう。また近いうちに会えるかな?」

「ええ、必ず。またお話しましょう」

リズは手を振って去っていった。


部屋に入ったタクマは、ベッドに腰掛けて深呼吸をした。

「これで、何とか生活の基盤はできたかな」

銀貨と紙幣を取り出し、その重みと手触りを確かめる。

「この世界についても、もっと勉強しないと。通貨制度は何とか分かったけど、色々と知らないことばかりだ」

彼は今日の出来事を振り返りながら、新たな課題を胸に刻んだ。


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