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「始末書かな?これは。」
「「えええっ!?嘘お!?」」
第二、第三騎士団混成部隊を率いて来た男は、現状を確認し、共に来た部下達へ指示を出した後、双子にとって残酷な宣告を告げた。悲愴な顔を浮かべる双子とは対照的に、第三騎士団副団長パンジ=ダガーは人好きのする穏やかな笑顔だった。
本日は真面目が服を着て歩いているような第二騎士団副団長殿はいないらしい。代わりに自団の特攻隊長を余所の副団長に押し付けてきたようだが。
「いや!このくらいいつものことじゃないっスか!!」
「ウチの若とシリウスのご令嬢と大賢者のお弟子殿の危機でしたのよ?むしろよくこの程度で収めたと褒められてもよろしいのではなくて?」
「ハッハッ、毎度毎度よく開き直るなーこいつら。」
双子が見苦しい程の食い下がりを見せるが対するパンジは柳に風だ。これと言った特徴の無い容姿と人畜無害そうな雰囲気を有するパンジだが、この惨状が毎度のことなら余程肝が据わっていなければ彼らの上司は勤まらないのだろう。パンジは笑顔のまま一面ひびが走って崩れそうな塀を見上げている。
「実は、ここってガラクシアス家の別邸らしいんだよね~。しかも本家の。」
「は!?また!?」
「どれだけ別邸抱えてますのあの家!?」
ガラクシアスの名が出た途端、双子の顔色が変わる。ガラクシアス家といえば、本家は公爵家な上に爵位と分家をいくつも抱えている名門貴族である。
半分“武の民”の血を引く竜騎士団長よりも頭二つ分は高い塀の向こうには更に大きい屋敷が薄っすらと見える。確かに公爵家の別邸に相応しい豪華な屋敷であることが伺える。塀から屋敷が遠いのもさぞ広い庭を有しているのだろう。
「またって言っちゃうくらい別邸壊してる方が問題なの分かってる?これで三回目だよね?公爵の甥っ子さんのアトリエに、分家筋の商会の倉庫と、この曾孫さんの結婚祝いの新居。入居二週間前だよ?」
「ということはまだ誰も住んでいないということですか?」
「確かに事件時、屋敷には誰もいなかったけど、それでセーフにはならないからね?」
「あのくらいフォーマルハウトの石頭でも引っ張ってきて直させたらいいじゃないっスか!」
「綺麗に直したからって一度壊した事実は消えないよ?分かってる?」
おそらく、ガラクシアス家唯一の良心、ガラクシアス公爵の広い心が無ければ今頃この双子は無事では済んでいないだろう。今回の件で、良心も粉々に砕け散るやもしれないが。
その時、ボコッと音がし、思わず皆が塀の方へ目を向けた瞬間だった。塀がガラガラと一気に崩れ落ち、瓦礫が積み重なっていく。治まった後には残骸が空しく転がり、その向こうに美しい花壇や池が見えた。やはり想像通り庭も屋敷も立派な物だ。それを守る塀はもう意味を為さないが。
「はい。始末書。」
「「ぎゃああーーーーーーっ!!」」
最終宣告に頭を抱えて絶望する双子をスルーし、パンジはロン達三人の前に移動した。
「まったく、お二人だけで先行しないで下さい。心配で生きた心地しませんでしたよ。」
心持ち眉を吊り上げて、「ちゃんと怒ってますよ。」アピールで子供達を叱るパンジだが、正直まったく怖くは無い。それでも叱られている側のリーシュはシュンっとしている。
「ごめんなさい…。」
「……っス。」
己の行動を省みてきちんと反省するリーシュのなんと尊いこと。それに比べ、ハウルのまったく動く気配の無い表情筋のなんとふてぶてしいこと。
「お父上達が首を長くしてお待ちですよ。」
リーシュとハウルの肩がビクッと揺れる。自分達の行いを知って二人の親がどんな態度で待っているかは想像に難くない。リーシュは可哀そうになる程の落ち込みようであり、ハウルは表情は変わっていないが若干顔から血の気が引いている。ハウルはともかくリーシュには申し訳無い。
「大賢者のお弟子殿も、保護者の方に連絡していますからね?」
青い顔の二人と違い、素知らぬ顔のロンにパンジが釘を刺してくる。まあ、伝えられた所で、あの師がこの程度のことで口うるさくしたりはしないだろう。本人が常識的な大人とは言い難い性格と生き方をしているのだ。結果だけ見れば三人共無事だったのだから小言の一つや二つで済むと踏んでいる。ゆえに落ち着いていたロンだったが、そこで、はたと気づく。
「失礼、保護者というのは?」
「もちろん君の保護者の方々だよ。」
ヒュっと喉から声が出た。あの放任師匠以外でロンの保護者と名乗る人物は数名思いつくが、その誰もがこの件をなあなあで済ませてくれる訳が無い。確実にきっちり絞られる。基本的に大人に叱られようが大して気にしないロンだが例外もちゃんと存在する。その例外達に今回の件がバレたとあっては、さしものロンも天を仰いだ。
今度こそ三人共蒼白顔で大人しくなった子供達を確認すると、パンジはきちんと仕事をしている方の部下達の元へ向かった。ちなみに仕事をしていない方の部下たる双子はまだ立ち直っていない。
騎士達は警戒しながらも動かなくなった悪魔憑きを慎重に包囲している。だが、行動不能となってもその身体から悪魔が抜け出た様子は無かった。つまり奴には元々悪魔は憑いていなかったことになる。
悪魔憑きの特徴たる角と黒い姿をしていたにも関わらず、悪魔の存在を確認出来ないならば、ロンの知識で考えられるのは一つ。奴が人工悪魔である可能性だ。
悪魔を大別すれば古代悪魔と人工悪魔の二種類に分けられる。元々悪魔と言えば古の時代から存在する古代悪魔とその眷族のみを指した。だが、五十年前の呪王大戦にて人為的に悪魔を生み出す技術が、とある呪術士によって開発された。そうして造られたのが人工悪魔だ。戦時中、人類を苦しめた一因でもある人工悪魔は、人々の想像力を呪術士に利用されて生まれる。生まれたばかりの人工悪魔は大した力は持っていないが、人々の畏れを呪力や魔力として集め存在を強めていく。人々が知覚すればする程、強くなっていくのが人工悪魔である。『噂は悪魔の前兆』とも言われ、何の悪意も無い民衆の噂でさえ、力の温床にされる。ゆえに、今回の事件は早々に人工悪魔の関与が疑われ、騎士団による情報規制が行われていたのだろう。新聞にも事件についてまったく触れていなかったのはそういう訳か。
となると王都に悪魔が入り込んだのでは無く、王都内で呪術士が悪魔を生み出したことになる。しかし、呪術士が王都に潜り込むのも容易では無い。何故か王都に入り込める呪術士を一人知っているが、今回の犯人では無いだろうと言い切れる。倫理は持ち合わせていなくとも人工悪魔に興味は持ち合わせていないだろうという理由で。
しかし、王都への侵入経路については参考に訊いてみるのもいいかもしれない。問題はどのような条件なら教えてくれるかだ。
どうしようもなく困った兄弟子についてロンが考えを巡らせていた時、悪魔憑きでは無く、人工悪魔の材料にされた男から、か細い呟きが漏れる。
「エイミー、アスティン………。」
か細いながらも、優しく、哀しい音が、その場の者達の鼓膜を震わせた。
それっきり、男は何も言わず、消し炭のような身体が徐々に消えようとしていた。力すべて出し尽くされて、形を保てなくなったのだろう。黒いもやのように変わっていく身体が、空気に溶けて跡形も無くなった。
エイミーとアスティンという名前を聞けば、思い出すのは半年前起こった二つの事件だ。
王都ではまだ記憶に新しい忌まわしい事件は、この場にいる者は皆知っているようで、誰もが沈痛そうな厳しい表情をしている。
彼が何者か知らない。
彼らがどんな関係だったのかも知らない。
それでも、彼にとって二人がとても大切な存在であったのは解った。
ふと、隣を見れば、リーシュの夕焼け色の瞳からぽろぽろと雫がこぼれ落ちていた。
この夕立は、しばらく止みそうにない。
恋をすることが本当に罪深いことなのか、まだ判らない。
何故、「月が綺麗」なのかも、まだ解らない。
でも、リーシュが泣かなくて済むのなら、恋なんてなくていいのにな、と思った。
ロン=ツヴェルフにとって、恋とは謎である。




